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2015 24th Apr.

(猫)朝一番の祝ぎをあなたに

【猫いずみシリーズ】



 ふむ、といずみは布団の中で声をもらした。
 いや、声でない。鼻から抜けるようのそれは、どちらかというと声より音だ。ふつう声を出すところの口はぴったり閉じて、けれどその音を出すと、すぐにくちゃくちゃと空気を食む。
 その唇のまだちいちゃいこと。薄うく、ちょうど今ごろの花の色をした唇は、すこしよだれで濡れている。
 食べ物の夢でも見ているだろうか。これまたちいちゃな握りこぶしを三角耳の辺りに持ち上げ、万歳の格好ですやすや眠る。
 下りた睫毛の先には朝日が留まっている。光の珠は朝からずっとそこにいたくせ、とうとうころんと落ちてしまった。
 睫毛が震え、瞼が上がる。その陰に見える真っ青の瞳は、ちょうど夢から覚めたところだった。

 とろんとろんと瞼がするのは、白い光に慣れるため。けれど、上の瞼と下の瞼は離れがたいと言っているし、お布団はふかふかで気持ちがよくて、とても起きてなんていられない。
 けれどいずみはがんばった。耳の辺りの握りこぶしを下ろしてきて、わがままをいうお目めを両方ごしごしする。
 そうしてなんとかお目めを開けると、お布団から体を起こした。まだ少しぱちぱちするお目めでお部屋を見ると、そこは真っ白の朝の光の色になっていた。
 ハンガーに掛けてある大きな服も、いずみの好きなテレビも、ビニールの掛かったごみ箱も、みんないつもより色が薄くなっている。

 ああ、あさ。朝だ。
 けれど、またとろんとろんと瞼がとろけてしまう。
 いずみの頭はこくんこくんと揺れだした。ああ、ああ、危ない。ころんと転がってしまいそうないずみの体を、誰かが支えてくれた。


「いずみ」


 おはよう。がんばって起きたねえ。そう言うやさしい声に、いずみははっとして瞼を上げた。
 また握りこぶしでお目めをこすると、その声はだめだようといずみのお手てを掴まえてしまう。
 お目めが傷つくよ、それはやめよう。とってもやさしい声だ。いずみはそれが、その声のひとが、とっても好きだ。
 だからお目めをぱちぱちして、両手を広げる。そうすると、ながあい腕が掬い上げてくれるのだ。

 ベッドに腰かけたそのひとに、ぎゅっと抱き付く。いずみはいいにおいのする髪の毛に、目をつむって鼻を突っ込んだ。
 さらさらの金色の髪には、朝ごはんのにおいがついている。おみそ汁とごはんと、ふっくら甘い卵焼きと、何か炒めもののにおいがする。
 もうお目めはぱっちりだ。はまだ、といずみは言って、はまだの首をぎゅうっと抱きしめた。


「はらへった!」

「はいはい、じゃあ顔洗ってこような」


 そう言うと、はまだはいずみを抱き上げて、お部屋の中をくるくる回った。
 きゃあ、と朝からいずみの楽しそうな声がお部屋に響く。
 くるんくるん、二回はまだが回るうち、にこにこしたいずみは横に流れる光を見た。
 朝の光。真っ白の光。朝ごはんのにおいがする真っ白い朝の光だ。
 それがくるくる回り、やがていつものお部屋に戻ると、はまだはいずみを下ろそうとする。けれど、いずみは首にしがみついて頑として離れようとしない。
 そのうち、しょうがないなあ、とはまだはまたいずみを抱っこして、洗面台へと歩き出した。
 いずみはやっぱり、ごはんのにおいのはまだの髪に鼻をうずめて、にっこり笑った。このお部屋の白いうちは、ねむたいふりをして、わがままが言える時間なのを、わかっているのだ。
 はまだの長い足が一歩進むごと、白い光は色を薄める。やがて透明から青い青い気持ちの良い光に色を変えると、もう朝はどこにもいない。
 あるのは、それでも眩しくきらきらするお部屋とはまだとごはんだけ。でも、いずみはそれだけでしあわせなのだ。


―― Sunshine!
一年365題より
4/24「降り注ぐ光」


 
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