10

あれから一週間たった。


「春くーん!そろそろ上がっていいよー!」
「あ!はい!」
時計の針がいつの間にやら五時をさしていた。

「あわわ!もう、こんな時間?!」

春は慌ててエプロンを外し、帰り支度をする。

「透さん、本当に帰って大丈夫ですか?」

ひょいっと裏口を覗けば、ご近所の奥様方と話す姿が見える。

「あら、春ちゃん!いいところに来たわ〜。これあげる!」

手渡されたのは、りんご。
ゴロゴロと大きなりんごが5個も入っている。

「いいんですか?!」
「透くんは包丁もてないしねぇ、春ちゃんなら安心してあげれるわ!」

ありがとうございます!と春は深々とお礼を言ってから帰宅をすすめる透の声に従って歩き出した。


(こんなに貰っちゃった!どうしよう?!)

りんごジュース
アップルパイ
りんごタルト



(どれがいいだろう!!)





「はるちゃ!」
大きな瞳で見つめられる。
両手を春にのばして期待に満ちた目を輝かせている。


「いい子にしてましたか?理人くん。」「うん!」
しゃがんでから、ぎゅーっと抱き締めると理人が嬉しそうな声をあげた。

「今日も理人くんはいい子にしてましたよ。」

顔馴染みの保育士がにっこりと笑いながら連絡帳を春に手渡した。

「以前は逆にいい子すぎて心配になるぐらいだったんですけど、今は大丈夫ですね。」

理人は笑わない子どもだった。それに加え、聞き分けもお行儀も良く子どもらしさというものがなかったのだ。孝彦に引き取られて早々に入園した理人を保育士たちは心配した。
まだ3歳ほどの子どもが泣きもせず笑いもしない。
友達と遊ぶ素振りすら見せず、一人遊びを好む。
さらに複雑な家庭環境や迎えにやってくるのが派手な女性だったり、またその女性に理人は怯えている様子だった事から気を揉んでいたのだ。

しかし春が送り迎えをするようになると様子が変わってきた。理人は、春の前では感情を露わにし甘えるような仕草を見せる。嬉しそうな顔をして春に手を引かれながら、登園する理人に随分と驚かされたものだ。
理人が入園して4日目にやってきた春は『家政婦のようなものです。』と苦笑しながら自己紹介し、保育士たちに『理人くんをよろしくお願いします。』と礼をした。
綺麗というよりは美しいという言葉が合う青年だったが、柔和な笑顔のせいかひどく安心する雰囲気を持っていた。それは、つられて笑顔で『まかせてください。』と言ってしまったぐらい不思議な雰囲気だった。

春と離れる時、理人が『はるちゃ……むかえにきてくれる?』と寂しそうな顔で尋ねていた事から、春は保育士たちの中で肩書きはどうであれ理人の保護者と判断されたのだった。






保育園をでると、理人の手を引いて孝彦のマンションへ向かう。この道のりにも慣れた。

「ただいま帰りました。」
「……ただ…い…ま。」

そう言うと理人は春の後ろに隠れた。
「お帰りなさい!」
すると中から40代ほどの女性が現れた。腕の中の優人が必死に春に手をのばしている。
「すみません、佐藤さん。」
優人を抱き上げるときゃっきゃっ!と嬉しそうな声をあげた。
「大丈夫大丈夫!前に比べたら、時間外勤務っていったって少しだもの!」
孝彦は日中はベビーシッターを雇い、夕方からは志保に子どもを任せていた。
子どもたちと仲良くなれなかった志保はベビーシッターの佐藤とも上手くいっていなかったようだ。
孝彦に言い辛そうに説明されて春が苦笑したのはこの前のことだ。

と、いうのも…
流れで女性関係の話になってしまい、孝彦が慌てた様子で弁解するのだから苦笑するしかなかったのだ。





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