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2015 10th Apr.
嵐みたいな音を立てる自分の血液の向こうに、じゃらじゃらという金物の音が鳴っていた。
細いくせ、やたらに重たい音を立てるのは、オレがぶら下がっているからだ。
くそ面白くもない。
死ぬにしたって、人間に殴り殺されたんじゃあつまらなくって、そいつで死んじまいそうだった。
人間を嫌う理由なんかくそほどあるが、一番嫌いなのは、オレたちを動物だと思って居やがるところだ。
追いかけたって構わないし、何を言ったって構わないし、撫でたり、殴ったり、殺すのも自由。
とにかくあいつらの中じゃオレたちなんか「何かをされるだけの物」なのだ。
それをまざまざと語ってみせる目が嫌いで嫌いで堪らない。死にかけのオレは、オレをこんな風にした人間の悪口をずっとずっと考えていた。
捕まってからこっち、細い金物で動けないようにされて、それから蹴られて蹴られて蹴られてもう感覚が先に死んだらしい。
痛みを感じるよりはとにかく熱い。全身だ。蹴られ過ぎて瞼が腫れたか目が潰れたか、何にも見えやしないから、音だけが自分の置かれた状況を知るすべだった。
どうも今ほど床に投げられたらしいが、その音もいつもより聞こえが悪い。耳が切れたりしたのだろうか。
あのじゃらんじゃらんという重たい音しかなかった世界に、別の音が混じる。
高い音だ。ああ、こいつはあれだ、人間の子どもの声。
人間はバカだからオレたちが言葉を理解できないと思って居やがるが、字は読めなくとも声に出されりゃ理解は出来る。
人間の子どもはどうも泣いているらしかった。いつだったかしつこい子どもを引っ掻いたら、目から水を垂らしてこんな音を出していた。
独特の音。
至極聞き取りづらかったが、そいつはこんな事を言ったと思う。
「どうしてこんなことするの」
それを聞いた時、そいつにすべてを奪われた気がした。
人間はオレたちを、受け身の生き物だと思っている。だから同情だって奴らの身勝手に過ぎないのだが、その子どもの発した音は、もうすぐ死ぬオレの感情をそのまま表したようだったのだ。
尚も子どもは抗議する。泣いて泣いて泣き叫んで、その小さなおつむで思い付く限りの罵詈雑言を、オレをこんなふうにした奴らへぶつけていた。
もうオレの関心はその子にしかなかった。
憎い奴らの声もあったが、そんなものはオレの中へ入ってこない。オレは嗚咽と叫び声で埋まっていた。
「しんじゃだめだよ」
耳を塞ぎたくなるような子どもの叫び声は、ひたすらあの人間達を射殺すものだったのに、不意にそんな声が掛けられた。
それは半ば祈るようだった。しんじゃだめだと掛けられる声は、まるで羽毛のようだ。
白くてふわふわであたたかい。それがこの体へ降り積もる。
そして彼は言った。
「いきて」
生きて。人間から掛けられる身勝手なんか、嫌いな筈だった。
けれどオレは奪われたのだ。彼の声に応えたい。
彼が望むのならそう在りたい。
強く強く思った瞬間、世界が白くなった気がした。
* * *
「……はまだ、」
「ん?」
「ねないの、」
小さな天窓に見える白い星を見ていたら、なんとなく昔の事を思い出してしまった。
この名を呼んだ可愛い声に目を手元へ落とすと、夜空を閉じ込めたような綺麗な目をした子どもがオレを見上げていた。
少し笑って、布団越しにお腹へ当てていた手を動かす。顔へ掛かっていた髪を指で掬い、耳へ掛けてやる。
さらさらのそれはともすれば指からみんな零れてゆきそうで、まったく本当の星の川みたいだ。
何もかもが今この部屋は瑠璃の色。辛うじて彼が見えるのは星が万も京も空へ散りばめられている為で、そんな綺麗な夜で満たした部屋は宝石箱みたいだった。
もう、子どもは寝る時間。けれど彼は眠らない。
冷たいだけの夜で眠る事を恐れたせいで、彼は夢を知らないのだ。
「オレはねえ、泉のかわいい寝顔を見てたいの」
「ばか」
「そんな事言わずに。ほら、もう寝ようよ」
「ねない。ねむくない」
その手の中の力だって星みたいに輝くのに、嘘の才能だけは無い。
逸らされた目もけれど、オレにとっては愛しくて堪らない。
あの日彼の使い魔となったオレにはもう睡眠も食事も不要のものだ。
けれど、幼児一人騙すのは訳もない。仕方ないなあと嘯いて隣へ横になると、あの夜空みたいな目がすぐ側へ見えた。
ああ、睫毛の一本一本に星の光が留まるよう。ひそめた声で話しかければ、彼はきゃらきゃらと笑うのだ。
「じゃあお話しようかな」
「なんのおはなし?」
「ちっちゃくって可愛い、猫の話でもしようかな」
「どんなねこ?」
「夜のお星さまから生まれた猫だよ。ほら、ちょうどこんなお空みたいな」
滔々と語るオレを見つめる彼の綺麗な事、綺麗な事。
毎夜彼を夢の世界へ連れていく猫の話は、けれど完結した事がない。
いろんな冒険といろんな戦いといろんな人と出会って育つ猫。未完の様は、まるで彼みたいだ。
いつか、こんな塔の天辺じゃなくて、広い空へ出られたら。
物語の枠を超えて願いのような言葉が口を突く頃には、オレの大事な子猫は夢の中で、別の物語を紡いでいる。
そうだよ、夜は怖いばっかりじゃない。
眠れないオレは夜毎祈りを捧げて過ごす。
祈るのは彼の為。捧げるそれは、彼へ向かう。
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お耽美めいててわたし書いてて大変満足しました。
二時間くらいかかったー
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