365 | ナノ

Category:花井と田島
2013 18th Oct.

○ きみはきせきのひと

【高校生と高校生】



 恋はするもの、患うもの。
 うまく言ったもんだなあ、と田島は思う。
 自分はわりと恋をするほうだ。幼稚園の先生とか、登校班が同じだったおねえさんとか、姉の友達とか、クラスの女子とか、グラビアアイドルとか。

 実らなかった恋もあれば、実った恋だってある。
 ただ小さい頃は「友達より親しい女の子」程度だったし、中学の頃は部活で休みが取れなかったせいで、したいことをする前に終ってしまった。

 それでも恋は楽しい。
 誰かを特別好きになったり、親しくなっていく過程などは楽しくって堪らない。

 そう、楽しいのだ。つらい思いをしたって、それだって乗り越える楽しみがある。
 けれど今、田島はつらくってつらくって、仕方がなかった。
 好きだと伝えているのに全く伝わらないことが、とてもとてもつらい。黙っているのが耐えられなくて、田島は恋の名を呼んだ。


「…花井。」

「あー?」


 夜の冷たい風の中に、彼の返事が混じって流れる。
 きこきこと回る二人乗りの自転車の音はよどみない。それが多少でも緩やかになれば無理に会話を続けたかも知れないが、そんな気配はないので田島は唇を結んだ。

 その代わり、彼の腹へ回した腕に力を入れる。くっついていた体を更に押しつけて、頬をパーカにすり寄せる。
 秋物ではあるが少し厚手のパーカは本来なら田島の鼻先にフードが垂れているのだが、彼が被っているので頬ずるのには何の障害もない。
 頬が布越しに彼の体温に触れそこが温かくなってゆく。少し調子に乗って、今度は額と、唇をつけようとしたら声に遮られた。


「田島。」


 制止するような、咎めるような声。
 聞こえないふりをしてパーカに額を、唇は軽くつける。それ以上もしてみたいが、限度はちゃんとわかっていた。
 さらに勝手なことをするとさすがに振り払われる。まだ許してくれる範囲内で、いたずらで済ませなければ、彼はきっと言葉を使って田島を拒絶するだろう。
 それは、だめだ。だから田島は、額だけつけて自転車が止まるまでたった一言も発さなかった。


「おい、着いたぞ。」

「ん。」

「田島、」

「なに。」

「………。」


 き、と止まった車輪の音と彼の言葉に自転車を降りると、呼び止められた。
 夜のコンビニからもれる真っ白のライトは彼の顔を闇に浮かび上がらせる。
 相変わらずにきび一つないきれいな顔だ。肌が繊細なのか、時々隠れてリップクリームを塗っているのを田島は知っている。乾燥する時期だし男だって唇が割れたら痛い。堂々と保湿すればいいと思うのだが、彼は周りの目を結構気にするたちだった。

 田島が自分を見ながら乾燥対策について考えていることなど知らない彼は、真っ直ぐに田島を見ていた。
 田島は自分が無表情になっていることに気付いていない。表情がくるくる変わる田島にとって、それはとても珍しいのだが、普段意識せずに笑ったり嫌がったりしているせいでわからないのだ。
 おそらく、どうして何の表情も浮かべていないのかその理由も気付いていない。ひとのことはよく見ているくせに、自分のことはわからないんだな、と花井は思った。

 自転車を降りた田島と自転車に乗ったままの彼。
 普段の身長差は頭一つ違う彼らだが、花井はサドルの位置が高い為乗ったままでも目線は田島のそれより上だった。
 そして花井は今夜何度めかの、彼の名前を口にする。


「田島。」

「なに。」

「…くち閉じろ。」

「え」


 突然胸ぐらを掴まれた。
 何のことか尋ねようとした半開きの唇に、何かが触れる。
 …歯が当たって音がしたが、ふさがれていたので耳には届かなかった。


「………」

「閉じろっつったろ。…いてえな。」


 二人がいるのは、レジカウンターの壁側だ。店内の強い光がこぼれる為に明るくはあるがガラス窓はもう少し向こうで、住宅街のコンビニでは屋外ライトもそう明るくない。
 見ていたのは、誰もいない。道路を車が走った気がしたが、夜道でよそ見はしないだろう。
 そして田島もよく見ていなかった。胸ぐらを掴まれ引っ張られたので転ばないようにふんばった一瞬で事が終わってしまっていた。


「…ちょ、」

「………。」


 花井が服を掴んでいた手を開き、そのついで、指が田島の胸を押したので二人の間に距離が出来る。
 田島は花井を見つめている。その視線を受ける花井は、それを明後日の方向へやってしまう。
 唇が、唇に触れた。それもしたのは花井の方からだ。
 田島はただ目の前の好きなひとを見ていた。自分の気持ちは伝わらないものだと思っていたのに、伝えたって、受け取ったそのまま箱の中へしまうように、彼自身には届かないものだと思っていたのに、どういう事だろう。


「はな、」

「どう言ったらいいかわかんねーけどさ。おまえの泣きそうな顔、見んのヤなんだよ。」


 暗がりに顔を向けたまま花井が言うのを、田島は必死で聞いていた。
 彼の言う意味はよくわからないが、さっき、自分たちは紛れもなくキスをした。
 キスは、特別なひとにしかしない。そんなことは田島も花井もわかっている。
 ただ、まだ気持ちの整理がつかないらしい花井には、言葉をねだったところで言ってやくれないのだろう。
 だから、田島は花井を自転車から下ろしてコンビニの影に引っ張った。抵抗しないから、たぶんだいじょうぶだ。


「もっかい、して欲しい。」

「……。」


 今度は歯がぶつからないよう口を閉じて目も伏せると、唇にあたたかいものが触れた。
 田島のそれと変わらない、温度を持つやわらかな、けれど少しだけかさついた唇。
 その熱が触れて、胸がすっと軽くなる。

 恋心を殺すように、そのまわりに出来ていた氷のようなもの。
 それが消えた恋の心は、熱いくらいに脈をうつのを思い出す。


―― You like a Drug.


一年365題より
10/18「どんな病も治せる薬」


 
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