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2022 14th Feb.

はまいずほろ苦バレンタイン

 はまだ、と背中に声が当たる。
 振り向けば部活を終えた元後輩がいて、少し離れた場所に別れたばかりらしい友人たちが玄関に向かって歩いていた。

「泉お疲れ、どした?」
「これ」

 元後輩、現クラスメイトは提げているエナメルバッグのポケットを漁る。
 なに、と覗いてみれば、差し出された手のひらには小さな市販チョコレートの包みがあった。

「バレンタインだから」

 そっぽ向いての言葉は明後日のほうへ向かっていったが、そいつは確かにオレ宛の言葉だった。
 渡された包みと彼を順番に見る。
 日没近くてわかんないけど多分照れてるんだろうな。しかし向こう向いたまんまだな。そして手元を見ればチョコはクランチタイプで、オレの好きなやつ選んでくれたんだなと口許が弛む。

「ありがと」
「ん」
「オレもあるよ。ほら」

 久々に目が合った。
 大きな目は驚きでもっと開かれて、オレの姿を映している。

「たいしたもんじゃないけど」

 オレが渡したのは丸い缶に入ったチョコレートだ。中は確か飴玉みたいな大きさのチョコがコロコロ入ってて、正に中身がオマケで入れ物に金がかかってる本末転倒系のそれ。
 確かに入れ物に惹かれたんだよな。中身がなくなればちょっとした小物入れになる平たい円形の缶カンに、黒猫が描いてある。
 黒猫ってなんか似てるなと思ったんだ。そんな高くなかったし、軽い気持ちで選んだやつ。
 なのに、そんな顔されたらこっちがびっくりするよ。

「……どうも」

 大きな目は垂れ目のくせに普段は生意気な印象を持たせてくる。それなのに、黒猫の缶を見つめるそれはほんとに嬉しそうな、あったかい目だ。
 も唇も顔の全部の力が取れて柔らかく柔らかく笑う。そんな様子を見ると、本当に彼はオレを好きなんだと感心してしまう。
 なんだか少し、居心地が悪い。
 ちょっと前にわりと本気の恋愛をして、まあろくでもない終わりを迎えたせいで実は今も食傷気味だ。
 しばらくいいかなと思いながら新しく恋人を持っているのは失礼だとは思っている。だから、彼が垣間見せる素直な好意を、オレは少々持て余している。

「これ、中身なに?」
「え、ああ、チョコだよ。開ければ?」
「んー……や、ウチ帰ってから開ける」

 視線は缶から離れない。それをエナメルにしまってからようやく目が合った。

「あんがと。じゃ帰るわ」
「あ、ちょちょ、一緒に帰ろうよ。すぐ荷物取ってくるから」
「ならオレも行く」

 一緒に帰ろうと誘えば頷いてくれる。いつもは生意気の陰に少し遠慮がある彼も、今日この時は機嫌が良くて素直だ。
 恋愛は今も食傷気味だけどまっすぐな好意をくれる彼との日々は眩しくて優しい。
 少しずつ、体から赤い錆が剥がれるみたいだ。
 錆が全部落ちたら生まれ変わったような気分だろうな。
 そうしたら、改めて彼を大切にしたい。
 それを願う今日は、まだ少しほろ苦い。


「チョコレート乱舞!」


 
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