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2014 7th Aug.

【遊郭パラレル】



 其の音は、確かに空を震わせる。
 高く抜ける様な夏空は天井なんて無い様に振る舞うが、此の辺りを強かに打つ、何処か籠った様の音は、確かに空の天井を叩く。
 どうんと云う音がすると、光の玉が夜に向かって打ち出される。瞬時其れは爆散し、其の火の粉は色とりどりに街を照らす。

 花火は夏の風物詩だ。
 復た爆ぜた火の粉が青く燃え、泉の顔を同じ色で染めるのを、膝枕の上から良郎は見ていた。

 泉と出逢ってから、もう季節が一つ終わろうとして居る。
 泉とは梅雨の頃に出逢い、其の梅雨が明けて今や残暑の頃だ。納涼の花火を見ようと誘ったのは良郎の方で、今夜も酒と摘まむ物を手土産に、泉の居る売春宿に足を運んだ。

 今夜此の街では同じ様な奴が巨万と居る事だろう。良郎も仲の良い子は其れなりに居るが、最近は泉の処にばかり来る。
 其の理由については、同性だから変に気を遣わなくて良いからだと思っている。
 要は楽なのだ。此方は金を払って来ているのだから気など余り遣わなくとも良い立場であるが、楽しく時間を過ごしたいのなら矢張其れなりの気遣いは大事だ。
 同性であると云う理由は会話内容や感覚等々おつむの造りが似て居る事に由るが、彼と居るもう一つの大きな理由として、彼も客を饗す事を仕事としておきながら、客である此方に殆ど気を遣わないと云うのがあった。

 そう云う性格なのだろう。歯に衣着せぬ物言いと、此方と全く同じ気で居る様の態度は、接しているうち自然と此方も素の部分が剥がれて出る。
 饗す側と客でありながら、友人に似た関係。最近は其れが余り楽なもので、しょっちゅう通って居た。

 今夜だって金を落としに来てやったと云うのに彼ときたら、復た来たのか、他にする事は無いのかねと歓待の其れどころか憎まれ口なんぞを叩く。
 だのにそんな口と裏腹、可愛くないねと頭を小突くと、泉は怒る振りをしながらとても愛らしく笑うのだ。
 愛しく思わぬ訳が無い。ほんの半刻前の其れを思い出し、良郎が笑うと泉は視線を落とした。


「もしかして今笑ったか?」

「ウンちょっと思い出し笑い。」

「うえ、気味悪ィ。思い出し笑いする奴は変態なんだぞ。」

「泉が可愛いナァって思い出して笑ったんだけど、俺はそれでも変態かね。」

「ハァ? ……そりゃあれだ、変態っつうよりは、物好きってんだ。」


 他の相手ならころころと笑う処だろうが、泉は良郎の言葉を受けて矢張呆れ顔をした。
 良郎は泉の見た目も中身も心から可愛らしいと思って居るが、其れを如何に伝えても泉は全く信じない。其の訳は、今迄見た目で損をし過ぎた所為だ。
 泉はくりくりとした大きな目をして居るが、其れがあんまり気味が悪いと苛められて来た。其の所為で彼は自分の見た目に全く自信を持って居ないし、自己防衛の為に口もこんなに悪くなったのだろう。

 気持ちを伝えているのに伝わらないのは、何ともどかしく、つらいものだろう。
 しかしそう云う、儘ならない事も含めて彼と関わりたいと思うのだろうなあと良郎は自分を分析した。


「泉。」

「ん?」

「……花火、好きか?」

「ああ、まあ好きだぜ。夏って感じがするし。でかいし、綺麗だし。」

「……そっか。」

「何だよォ。おまえ何か違う事考えてんだろう。」

「あだっ」


 泉が一瞬険しい顔をしたと思ったら、其の手の団扇で顔面をひっ叩かれてしまった。
 口が悪いのはまだ許せるが、お客に手を上げると云うのは如何なんだろうか。心配になってしまう。
 良いから言えと文字通り上から泉が凄むので、良郎はピシャリと打たれた鼻の頭を擦り擦り口を開いた。


「いやさ、……如何せなら、外の広い所で見せてやりたかったナァって。」

「……俺ァ外、出られねぇよ。」

「だからさ。花火の真下なんかさ、居ると火の粉が降ってくんだぜ。おまえきっとはしゃぐんだろうなって思ったら、連れて行きたくなったんだよ。」


 そう云うと、聞いていた泉は目を丸くした。元来大きな目がもう後少し大きくなる。
 そうして直ぐに表情を弛めた。何処か擽ったそうな、優しい顔をして再び右手の団扇で良郎を扇ぎ始める。


「別に、此処だってそう悪くねェよ。花火は見えるし、外の風だって入る。」

「……おまえ、外に出たいと思った事はねェの。」

「外に出たって体売るしか知らねェんだからよ、同じ事なら此処の方が、雨風凌ぐ家もあるし部屋だって宛がって貰える。足りねェけど飯も着るもんもあるしな。」


 そう捨てたもんじゃねェと穏やかな顔で云われては、此方は何も云えない。
 然し其れでも尚何物をか云おうとする良郎に見せた泉の表情は、其の何物をかを塞ごうとする諦めた者の其れに似た。

「止めな。要らねェよ、こうして会いに来てくれんなら、其れだけで十二分だろう。」


 団扇を扇ぐ手が止まる。夜空に燃える花火の色を映し取る白い薄ぺらの団扇は褪せた畳へ、空いた手は良郎の頬に触れて、其の唇が唇に重なる。
 がっつく様に押し付けられる良郎の勢いに負けて泉は畳へ寝かされながら、其れでもニヤリと口を歪めた。


「折角の花火の晩に、おまえ色々不粋だぜ。下らねェ事云う口なら、もう塞い仕舞おうと思ってよ。」
 
「そうだな、泉の云う通りだ。塞いでくれよ、そうでなきゃ復た下らねェ事言っちまいそう。」

「仕様がねェなあ。」


 クスリと笑った泉の声が、唇に触れる。
 其の唇を開いて伸ばした舌が相手の其れに触れた頃、どうんと云う花火の打ち上がる音がした。
 燃える色とりどりの花が夜空で次々に咲く。
 薄い着物を脱がして露にした肌は夏の名残か行為の為かしっとりと汗ばんで来て、花火が咲く度赤や青に染まるのだ。

 征服する吐息は確かに此処にある。
 けれど嗚呼、咲いた花火の花びらが、人の手に落ちる何て事は無い。
 皆々燃えて消えて仕舞うのだ。


「ア、ア。」


 此の子は何時も意地悪く笑うが、同じ位小さく笑う。
 花火と同じ位に、其の末路が明らかだからだろう。
 花火は打ち上げられた其の時から、自らを燃やす炎を孕んで居る。


「よしろ、」

「……泉。」


 日を知らない白い手が二枚、良郎の蜂蜜色の髪に触れる。少し前から蕩けて仕舞って居る泉にグイと引かれ、細い手首を掴まえると涙で濡れた睫毛の揃いに唇を落としてやった。

 此の子は花火とは違う。消える前に掴まえる事が出来る物だ。
 触れたら燃えるかも知れないが、其れなら二人して尽きてみるのも良いか知れない。
 彼が、其れを求めてくれるなら。

 打ち上がる花火は夜と部屋と二人を照らして見せる。
 けれど其処に散らばる思惑は、暗がりに溶けて終ぞ届きはしなかった。


―― i was afraid of the Fireworks.

何が言いたかったのっていう


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