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2015 6th Jul.

○ 僕らの終わりの話をしよう

【高校生と高校生】


 映画やドラマでよくあるやつだ。歌なんかでもあるだろうか。
 恋人に「オレが死んだらどうする」と問うそれ。なんとなく、オレは訊いてみたくなって、それをそのまま口にしてみた。

 言っておくが歯の浮くような言葉や涙を期待したわけじゃない。
 それでも返ってきた言葉には、返事の選びようってものがあるだろうと思ってしまった。


「葬式に行く」


 夕方。部活がミーティングだけであっても、オレ達学生の本分は勉強だ。学校に残ってテスト対策をした帰り、オレがなんとなく問うた「オレが死んだらどうする」という言葉に対し、田島は真面目な顔をしてそう答えたのだった。


「野球部とか、花井のクラスの奴らとか、みんな行くだろ。葬式、オレ行ったことないからよくわかんないけど、線香とかあげて座ってればいいんだろ」

「多分……、いやオレもよくわかんないけど……」


 今の頃は七時を回ってようやく暗くなってくる。オレンジ色いっぱいの町を背負って、チャリの後ろに着いて来ていた田島は何故か立ち止まってそう言った。
 田島は真っ直ぐにオレを見る。オレ達の間には少し身長の差があるから、田島は少し顎を上げ、こちらを見上げるようにする。
 なのに、その目の力は本当に強い。まるで引力だ、目が合うと話せなくて、けれど何を考えているのか思うのかは、こちらにはぜんぜんわからない。
 少し理解しがたいところのある田島だが、オレは好きだった。

 そう、オレと田島は付き合っている。恋人という関係だ。
 キスだってしてるし体だって知っている。それなりに触れて知ったつもりでも、やはり田島という少し不思議な同級生の一挙一動はオレみたいな普通の人間にはよくわからないことが多い。

 「オレが死んだらどうする」と問うて歯の浮くような言葉や涙を期待したわけじゃない。
 言ってみたいだけだったのに、聞いてがっかりするなんて勝手だ。だから収集をつけなくては、と思い始めていると、田島は尚も口を開いた。

 オレンジに焼けた町を背負って。
 三白眼に近いつり目は真っ直ぐにオレを見つめている。


「葬式に行ったら、泣くやつもいるんだろうけど、多分オレはそこじゃ泣かないと思う。葬式って死んですぐするわけじゃないだろ、だから、連絡が来るまで、花井今日どうしたんだろって皆と話するんだ。
 で連絡が来たら、いついつ葬式だって言われて、皆とどれくらいの時間に行くっつって。花井のいない最初の日が終わって、でも一日いないくらいじゃ風邪とかで休んだのと変わりなくてさ。
 葬式の日は制服ちゃんと着て、線香あげて、何かお経とか聞いたりするんだろ。そんでホラ、棺桶に花入れたりするじゃん。そんときに死んだ花井見て、あ、花井死んだんだって思うんだ。
 よくわかんねえけど肌の色が青白くなったりするんだろ。それ見たらオレ、ちょっとわけわかんなくなると思う。いつも見てたのと違うわけだから、死ぬってのもオレよくわかんないし。なんだろって。
 花井が燃えて骨になってもきっとわかんないんだ。そんで、二日とか、三日とか経って、一週間経って、花井がいないのに慣れ始めたらきっと、そこでやっと花井が死んだんだって実感がわくんだと思う。
 こんなふうに帰ってて、花井と二人で帰ったこと思い出して、そんできっと、悲しくて、……初めて、すげえ、泣くんだ、と思う」

「田島」

「うわあ、すげえ悲しい」

「田島、たじま、ごめんて、変なこと聞いた。泣くなって」


 淡々と淡々と田島は話していた。珍しく順序立てて、想像しながらオレに語って聞かせるうち、いきなり涙がぽろりと零れた。
 田島の空想と今の時間が似ていたせいだ。今やオレンジ色は夜の手前で、紫色に代わっている。濃い灰色と煌めく紫の空を前に、オレ達は一足先に夜の色だ。
 空の光なんか地上まで落ちて来やしない。互いの姿が薄ら見える程度の光量の中、涙が止まらなくなってしまった田島を、往来なのにオレは抱き締めてしまった。
 人が他に居なくて良かった。けれど胸に抱いた田島はまだぐずぐずと洟を吸っていて、零れた涙がオレのYシャツに染み始める。

 ごめん、ごめんな、変な話して、と言うより他の言葉がオレには無い。
 田島はオレなんかよりも想像力がとても豊かだ。きっと、田島が死んでしまっても、オレは田島が言ったような事をするんだろう。
 オレ達の関係を誰かに言った事は無いから、一人ですごく泣いて、人一倍悲しんで、人一倍引き摺って。

 そうして、いつか忘れてしまうんだろうか。
 この恋を昔の事にして、新しく誰かを好きになったりするんだろうか。
 最早思い出だけの存在になった彼を置き去りにして、思い出すことも少なくなって、いつか忘れてしまうんだろうか。
 年をとらなくなった彼を一人置き去りにして。

 そう思ったらオレまで泣けてきてしまった。
 そんなの悲しすぎるけれど、きっと忘れてしまうんだ。
 そうじゃなきゃ、つらくて生きていかれないから。


「……ごめんって」

「何で花井も泣いてんだよ……」

「うるせえ……」

「……花井はさあ」

「うん」


 暗くなった夜の中で泣きながら抱き合って、田島が言った。
 オレが死んだら生きていけるの。


「生きていけないけど、生きると思う」

「そうだよなあ」


 そんなふうに言って笑ったけど、ホントは生きていけそうにないってお互いきっと言って欲しかったんだ。
 でも出来ればオレが死んでもずっとずっと生きてもらって、いつかまた出会った時に、ずっとおまえのこと好きだったよって笑ってくれたら、一番いい終わりだと思うんだよ。


―― 僕らの終わりの話をしよう。
   それが僕らの終わりだと思いたくはないけれど、
   きっとそれが、終わりだから。



 
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