Category:阿部と三橋
2013 11th Aug.
☆夏と花火と私のキス
【高校生と高校生】
蒼く晴れた夜空を打つ音がそこへ響き、色づけされた火の花が咲く。
赤く輝くそれは空と辺りと彼をも照らし、同じ色に染め上げた。
花火が上がる祭りの夜。けれど喧騒の替わりに耳へ届くのは、草むらで鳴く虫の声だけだ。
彼の部屋からは花火がとてもよく見えるというから、阿部は三橋の家に来ていた。
準備が悪く、というよりは阿部の気が回らなかったせいで、二人が座る三橋の部屋のベランダには、グラスに注がれた麦茶しか置かれていなかった。
「あべく。」
「あん?」
「花火、すき?」
「んなばかみてーに好きってわけじゃねーけど。夏って感じすんじゃん。」
低い音が空を打つ。打ち上げ場所が近いため、花火が咲く前にちゃんと音が先に来る。
そうして次に青と緑と黄色が咲く。二人それを見上げながら、とるに足らない会話をだらだらと繋げていく。
「おまえは?」
「え。」
「だから、花火。」
「…すき、だ。」
ぽそ、と三橋の唇で咲いた一言に、他愛なく会話をしていたつもりの阿部は若干目を泳がせた。
今ほど三橋が口にしたのと同じ言葉を、阿部は先日自分に対するものとして受けた。その時は深く考えもせずにオレもそうだなあと思ったそのままを言ったのだが、それ以来阿部と三橋は、以前よりも一歩程度前に進んだ関係のところに立っている。
でも、阿部は未だにそこへ落ち着けないでいた。
確かに三橋の事は他の誰の事より考えている。そうして彼が他の誰かに同じ言葉を向けると考えると、胸のあたりがぐちゃぐちゃしてくる。
これらの事を簡単に踏まえると、友人以上に思っているとかいう事になるのかもしれない。が、思うのだ。
もしかしたら、三橋の事を思っているというよりも、親しくなった彼を自分の手の中に入れておきたいだけなのではないか。離れないようにあの時自分はそう言ったのじゃないのだろうか。
そんなふうに考えてしまう阿部に対して、三橋は気持ちを素直に向けてくる。
好意の滲むそれをうまく受けとる事が出来ず、こういう時阿部は大抵ごまかしていた。
今日のそれはべつに欲してもいない麦茶を飲む事だった。
しかし麦茶を入れたグラスは高めの気温にしばらく曝されていたという事もあり、グラスの外側に粒の大きな水滴がびっしり付いていたのだ。
当然ながら手に持った時点で指は濡れ、更に口に運んで傾けると、大粒の雫がぱたぱたと垂れ阿部の唇の端を伝った。
「やべ、」
「…阿部君。」
三橋の声がすぐ傍で聞こえた。そう大きくない窓辺の隣に座っているのだから当たり前だが、それは打ち上げの音より近く、何故か耳の中へするんと入り込んでくる音だった。
気は完全に零れた雫にいっていた阿部には、三橋の距離は予想よりもずっと近い。
隣りを振り返ろうとした阿部の僅か数ミリ先に三橋の睫毛が見え、その揃いまではっきりわかると全く関係無い事を考えている間に、他人の熱を持つ唇が自分のそれへ重なった。
それはほんの一瞬で、花火が打ち上がる音とともに体が離れる。
阿部の口元に零れた雫が三橋の唇を濡らしている。間髪入れずに咲いた花火がそれを照らし、柔らかだったそこをやけに色めかしく見せる。
三橋を見る阿部と阿部を見る三橋の視線がかち合った時、大きな花火がひとつ上がった。
今まで上がったものよりも一際大きなそれは柳。ずっと上空から金色の枝を無数に下ろす垂れ柳は三橋の睫毛と、目の色まで金色にして、引力を持ったそれから阿部は目をそらす事が出来なかった。
そうして言葉を交わす事無く、再び三橋は距離を縮める。
一瞬しか重ならなかったそれを確かにしようという意味だとは、頭の回転が止まった阿部でもわかった。
三橋の睫毛が再び伏せる。が、ほんの僅かの距離を残し唇は重なる事はなかった。
「れーん。れんー、」
「………。」
「れーん。おかーさん食べるもの買ってきたから、上持ってきなさーい。」
階下で彼の母親が三橋を呼びつけたのだ。部屋に上がる時何も持って来なかったと話したのを聞いていたのだろう、わざわざ外に出て食べるものを買ってきてくれたらしい。
その声に三橋は返事する。ではそのまま取りに行くのかと思ったら、三橋は一度阿部を振り返った。
「ふふ。」
「………。」
「あとで。戻ってきたら、しよう?」
思わぬところで邪魔が入ったのが面白かったのか、三橋がすぐそばで小さく笑う。
けれどその後続けた言葉に阿部は完全に言葉を失った。
あれは、さっきまでこの目の前にいた奴は、本当にオレの知る三橋だろうか。 途中までは確かに三橋だったが、垂れ柳が打ち上がったあの時の彼は何か妖艶な別の光を帯びていた。
ぱたぱたぱたとスリッパの音たてて三橋が去ってから、グラスを持ったほうとは逆の手をふと開く。
水ではなく、汗でそこが湿っていた。
―― just i want.
一年365題より
8/11「汗」
阿部君があんまりじれったくて襲い受けに目覚めた三橋。
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