Category:阿部と三橋
2013 7th Jan.
☆ 手を伸ばせば届く距離
大学生と大学生
戸を開けた瞬間「汚ねぇ」と思った。
(…こないだ大掃除したばっかだよな…)
戸に手をかけたまま思わずまじまじと見てしまう。
今日は新年を迎えて七日目だ。大掃除はつい先日した筈なのに、目の前に広がる自分の部屋の様はその名残の欠片もない。
あんなに手間をかけて片付けたのに。努力が水泡に帰する事の儚さにしばらく立ち尽くしていたら、汚れの中心地となっているこたつが不満げに呻いた。
「んう。」
開けっ放しの戸から暖かい空気と入れ替わりに流れ込む冷たいそれに気付いたらしく、夢の中からの彼の抗議に、阿部はようやく部屋に足を踏み入れた。
沸かしたお湯に麦茶のパックを投げ込んだだけの急須と湯飲みを天板に置き、同じく天板に据えられているゲーム機にDVDを入れる。
今日はこれからDVDの続きを鑑賞する予定だ。テレビの真正面となるこたつの一面に座り、読み込みが終了して白む画面から何とはなしに目を離した。
とは言っても目につくものといえば散乱したものばかりだ。雑誌、リモコン、上着、バッグからはみ出た大学関係の配布物、コンセントから延びる延長コードには携帯とその充電器がくっついて、こたつ布団からはみ出たひよこ頭の隣でぴかぴかと光っている。
つまりこいつがこの混沌の創造主様、もとい諸悪の根元だ。阿部の右側に入った彼はぐっすりとお昼寝の最中で、頬を薄く桃色にして小学生のように天井を仰いで健やかな呼吸を繰り返している。
そりゃあこんだけ散らかしゃ満足だろうよ、と思いつつ、阿部は落ちていた上着を彼にかけてやる。
「…ふむー。」
すぴよ、と変なふうに鼻を鳴らし、更に変な溜め息をたまにつく。気を惹かない番宣の間、阿部は伏せられた金茶の睫毛の揃いを眺めていた。
柔らかそうな色素の薄い跳ねっ毛の、彼の名は三橋という。高校からの付き合いで、お互い大学に入ってからは一人暮らしを始めた阿部の部屋に三橋が来るようになり、今では結局この部屋から通っている。
つまり二人暮らしだ。三橋は割とすぐ住み着いたので半年はゆうに過ぎており、その時間からわかったのは、三橋はあまり片付けをしない性分らしいという事だった。
探し物があると思えばバッグの中身を引きずり出し、見つけたら副産物として出た他の中身は放置する。そんなところは高校の頃にも見ていたが、一緒に暮らしてみると三橋の周りだけやたらと散らかるのだ。
しかし別にものぐさというわけではなく、ときどき片付けをしているところも見かける。
どうやら探し物に夢中になってしまい、その際出てしまった他のものにまでは気が回らないらしい。阿部が見る限りそれと、片付けが下手なのですぐどこかにやってしまう、というのを交互に繰り返している。典型的な散らかし屋だ。
そして探さなくてもいいように、彼の周りには大事なものがあふれている。 テレビのリモコン、鍵、バッグ、箱ティッシュ、携帯電話と充電器。これらは必ず、三橋の周りに集合している。
「……ふぬ、」
「おう。起きたか?」
「むー…。」
見つめていた三橋の瞼が震える。べつに阿部が見つめたせいで目が覚めたわけではないだろうが、午睡に一区切りついたらしい。
大きく伸びをして、一呼吸のあと緩慢にとろける瞼の奥で円らの瞳が阿部を見る。そうして再び睫毛が下りると、三橋は阿部の方に体を曲げた。
まだ起きるつもりはないのか、阿部が見下ろすその瞼は上下がぴたりと付き、規則正しい寝息が再開する。
「三橋、」
「すぴー。」
三橋の意識が完全に夢へ行く前に、阿部はあとで片付けろと言うつもりだったが、その口は声を成そうと一度開いたきりついぞ噤んでしまった。
三橋がその手を伸ばせば届くほどの距離に置くのは大事なもの。そんな彼が居たいところは、阿部のところだ。
オレは傍にいたいくらい好きかと問う代わりに頭を撫でたら、くすぐったげに夢の中の三橋が笑った。
ーー My favorites are around me!
一年365題より
1/7「ついこの間片付けたはずなのに」
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