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○in'da H@lloween!




「あーっ、ハマダ!」

「は、ハマちゃん!」

「よ!おまえら、トリック・オア・トリートォ!」


 ハロウィンの文句がかけられると、トリック・オア・トリート!と元気な声が返ってくる。ハマダの声が花井に届ききらないうちにこちらに気づいた田島たちが遮ってしまったので、金髪のヴァンパイアは少し笑って、こういうこと、と付け足した。
 田島たちがわらわらと寄ってくると突然賑やかになった。先ほどまで靄の塊だった田島の友人も、今ははっきり見える。

 年は花井や田島と変わらないくらいだろう、落ち着いた橙色の着物に黒い帯を締め、暗い緑のマフラーを巻いたそれは和装ながらハロウィンを意識したものだとわかる。
 好き勝手に跳ねているふわふわの猫っ毛からは、先ほど見えたものが見間違いでなかったようで、三角の動物の耳が生えていた。
少し金がかった薄茶の髪と同じ色のそれは飾りでないことを主張するかのように、細い風が触れるたびぴくりぴくりと小刻みに揺れ、更に帯の下からは尻尾が生えている。挙げるとすれば狐のそれが一番似ているだろうか、柔らかそうな穂に似たそれは左右に振れていた。

どうやらヴァンパイアだという二人も田島の知り合いだったらしい。二言三言交わすと、ハマダが田島に「おまえの友達を紹介しろ」と花井を見た。


「オレの学校のダチで、花井ってんだ。」

「え。が、がっこう…?」

「おう、フツーの人間。今夜ヒマだっつーから連れて来た。」


 田島が至極簡単に花井を紹介すると、田島の影から花井を窺っていた三角の耳がぴんと張った。
 こいつ、みはしね、と田島が指さす。みはしの吊り気味の目は髪と同じく金に近い薄茶の色で、ひとと目を合わせるのが苦手なのか小刻みに揺れている。
 それでも「がっこう」という言葉がその気を引いたのか、おどおどとしながら花井に好奇の目を向けてくるので、もしかしたら「田島の普通の友人」というのが珍しいのかもしれない。

 どうも、と軽く会釈すると、みはしは慌てて田島の影に引っ込んでしまった。よほど人見知りなのか、それか気のせいであって欲しいが花井の顔が恐いのか。
 それをあやすように、耳の毛先くらいしか見えなくなってしまったみはしの頭をハマダが撫で、よろしくと笑ってみせる。さっき泉が言ったようにハマダはヴァンパイアとして長いせいか、周りの空気がみはしや泉と比べて妙に薄く、そこにいるという実感がない。
 絶えず口元には笑いが浮かんでいるのに自分に向かって微笑まれると目が逸らせなくなるのだが、しかしそのたび泉の喝が入るらしかった。
 じゃれあいの延長で繋いでいる手を思いっきり泉が握り、ハマダが悶絶する。それを見て田島とみはしが笑うのを隣りで見ながら、花井も小さく笑った。

 魔法使いだとか狐の耳が生えてるだとか、ヴァンパイアだとかいう非日常がくるくると弧を描く光の円でも、飛び出す言葉や笑い方は花井の知る日常となんら変わらない。
 初めこそ取りこぼしかけたが今はここで次の瞬間起きることが一層楽しくて、はじめ田島に答えかけた言葉の頭文字が思い出せそうな気がしはじめた。


「そういや、」


 ひとしきり笑われたハマダが、潰されかけた右手をさすりながら思い出したように呟く。
 いまだ笑いの収まらないまま次の言葉を促すと、ハマダの灰色の視線に気づいたみはしが不安げな表情になる。


「みはし、阿部は?今日一緒じゃないのか?」

「うお、」

「どった?」

「あ、あべくん。そういえば、どこだ。」


 自分以外の全員を凍りつかせて、みはしだけが慌てふためいてあたりをきょろきょろ見回し始めた。

 そういえば初め田島のところにやってきたとき、あべくんについて来たとかなんとか言っていたなあと花井は思い出したが、田島たちは「まずい」という顔をして明後日の方向を見ている。
 あべくんなる人物を知らない花井と、靄の中からあべくんを必死に見出そうとするみはしだけがその意図するところを知らずに首を傾げる。するとみはしが小さく声を上げた。


