指に触れる愛が5題 | ナノ


1.指だけ、そっと

【高校生と高校生】


 春の匂いのする夜の底を二人で歩く。
 部活の終わる頃、もうほとんどの店が閉まる時間帯でも町は少し明るい。それこそ街灯や走って行く車、家々の明かりで歩くのには全く困らない。
 ぽつぽつと光が灯る夜道を、花井は田島と並んで歩いていた。
 自転車を引く花井の隣で、頭ひとつも小さな同級生は楽しそうに話をする。
 誰がどうしたとか、こんな事があった、おもしろかった。そういう話。
 花井だってただ聞いているわけじゃない。相槌を打つし、コメントを返すし、自分から話を振る。
 けれど、楽しそうに話す田島を見ていたかった。花井とは違う、表情をくるくるよく変えて、身ぶり手振りを交えて感情を主体にして話す彼にそっか、へえ、と相槌を打っていると、とても優しい気持ちになる。

 花井はずっと、田島を見ていた。
 きらきらした目は花井が一人占めだ。
 田島の話は尽きない。花井が笑うと田島は歯を見せて笑う。
 それだけでもう、春の夜は月あたりまで優しい空気で満ちるのだ。


「あ」

「え?」

「ごめん、」


 途端、田島が短く謝った。話に夢中になって動かしていた手が、ふとした拍子に花井の腕へ当たってしまったのだ。
 別に謝ることないのに。
 何とはなしに視線を落とすと、ぶつかった田島の指先が見えた。
 花井の手はピアノをしていたせいで指が平たく、ややごつい。高い身長も相まってもうほぼ大人のその手と比べ、頭ひとつ小さな田島の手は一回りも小さかった。
 まだまだ子どもみたいな、少し可愛らしさの残る手の甲。
 長すぎも短すぎもしない指はきっと、中指と薬指が触れたのだ。

 見ていなかったのに、花井は何故かそれがわかった。


「んでさ、――……っ?!」


 右のハンドルを掴んでいた手を放し、花井は右手で田島の左手を拐ってしまった。
 それはあまりさりげなくて、花井自身もびっくりしたが、もう放せやしない。
 花井の指が拐った田島の指。
 手袋をしていないそれは花井よりも熱を持ち、ふっくらとして滑らかだ。

 手を繋ぐというよりは指を重ねた形。
 けれど確かな結び目の見えるそれを、対向車のライトから隠すため、二人は自然と体が近付く。

「……急に黙んなよ、」

「い、いや、なんてか。なんか――……」


 無意識に田島の手を取った花井は、途端黙りこんだ田島と同じに赤くなる。
 積極的なのは田島のお株だ。照れる二人だが、その結び目が弛む事はなかった。


「ヤなら放せよ、」

「バッカ、ヤならとっくにしてる」

「え……」


 田島はもう話をしない。左手の結び目に集中して、露わの耳は赤かった。
 繋いだ場所から混じるようで、もう二人の境界は曖昧。けれど、結び目は今夜のどれより硬い。
 段々温もるそれは彼の熱だろうか自分だろうか。
 そんな事を思った花井の目に、田島の家の明かりが差す。

 答えを出すには、まだあと少し時間があるから、どうかこのまま。
 でももう少しなんて、言えない。
 この熱を明日も明後日も感じたいから、そう思ったら、次の話は花井の唇から始まるのだ。


―――― Forever.

指に触れる愛が5題より
「1.指だけ、そっと」

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