Category:花井と田島
2014 10th Mar.
○ 僕と君が紡ぐ叙情詩
【さいごの高校生】
夕日を溶かした空気の中で、きれいにきれいに響く音。
世界があんまりきれいだから、オレは軽く瞼を伏せていた。とろけるようなオレンジ色は、この目に少し、痛い程。
音楽室のグランドピアノを占領して、オレと花井は瞼を伏せる。花井の指が示した音を、中はまるでからくり箱のピアノが次々奏でて行く。
ひとつならばそれは音。
単色のそれに長さ、タイミング、音の行程、組み合わせという彩りを加えると、グラデーションにも似た音楽というものが作られる。
ポップスに慣れたこの耳には、ピアノのそれは音が少なく、あまりにきれいで脳を侵食されるみたいに心地が良い。
メロディを歌う高音と、それを支える確かな低音が、ローテンポでゆっくり、ゆっくりと部屋を流れる。
譜面を見て長い指の辿る音は、オレたち二人だけでなく、開け払った窓から流れ出て誰かの耳に届いていることだろう。
オレンジ色に溶けて、ああ。
今この音楽室に、透明の樹脂を流し込んだら時が止まったりしないだろうか。
ふたを開けたピアノに腕を乗せ、その上でそんなことを思っていると、流れていた音楽がやがて止まった。
鍵盤から指が離れ、やがては余韻も掻き消える。目だけで花井のほうを見たら、彼もオレをじっと見ていた。
「田島。」
「ん。」
「何考えてる。」
「時間が止まらないかって思ってた。」
「無理だな。」
花井が見る窓の外は、褪めてしまった汚いオレンジ色だった。
暗い青とオレンジなんて似合わない。ずるずると世界を侵食する色に嫌悪感を露わにすると、花井は鍵盤のふたをした。
勝手に棚から出した楽譜をしまい、ピアノのふたを支えている棒も取り払ってしまう。
目だけで退けと言われ、オレが避けるとピアノにさえふたがされた。
もう、帰りの時間。
もう、終わりの時間だ。
楽しかった、三年間が終わる。
花井がそばにいない未来が、これから始まる。
それがつらくてオレは顔を上げられなかった。
「花井は。」
「ん。」
「いいのかよ。」
「嫌だよ。でもしょうがない。」
「しょうがないなんて、」
「しょうがないよ。でも、それはそれなりに、なんとかやるしかない。」
時々、花井のおとななところが大嫌いになる。
睨み付けてやろうと顔を上げたら、花井は優しい目をしてオレを見ていた。
「なんとかして、これからもおまえの一番そばにいられるようにする。オレはおまえが好きだから。」
そう言ってオレを見つめて、屈んだ花井がそっとキスをしてくれた。
花井はもう、覚悟をしたようだった。
同性でさえなければ、今すぐ彼をオレのものにしてしまえるのにそれができない。
一番そばに置いて、大きな声で彼がオレの一番だと叫べるのに、それができない。
それができないオレたちは、そんな中でもなんとか手を離さないよううまくやるしか道がない。
でも、繋いだ手が確かであればあるほどに、オレたちはきっと他よりもずっと強い絆で結ばれているのだ。
単に好きという感情でなく、それを確かにしようとする心。
それがあればきっと手は離れやしない。
誓うようにキスをする。
人目を忍ぶ恋の続きは、静かに強く、紡いでゆく。
―― Like a love song.
一年365題より
3/10「公に出来ずとも」
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