「あべくん!」


 どうやら靄の山からあべくんを見つけたらしい。あちらも気づいたのか、花井にも淡い色の群れからこちらにやってくる黒い人影が見えた。
 覇気のある声がその名を呼ぶことが合図だったかのように、耳に声が届いた瞬間にみはしはあべくんに向かって駆け出した。

 げ、と泉が小さく唸る。駆け寄るみはしとは対照的に悠然と歩いてくるその人物は、自分達と年こそそう変わらないように見えたがやけに威圧感があった。
 みはしと同じく和装だが、暗い緑と黒で統一しているせいもあってそう見えるのだろう。短い黒髪から見える目が据わって見えるのは、どうやら垂れ目のせいだけではないようだった。

 す、と右腕を目線の高さに上げる。あまりに自然で気にも留まらなかったが、次の瞬間、真っ直ぐに伸ばされた中指と人差し指が勢いのついたみはしの額にクリーンヒットした。


「はうっ」

「くぉのバカっ!うろちょろすんなって言ったそばからはぐれやがって、散々探したんだぞこのやわらか頭はわかってんのかわかってんのかコラッ」


 びす、びす、びす、と突きが額に決まるたび、みはしの薄茶の頭がかくんかくんと振れる。
 祭り場は結構な騒ぎになっているにも拘らず、不思議と少し離れた場所にいるあべくんの叱責は一音も取り落とすことなく聞き取れた。
 折檻を続けて気が晴れたのか、しばらくして若干すっきりしたふうのあべくんと、対照的に頭が痛いのか押さえつつ涙目のみはしが戻ってきた。
 みはしは田島にとって大事な友人らしく、あんまいじめるなとあべくんを叱責しつつ戻ってきたみはしを自分のほうへ保護する。みはしと田島を見ていると兄弟のようで微笑ましい。


「なんだ、おまえら全員来てたのかよ。…あれ、おまえ人間?」


 田島が先ほどと同じような紹介をしたので、続けて挨拶する。面白くなさそうな目は元からなのか、自己紹介はきちんとしてくれた。


「阿部でいいよ。オレもここじゃ珍しく同じ人間だ。」

「は、どのへんが人間だこのくそぼうず」


 先ほど小さく唸ってからしばらく黙っていた泉が、ひさしぶりに口を開いたと思ったらまさかの暴言が飛び出した。
 一瞬で阿部と泉の間に冷たい空気が張り詰める。どうやら不仲らしく、食って掛かりそうな泉をハマダが何故か後ろから抱きしめるようにして止めている。

 急に剣呑になった雰囲気に焦る花井の袖を、田島が引っ張った。阿部はあれでも陰陽師で、みはしは使い魔の狐なんだよ。その補足は今必要なのかと思ったが、どうやらそのせいでハマダとひと悶着あったらしく、顔を会わせるたびに泉が喧嘩をふっかけているらしい。しかも阿部も阿部でその喧嘩を買うので、仲裁がいつもめんどうだとも。
 ここは日常の世界と反対の世界に棲むものが多くいる。陰陽師など泉たちの宿敵になるのじゃないかと思ったが、力ずくで調伏などせず双方棲み良いようにうまく間を取り持ってやるのが、田島や阿部の仕事だという。
 それにしたってハマダのことになぜ泉がこうも拘るのかと思ったが、ハマダはいずみにとって余程大事な存在なんだろうと思って深く考えるのをやめた。


「そういや、そろそろ花火があがるぜ。」


 ふと、腕の時計を見ながら阿部が言った。どうやら宴もたけなわとなってくると花火が上げられるのらしい。役員の阿部によればもうそろそろとのことで、そういえば確かに周りの雰囲気が浮ついている。

 こんな時期に花火を見るのは花井も初めてで、周りの熱が移ったのか妙に気分が高揚した。今夜は三日月が煌々と輝いているものの、大気は冷たく澄んでいる。きっと地元の夏祭りとはまた違う打ち上げ花火だろうと考えて、隣りの田島に振ろうと振り返ったら、二人分のボトルを持った田島がこちらに向かっているのが見えた。

 ドリンクバーから飲み物を持ってきてくれたらしい。渡された原色の紫とピンクのボトルからはやたらと甘い匂いがする。もっとグロいのを想像していたと言ったら、ハロウィンくらい最高に体に悪い甘ったるいものを取らなきゃと田島が肩を竦めて笑った。



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