体重を掛けないように細心の注意を払いながら彼女の上に乗り上げる。

望美さんは気配に敏感だがここ暫く一緒に寝所を共にしている為か、僕が夜身動きしても滅多に起きる事はない。それ所かまだ眠いですと言って朝身を丸くする事もしばしばで、対象に殺気がなければ彼女の意識は覚醒に促されないようだった。生来の気質から常に眠りが浅い僕に比べてみればかなり羨ましい。

戦場で見た凛々しい神子姫ではなく気の抜けた、ほやっとした寝顔。…可愛らしくて堪らない。

その無防備さに惹かれるように顔中に唇で触れる。起きていればくすぐったいと身を捩る彼女も流石に今はただされるがまま、口付けを受け入れてくれた。

吸い付き、舐め、思う存分その誘う肌を堪能した僕は最後に薄く開いた唇にしっとりと唇を重ねた。


「……ん…」


――経験は、どちらかと言えばある方で。

この行為が肉体の快楽に直結しているものである事は勿論知っている。唇は基より口の中にも感じる箇所が多く、そこを刺激するのだから当然だろう。

けれど多少ならともかく技巧を伴わない触れ合いでここまで頭が溶けるような恍惚を味わった事は僕には今まで一度もなかった。逆に相手が勝手にこちらに口付けてきて焦点の合わない熱に浮かされたような眼を向けてくる事は多々あったが――今、自分もあんな表情をしているのだろうか。


「ふ…、っ…」


朧気だった欲求が心地好さに巻き込まれ、全身を支配するような渇望へと変わる。

口内を侵す事なく、唇を舐めていた舌先を収めて離れると少し身体を起こした。眠る愛妻の安らかな表情に若干の申し訳なさを感じながら彼女の膝を僅かに立てるとそこに身体を熱を持って膨れる自身をゆっくり押し当てる。

二人の間には勿論、未だ幾重にも布が阻んでいる。けれどそこに触れている自分ではない存在と何より彼女に触れていると言う事実が本能を奮い立たせた。

望むなら膝よりも小さく可愛い手で触れて欲しい所だが…流石に起きるだろうと譲歩とも言えないが辛うじてそこは堪えた。


「…ん、…ぁぁ…」


ゆっくり、高ぶったものを押し付けるように擦ると求めるもどかしさに快感が混ざった。

一人でするのと全く違う感覚は奥深くに沈んだ暗い劣情を容易く浮かび上がらせる。最初は眠りを妨げないように少し慰めて切り上げるつもりだったのに次第に頭は官能に覆い尽くされ、気付けばそこの他に手を伸ばしたいと溶けた理性が訴えていた。

寝乱れる着物は彼女が好きな薄い桃色。――そこから手を差し込み、染み一つ無い膨らみまさぐる。ふにふにと柔らかいそれは男の浅ましい劣情を呼び覚ますのには十分で同時に燻る熱を加速させた。

慎重に突き付けるも僕の動きに釣られて揺れる彼女の様子が交わる行為そのものに思えて視覚からも煽られる。起きないだろうかと危惧する気持ちはあるも、止めようとする心は最早遠い。


「望美さん…、はあ…」


そうしている内に神経が焼き切れる感覚を覚えた僕は下着をずらし、完全に立ち上がった物を取り出した。先走りを出し始めていたそれを一瞥するとぐいっと剥ぐ勢いで彼女の夜着の合わせを開き、露になった胸に乗り上げる。

――夜這いなんて。十代の頃のように盛った獣じゃあるまいし。

期待に震える性器に触れる寸前、浮かび上がった自分の冷静な声に瞬間濡れたそこに手を這わすのを止めたが苦笑いへと消した。

きゅっと握り込むともどかしくも甘い衝動がそこを中心に広がり、先程より緩慢に彼女を求めて止まない雄を慰める。


「…っ、…」


――望美さんとの行為はまるで真っ白な平原を踏み荒らす行為のようだ。

幻想的な雪の海原を自らの足でぐちゃぐちゃにしてしまう、それは年を重ねた今は滅多にやらない遊びだがこのどこか胸をすく感情は覚えがある。今その童心に名前を付けるなら征服欲、破壊欲、独占欲だが――。


