365 | ナノ

Category:花井と田島
2014 10th Mar.

○ 僕と君が紡ぐ叙情詩

【さいごの高校生】



 夕日を溶かした空気の中で、きれいにきれいに響く音。
 世界があんまりきれいだから、オレは軽く瞼を伏せていた。とろけるようなオレンジ色は、この目に少し、痛い程。

 音楽室のグランドピアノを占領して、オレと花井は瞼を伏せる。花井の指が示した音を、中はまるでからくり箱のピアノが次々奏でて行く。

 ひとつならばそれは音。
 単色のそれに長さ、タイミング、音の行程、組み合わせという彩りを加えると、グラデーションにも似た音楽というものが作られる。
 ポップスに慣れたこの耳には、ピアノのそれは音が少なく、あまりにきれいで脳を侵食されるみたいに心地が良い。
 メロディを歌う高音と、それを支える確かな低音が、ローテンポでゆっくり、ゆっくりと部屋を流れる。
 譜面を見て長い指の辿る音は、オレたち二人だけでなく、開け払った窓から流れ出て誰かの耳に届いていることだろう。

 オレンジ色に溶けて、ああ。
 今この音楽室に、透明の樹脂を流し込んだら時が止まったりしないだろうか。

 ふたを開けたピアノに腕を乗せ、その上でそんなことを思っていると、流れていた音楽がやがて止まった。
 鍵盤から指が離れ、やがては余韻も掻き消える。目だけで花井のほうを見たら、彼もオレをじっと見ていた。


「田島。」

「ん。」

「何考えてる。」

「時間が止まらないかって思ってた。」

「無理だな。」


 花井が見る窓の外は、褪めてしまった汚いオレンジ色だった。
 暗い青とオレンジなんて似合わない。ずるずると世界を侵食する色に嫌悪感を露わにすると、花井は鍵盤のふたをした。
 勝手に棚から出した楽譜をしまい、ピアノのふたを支えている棒も取り払ってしまう。
 目だけで退けと言われ、オレが避けるとピアノにさえふたがされた。

 もう、帰りの時間。
 もう、終わりの時間だ。

 楽しかった、三年間が終わる。
 花井がそばにいない未来が、これから始まる。

 それがつらくてオレは顔を上げられなかった。


「花井は。」

「ん。」

「いいのかよ。」

「嫌だよ。でもしょうがない。」

「しょうがないなんて、」

「しょうがないよ。でも、それはそれなりに、なんとかやるしかない。」


 時々、花井のおとななところが大嫌いになる。
 睨み付けてやろうと顔を上げたら、花井は優しい目をしてオレを見ていた。


「なんとかして、これからもおまえの一番そばにいられるようにする。オレはおまえが好きだから。」


 そう言ってオレを見つめて、屈んだ花井がそっとキスをしてくれた。
 花井はもう、覚悟をしたようだった。

 同性でさえなければ、今すぐ彼をオレのものにしてしまえるのにそれができない。
 一番そばに置いて、大きな声で彼がオレの一番だと叫べるのに、それができない。

 それができないオレたちは、そんな中でもなんとか手を離さないよううまくやるしか道がない。
 でも、繋いだ手が確かであればあるほどに、オレたちはきっと他よりもずっと強い絆で結ばれているのだ。
 単に好きという感情でなく、それを確かにしようとする心。
 それがあればきっと手は離れやしない。

 誓うようにキスをする。
 人目を忍ぶ恋の続きは、静かに強く、紡いでゆく。


―― Like a love song.

一年365題より
3/10「公に出来ずとも」



 
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