365 | ナノ

Category:花井と田島
2013 14th Aug.

○ ぼくときみとナイトフライト

【高校生と魔ジョッ高校生】




「空って涼しいんかなあ。」


 三十八度の気温にやられてなんの気なしに言った言葉が始まりだった。
 今日も夏空は高く高く、その下半分は膨らんだ入道雲が埋め尽くして日光は易々とアスファルトを焦がしている。蝉は辺りの木という木から声をふり絞って鳴きながら、体感気温を押し上げていた。

 どこか涼しいところはないだろうかと、思うのは願うのは当然じゃないか。古い駄菓子屋の店先でかき氷をつつきながらオレが言うと、隣に座っていたそいつはかき氷のストローを咥えながらうーんと唸った。
 上下するストローが、そばかすの浮く鼻先に触れそうで触れない。そんな子どもじみた所作が似合うそいつはオレの同級生で、友人だ。

 いや、友人よりも、ほんの少し親しいのかもしれない。
 彼のたくさんの友だちの中で、たった一人オレだけが、彼が隠している秘密を知っているのだから。
 

「花井、夜ひま?」

「別に予定ねーけど。」

「じゃ八時頃ベランダ出てて。」


 決めた、とでも言うようにストローの上下運動がぴたりと止まる。そうしてそれはレモン味のかき氷へ差し込まれ、本来の役に戻る。
 彼の言う意味がよくわからなくて、オレは間抜けにも彼の言葉を繰り返した。
 夜、ベランダに出ていろという言葉の意味は、オレならわかった筈なのに。


「連れてってやるよ。空、行きてーんだろ?」


 そうしてその夜の二十時ちょうど、オレは自分ちのマンションのベランダに立っていた。
 高さがある為地上よりは風もあるし、涼しい筈だが、それでも気温計はデジタル文字で二十九度を示している。
 ベランダの手すりに寄りかかりながら空を見る。月は無いのに地上が明るいせいか、夜空は徐々に暗くなるグラデーションになっている。
 あとはほんの少し星がある程度か。明るいんだか暗いんだかよくわからない空をぼんやり見ていると、自転車の車輪が回るからからという音が耳に届いた。


「花井ー、迎え来たぞー。」

「おー。」


 夜の向こうから、自転車が一台走って来た。走るというよりは空を泳ぐようにやって来たそれに乗っているのは、昼間のレモンかき氷の彼だ。
 ママチャリの後ろを指して乗れよと言われるまま、古いバスタオルをぐるぐるに巻いただけの荷物置きにオレは座る。

「おし、ちゃんと掴まってろよ。」

「田島、バニラとチョコとどっち食いたい?」

「チョコ!」


 走り始めた二ケツの自転車は、ゆるい坂道を登るように、空の上へ上へと向かっていく。
 落ちないように彼の腹の前で結んだ両手の片方を解いて、今夜のささやかなお礼をくちに突っ込んでやると、甘味に俄然やる気を出したらしく前傾姿勢でペダルを漕いだ。

 短い黒髪の一番高いところは、オレの頭よりも低い。でもオレが後ろに座り、彼の腹の前で両手をきゅっと結ぶわけは、彼が不思議な力を持っているからだ。
 彼はその名を田島という。ご先祖様が魔法つかいで、現代に至るまで脈々と続いているそのちからを強く強く受け継いだのが彼だ。
 初めは高校の同級生で部活の仲間、というだけだったのだが、とあるきっかけがありその秘密をオレだけが知った。
 魔法のちからが強い田島が得意なのは空を飛ぶ事で、股が痛いからという理由でほうきではなく赤いママチャリに乗って空を飛ぶ。

 彼にとっては、空を飛ぶ事は道を歩くのと同じなのだという。
 それを言うだけあって、右手にアイスの棒を持つ為に片手運転の田島は、確かに普段とかわりない。
 でもきっと自然にそれが出来たら出来たで、それは大変な事なのだろう。自分と違うトクベツなちからがあるからといって田島と遠くなったりはしなかったけれど、それについて簡単に言葉を述べていいかどうかは、今もまだよくわからない。


