365 | ナノ

Category:浜田と泉
2013 14th Jan.

★ おとなのひと

【社会人と大学生】



 ぐい、と髪を引っ張る力にささやかながら抵抗する。やや長めの泉の髪に触れるのは女の子が使うような巻きゴテで、結構な熱を持ったそれにぐいぐいやられると、放された時にはまっすぐだった髪の束が曲線を描く。
 姿見に映った見慣れない自分を、というよりは「うまいもんだなあ」という目で、手慣れたように作業する両手をじっと見つめていた。


「こんなもんかなー…」

「終わり?」

「まだ。おまえの髪巻いてもすぐとれちゃうんだから、スプレーがっつりしねーと。」

「えぇ、オレ髪バキバキになんのヤなんだけど。」

「今日は特別なんだから、これぐらい我慢しとけ。」


 手先の器用な彼はなんだって易くする。今朝は専属美容師になった浜田の、珍しく泉の目ではなく髪を見つめているその顔がなんだかとても新鮮だ。
 コテで髪にくせをつけ終えると、今度は気になる毛束を指ですくっては流れや位置を決めていく。
 鏡に映る真剣な顔は、泉にいつかの彼を思い出させ、その目を奪った。あの暑い夏の日の、あの時から、随分遠くまで来てしまった。

 浜田の言う特別な日とは、今日が成人式の行われる事に因る。
 本当は二ヶ月ほど前にその日は来ていたのだが、今日のこの日は、泉が成人になった事を世間が認め言祝いでくれる。一生に一度の特別な日なのだ。


「はい、終わり。…動いていいぞー、なに見とれてんだよ。」


 物思いに耽ってしまい、気がついたら浜田美容師の仕事は終わっていた。
 いつの間にかスプレーまでかけられている。テレビや雑誌の中のモデルみたいにヘアメイクをされた自分は、なんだか三割り増しくらいに格好良くなって見えた。

 寝癖直しからずっと同じ体勢でいたものだから、久々に立ったら脚が固まっている。それも既にスラックスに穿き替えていたものだから尚の事動きが悪い。
 せっかく作った髪が崩れるからと先に服だけ着替えさせられたのだが、シワになってやいないだろうか。スーツなんて大学の入学式以来だし、高校が私服校だった為に長い事こういった衣装を着る機会から遠ざかっていたのでいろいろと気になる。
 後ろを向いて確認していると、浜田がジャケットを持って来た。着せてもらいながら、なんか母親みたいだなあと思ってしまった。


「ちょっとネクタイ曲がってっかな。」

「ん、…ワリイ。」

「あとはいいかな。…うんイケメンだ。」

「んだよソレ。」

「いやね。大きくなったなァと思ってさ。」


 ネクタイとシャツの襟を直し、そうして一度真正面からチェックした浜田は、そう言って目を細めた。
 あんなちっちゃかったイガグリ坊主がねえと言う目は郷愁の色。まだ二十歳でしかない泉の時間の半分は彼と関わっているのだから、そんな事を言われても仕方がないと思われる、が。

 浜田と泉は、たった一年しか違わない。それも高校一年生を一度落とした浜田とはその後三年間を過ごしている。
 同級生でもあった彼に「大きくなった」などと言われたくはない。けれどたった一年早く生まれただけの彼は、されど確かに年長者のひとりなのだ。

 その差は絶対に埋まらない。二人でじゃれているときは何も感じないのに、ふとした瞬間やはり浜田は年上なのだと思い知る事がある。
 それは浜田が年上で、泉が年下だというつまらない事でなく、たった一年の差でしかないのに彼がずいぶんと大人びた人間だという事だ。
 それは浜田が高校を下がってすぐに働き始め、社会人になってから更に強く感じるようになった。泉も大学に上がりはしたが、既に社会に出て働く事で金を稼いでいる彼とは環境から心から全く比べようのない経験値の差があった。
 一年前、泉が大学に入って二年になろうとする頃に浜田が成人式を迎え、今の泉と同じようにスーツを着て目の前に立った時、自分がどうしようもなく子供に思えた。
 彼は大人で、自分はまだ子供なのだ。この溝はあまりにも明確で絶対に埋まりやしないと思ったのだが、今日のこの日はそう感じた日からちょうど一年。

 今日で浜田と同じ大人の仲間だ。一年と経験の差はまだ埋まらないけれど、その背に触れる距離に来た。
 彼の目に今の自分はどう映るのか。円らの瞳でまっすぐに浜田を見上げる。高校の頃より身長の差は縮まったものの、結局追いつく事はできなかった。
 冬の曇天に似た浜田の瞳もまた泉を見る。右手をそっと上げ、いつもなら頭を撫でたかもしれないが、今日は髪を作ってしまったから、その指で泉の頬を撫でる。
 そのまま唇に触れ、指を止めると静かに宣う。

「…おめでと。泉。」

「…ん。」


 言祝ぎのそれを受けた瞼を閉じると、唇が触れた。
 今日これからもらうどんな言葉よりもそれは愛しいもので溢れて、泉はそれに応える為に、頬を撫ぜた彼の指へその唇を寄せてやった。


ーー Grow up! Grow up!
   and i came of here now!


一年365題 より
1/14「 大人と子供の境界線 」
※配布元様では「大人と子供の境界線」は15日のお題ですが、今年の暦に合わせ14日のお題とさせて頂きました。

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単行本折り込み部分の泉のお母さんが、イガグリ泉の写真を持っていたので浜田に言っていただきました。
浜田と同棲中の泉は、お部屋から式場に行きたいが為に簡単にスーツにしたもようです。
浜田は美容師ではないでしょうが器用なので少し巻くくらいはできるようです。でも泉の髪はなかなかクセがつかないような気がします。
シャツとかネクタイなんかは浜田がついて行って買ったのでしょうから、イズミブランドは阻止しました。


 
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