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2015 11th Jun.
★ あず子といず美
【女装男子と男子】
体育館は声が渦巻く。
花井は痛む頭へ、彩色された指をやった。
「美男美女が見たいかー!!」
見たーい、なんて、花井にとっては狂気の沙汰だ。沙汰の他だ。
学祭を開催する本日の西浦高校は、男装・女装コンテストという、花井にしてみれば正気と思えない催し物をしていた。
それに無理やり出場させられた花井は、舞台袖で眉間の皺を深くする。現在は前座の出し物をしている為、花井たち出場者は待機させられていた。
「はあ……」
「大丈夫だよ、花井が一番だよ〜! 絶対優勝!」
「いやそれで悩んでるわけじゃねえから」
丸椅子に座ってため息をつく花井を見て、メイド服を着た水谷が明るく声援をくれるが、問題はそこでない。
花井はまたもため息をつくが、それすら傍目には悩ましかった。
七組の面々により、器用貧乏で有名な浜田を得る代わり、花井は彼に売り飛ばされた。
もとから顔立ちの良い花井は上背もありスタイルも良く、コンテストの優勝商品である商品券を狙う浜田に白羽の矢を立てられたのだった。
浜田の持つ技術の全てと花井持ち前の器量の良さで、花井は確かに他の参加者よりも抜きん出て完成されていた。
人目を引く真っ赤な女物の着物には大柄の花が描かれ、それを高身長で活かした花井は、長い黒髪のウィッグと浜田の施した化粧で、男とも女ともつかない「もの」になっていた。
ありがちなのは、ふつうの女の服を着て、ふつうの女の化粧をして、というものだ。
他の参加者がそれだ。けれど今の花井を作り上げた浜田の言は、それを否定する。
男がただ女の真似をして美しいわけがない。衣装も化粧も、女に一番似合うように作られている。それを骨格も大きさも色も柔らかさも違う男が真似したとて、滑稽なだけである。
だから、自分に一番似合うものを選ぶ。そこに妥協は許されない。そもそも似合わないものから選ぶのだから、ひとつ妥協すると、全てが台無しだ。
浜田はこの日の為によっぽど下準備をしたのだろう。いじくられながら、いつになく真剣な浜田の顔を見て察した花井だからこそ、何も言わずにされるがままになっていた。
だから、花井だって今の自分の姿を見て、まあ見られる程度の女装ではあると思う。特に周りを見れば確かに一番ましだろう。
でも問題はそこじゃあない。
そこじゃあないのだ。
「はぁ……」
「だぁいじょうぶだって! がんばろ、花井! めざせ優勝!」
本日何度目かのため息を花井がつくと、水谷が律儀に励ましてくれる。
そんな二人に割って入ってきた影があった。
「それはどうかな!」
「え……」
「あ」
「優勝はオレがもらうぜ、花井」
舞台袖の更に奥、コンテストの参加者受付からもう一人入ってきたらしい。
わざわざ花井をご指名しての登場だ。
誰だ、と凝視する花井と水谷の前に現れたのはフリフリの、所謂ロリータ服を着た少女だった。
「え、」
「泉ー?! わースゲー、かわいー!」
「優勝できそうだろ」
「うんかわいいカワイイ! いいなーフリフリ」
水谷はフリルに憧れでもあるのだろうか。着込んだメイド服だって、存分なフリルがあるじゃないか。レースが足りないとでも言うのだろうか。
そんな事を考えた花井の前に現れた「少女」こそ、同じ野球部の泉であった。当然性別は男である。
もともと目が大きく、女顔の泉であるが、性格は男らしい。年頃の少年らしく、かわいいと言われる事には抵抗があった筈だが、なぜ特に女の子らしい格好をしているのか。
その答えは簡単だ。なぜなら泉は
「あーやっと終わった! 花井、着物崩れてない?!」
誰あろう、浜田の大ファンだからだ。
「オレを心配しろよオメーは!」
「泉は今作ったばっかでしょ! 花井は時間経ってんだからね、劣化すンだから」
「経年劣化だってすごい言われようだね花井」
「どうにでもしてくれ……」
小中、そして高校まで、浜田を追いかけてきた泉の執念たるや相当なものだ。
花井のほうへ走り寄り、てきぱきとチェックや化粧直しを始めた浜田を泉は悔しそうに見つめている。
「くっそー……」
「ねー泉、一緒に写真撮ろー! 記念きねん!」
浜田に「ホラ立って」だの「そこ押さえて」だの指示を受けて動く花井をよそに、水谷はのんきなもんである。
水谷が持って来た端末で写真撮影を始めるのを横目で見ながら、確かに泉も良い出来だな、と花井は思った。それだけ浜田の腕が良いのだろう。
フリルやレースのふんだんに付いたその衣装がロリータ服である事はなんとなく知っている花井だ。
その色は泉の髪に合わせたのか、深い青を基調としている。落ち着いた深みのある色合いが、泉によく似合っていた。
丁寧に櫛を通された髪には艶のあるリボンが渡され、カチューシャのようになったそれの片端には、大小の花飾りが付いている。
フリルをあしらった立ち襟のブラウスは暗い青、胴を締めるコルセットと大きく膨らんだスカートは黒い色だ。脚はやはり黒い色のタイツを穿いて、爪先の丸い厚底の靴は明るい青をしていた。
あまり骨格の露出が多いと、アンバランスになってしまうというのが浜田の意見だ。腕はブラウスの長袖でカバーされ、脚は膝が隠れるまでのスカート丈がある。まあ泉くらいなら多少露出があってもそう影響はなさそうだが。
ふわりとしながら、暗い色でまとめてある衣装が泉にはよく似合っていた。
化粧ももともと目力のある泉の目元を強調するように、花井よりずっと念入りに作られている。重たそうな睫毛に縁取られた瞳と甘い色の唇、それによく合った衣装の泉は、お人形のようだ。
それが浜田に構われた時など、あまりにも可愛い表情をするからこちらも見入ってしまう。
「おまえなんかこてんぱんに伸してやる」
けれど、甘い色の唇からこぼれるのは、いつもどおりの男らしい泉だった。
「コンテスト始まりまーす! 参加者さんは番号順に並んでください」
そうして、勝つ気満々の泉とげんなりした様子の花井の勝負は始まったのだった。
妄想より
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