「春くん、ちょっと配達いってくるから店番よろしくね〜。」
店長のおっとりとした声が裏口から聞こえた。慌てて店先にいた広瀬春は振り返って叫ぶ。

「あ、透さん!!……寄り道しないで気をつけていってらっしゃい!」



人のいい店長の透はやたら寄り道をする癖がある。五丁目の佐々木さんの話し相手だとか三丁目の遠野のじいちゃんの将棋相手、おばさま方の井戸端会議に参加しちゃう事もよくある事といっていい。

そのせいか、春はいつも『寄り道しないで気をつけていってらっしゃい』と言うのが日課になってしまった。

透はかな〜り不思議な人で、高校を卒業したばかりの春を「春くんかぁ、いい名前だねぇ。花屋さんにぴったりだから採用!」と電話で問い合わせた段階で不用心にも雇ってくれた。
そのボケボケな透のためにも、しっかりしなくては!と店長の分までキビキビと働いている。




つもりだ

本人は。
実は春がこの花屋で働きだした五年前から近所では「春ちゃん。」と親しみをこめて呼ばれるほど、春もお人好しで有名なのだが。

知らぬは本人だけである。




「春ちゃん、仏壇にかざる花をちょうだいな。」
「こんにちは、いつもありがとうございます。ちょっとここで待ってて下さいね。」
近所のお婆さんににっこり笑って店先のベンチに座る様促した。

奥に入ってポットの近くでお茶をいれ、用意しておいた花を手にまた店先にむかう。
「はい、どうぞ。」
花とお茶を手渡した。ちょっとした休憩所である。
「悪いねぇ。」
「いいんですよ、日向ぼっこでもしてから帰ってください。あ!お代ありがとうございます。」


春はしっとりとした黒髪をかきあげながらいつも通りの日常に満足した。

(今日も変わらないな。)

平和なことはいいことだ。
まぁ、日によっては主婦たちとスーパーの特売について情報交換したり、妻のためにと花束を買うサラリーマンにアドバイスしたり、猫や子どもたちと遊んだり………と内容は異なるのだけれど。






自分が透と同じ行動をとっている事には全く気付いていない春であった。




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