「…と。花井どーよ、空は涼し?」

「あーだいぶ涼しくなった。やっぱ上空って涼しいんだ。」

「地上はなんでもごちゃごちゃしてるから暑いんだよ。ここは静かなもんだろ?」

「あるのは風くらいだもんな。」


 見えない坂道をある程度上がると、田島はそこでブレーキをかけた。車輪は止まり、赤いママチャリは滞空する。
 どうだ、とアイスの棒を咥えた田島が振り返って言うので、オレは素直に涼しいと答えた。
 風があるからか、Tシャツから出た腕や首を撫でていく空気は地上のそれより冷たさを感じる。勉強不足で涼しさの本当の理由はわからないけど、ごちゃごちゃしているからという田島のそれは案外正解なんじゃないかと思った。


「せっかく来たんだし、しばらく涼んで帰っか。」

「……あぁ、」

「ん?」

「あ、いや、…夜は空もきれいなんだなーと思って。」


 足下で町の明かりがちらつくのでそちらばかり見ていたが、久々に顔を上げたらそこがあんまりきれいなので、ついポロッと言ってしまった。
 今夜は月が無く真っ黒の空だが、だいぶ上にいるせいか地上では見えなかった星がいくつも瞬いているのがわかる。雲も裾野のほうでひろがっているのが、風でゆっくり流れているのも望めばちゃんと見えた。
 黒一色の筈のそこにあるものを見る為に、音は最低限の、風が吹いているそれだけだ。
 ひゅるひゅると鳴いて宙に浮かぶ体をすり抜けていくそれは薄ら冷たく、空の動きを黙って眺めているのには本当にぴったりの空間だ。

 上を見る事ばかりに気が向いて、簡単な言葉で短く言っただけのそれに、田島はちゃんとレスポンスを返してくれる。
 ただそれは彼にしては小さく短く、オレもそう思うという返事だった。この空間を好きになってしまったオレにその返し方はあんまりちょうど良く、耳に溶けてしまったようで、会話はそこでふつんと切れた。


「ま、涼しかったし、楽しかったみたいだからいーけど。」

「一時間も経ってたとは思わなかった…なんかゴメン。やっぱ疲れた?」

「あー。別にいーよ、オレも空久しぶりに飛んで楽しかったし。」


 左腕の時計が出掛けた時からほぼ一時間経った頃に、オレたちは空から帰って来た。
 田島が空での自転車の扱いに長けているといっても、地面を走るのとは違うから疲れもするだろう。悪い事をしたと謝るが、田島は今もベランダの外にチャリンコを滞空させたまま笑っている。
 端をくっと上げて笑うのが似合うそのくちには、オレが行きにそいつにあげたアイスの棒がまだ咥えられていた。
 ついでだから捨ててやると言ってそれを受けとると、手渡す時に田島が小さく声を上げた。


「あ、当たり。ホームラン。」

「え。マジ?…持って帰る?」


 よくある木の棒に付けられた焼き印は、くじの中で一番点数の高いものだった。
 捨てるのは勿体ないし、持って帰るかと聞いたら田島は頭を横に振った。


「やる。そんかし、また付き合って。」

「別にそんなん、オレはおまえさえ良ければ全然行くよ、」

「いーんだよ当たりと交換。…じゃあ今度、またハロウィン付き合ってくれよなー。」

「えっまた?!空飛ぶだけじゃねーのかよ!」


 だってホームランだもん、と笑って田島はママチャリを漕ぎ出す。また暗闇に帰って行く後ろ姿を見た後に、オレは手の中の当たりくじを見た。
 由緒正しい魔法つかいの家の子が行くハロウィンパーティーは、本物さんがたくさんいる。怖くはないがキャラが濃いので去年結構大変だったんだよなあとしみじみ思い出してしまった。

 とりあえずはこの当たりくじ、洗って応募してみようかな。
 大変な約束と引き換えだから、それくらい当ててくれるはずだ。


―― Take1, Take2.

一年365題より
8/14「空に憧れて」
こないだ食べたホームランバーが、銀紙じゃなかったんですよ…


 
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