1.指だけ、そっと
【高校生と高校生】
春の匂いのする夜の底を二人で歩く。
部活の終わる頃、もうほとんどの店が閉まる時間帯でも町は少し明るい。それこそ街灯や走って行く車、家々の明かりで歩くのには全く困らない。
ぽつぽつと光が灯る夜道を、花井は田島と並んで歩いていた。
自転車を引く花井の隣で、頭ひとつも小さな同級生は楽しそうに話をする。
誰がどうしたとか、こんな事があった、おもしろかった。そういう話。
花井だってただ聞いているわけじゃない。相槌を打つし、コメントを返すし、自分から話を振る。
けれど、楽しそうに話す田島を見ていたかった。花井とは違う、表情をくるくるよく変えて、身ぶり手振りを交えて感情を主体にして話す彼にそっか、へえ、と相槌を打っていると、とても優しい気持ちになる。
花井はずっと、田島を見ていた。
きらきらした目は花井が一人占めだ。
田島の話は尽きない。花井が笑うと田島は歯を見せて笑う。
それだけでもう、春の夜は月あたりまで優しい空気で満ちるのだ。
「あ」
「え?」
「ごめん、」
途端、田島が短く謝った。話に夢中になって動かしていた手が、ふとした拍子に花井の腕へ当たってしまったのだ。
別に謝ることないのに。
何とはなしに視線を落とすと、ぶつかった田島の指先が見えた。
花井の手はピアノをしていたせいで指が平たく、ややごつい。高い身長も相まってもうほぼ大人のその手と比べ、頭ひとつ小さな田島の手は一回りも小さかった。
まだまだ子どもみたいな、少し可愛らしさの残る手の甲。
長すぎも短すぎもしない指はきっと、中指と薬指が触れたのだ。
見ていなかったのに、花井は何故かそれがわかった。
「んでさ、――……っ?!」
右のハンドルを掴んでいた手を放し、花井は右手で田島の左手を拐ってしまった。
それはあまりさりげなくて、花井自身もびっくりしたが、もう放せやしない。
花井の指が拐った田島の指。
手袋をしていないそれは花井よりも熱を持ち、ふっくらとして滑らかだ。
手を繋ぐというよりは指を重ねた形。
けれど確かな結び目の見えるそれを、対向車のライトから隠すため、二人は自然と体が近付く。
「……急に黙んなよ、」
「い、いや、なんてか。なんか――……」
無意識に田島の手を取った花井は、途端黙りこんだ田島と同じに赤くなる。
積極的なのは田島のお株だ。照れる二人だが、その結び目が弛む事はなかった。
「ヤなら放せよ、」
「バッカ、ヤならとっくにしてる」
「え……」
田島はもう話をしない。左手の結び目に集中して、露わの耳は赤かった。
繋いだ場所から混じるようで、もう二人の境界は曖昧。けれど、結び目は今夜のどれより硬い。
段々温もるそれは彼の熱だろうか自分だろうか。
そんな事を思った花井の目に、田島の家の明かりが差す。
答えを出すには、まだあと少し時間があるから、どうかこのまま。
でももう少しなんて、言えない。
この熱を明日も明後日も感じたいから、そう思ったら、次の話は花井の唇から始まるのだ。
―――― Forever.
指に触れる愛が5題より
「1.指だけ、そっと」