「望美さんっ…ああ…」


違うのはそれらと拮抗するように愛しいと言う気持ちがあると言う事。


身体を重ね始めた当初よりもふっくらしてきたそこを好きに揉みながらも薄く開いた唇を啄んだ。

登り詰めるのを堪えた蜜がきめ細かい肌に落ちる。

――ここまでされて起きないのはきっと夜、食後に飲む茶に使っている安眠を促す作用がある薬草が効き過ぎているなとすっかり隅に追いやられた理性がそう考えていた。

少し強めに乳房を掴み、ツンと立った中心に溢れる先走りを塗るように擦り付けているとちりっと限界の光が頭を掠め、愛撫の手を己に戻して少し背を伸ばすとすっかり隆起したそれを本格的にしごく。

彼女の中に埋める気持ち良さには遠く及ばないがそれでも思考の全てを投げ出したくなるほどの鮮烈な快感に没頭する。


「っ…、ぅあ…」


最高潮に高まった欲望に射精の兆しを感じ、擦りながらも向きを定めて腰を震わせた。手の中の物が解放の喜びに脈打つ。


「んっ、ん――ぁ…、…く…」


最後の一滴まで吐き出した白濁が胸の谷間に溜まったのを見て、充足感に安堵する。

乱れに乱れた着物、汚れた肌。夫の好きに嬲られた妻はそうそうたる惨状だ。

けれど僕の胸を占めるのは少しの罪悪感と寂しさ、喉の奥一杯の幸福感だった。一人でするのはやはり虚しい部分もあるが身体を重ねる行為は彼女が自分の物だと実感出来、今の幸せにいつも目眩がする。

愛してると伝わらない彼女に少しでも伝わるようにと浅い呼吸を繰り返す唇に何度も優しく口付けた。


「…明日はちゃんとしましょうね?」


今日は向こうで手回ししてきたから完璧だと楽しい明日に想いを馳せて艶やかに笑った。






*****






胡座をかいた膝を人差し指がこんこんこんと神経質に叩く。

――同じ問答の繰り返しだ。何故兵糧如きを決めるのにここまで議論せねばならんのか。

昨日は渋る弁慶を無理矢理引っ張ってきて暗礁に乗り上げて拗れてしまった案件を片付けた。古参はやはりぶつくさ言ったが一喝して黙らせたので問題ない。良い妙案を出せない割りに口だけは達者だから使えないにも程がある。

新しく就任した男も悪くはないのだが些か鋭さに欠ける。実際何日も掛けていた問題が弁慶を連れてきた途端一瞬で解決したのだから程度が知れてると言うものだ。

これ幸いと手を付けていなかった軍務すら弁慶に押し付けて不機嫌極まりなく、嫌味をぶつけられたがその辺りはまぁ、慣れている。

……考えれば考えるほど弁慶をここに置いた方が良い気がしてきた。そうだ、何を遠慮する事がある。今のあいつの本業に薬師が必要ならこちらから代わりの者を送ればいい。

確かに他人の職場にいきなり放り込まれるのは無理があるかも知れないがあそこには望美がいる。あいつも弁慶と一緒になって暫くだ。それなりに仕事も覚えているだろうし、補助に回るくらいなら出来るはずだろう。

話し合っている事とは別の件で良い案が浮かんだ俺は晴れやかになる心のままにがばっと立ち上がった。


「薬師を一人呼んでくれっ。俺は弁慶の所に行っ「九郎!」


誰にともなく、指示を飛ばして早速向かおうと足を進めようとしたが肩を痛いくらいの力で捕まれた。


「はーはー…、おっ、お待たせ!頼朝様の頼まれ事済ましてきたからさ、オレもここ、さ、参加するよっ」

「景時…。いや、それはありがたいが俺は弁慶を」

「九郎。――軍師もいいけど戦奉行に就いて長いオレに何でも聞いて?ね?」


走って来たのだろう些か荒い息の景時の瞳は真剣を通り越してむしろ必死で何故か充血していた。






*****







手洗いは大変だけど干した時の達成感は段違いだ。景時さんがあれだけ洗濯が好きな気持ちが何となく分かりながら皺を伸ばした手拭いを弁慶さんに渡す。

家事も手伝ってくれるなんて出来た旦那様で私は幸せだなぁと幸せを噛み締め、鼻歌を歌う。


「今日は九郎さん来ませんねっ。――弁慶さんが辞めたばっかりで大変なのは分かるけど診察お休みになっちゃうし、弁慶さんは取られちゃうしでやっぱりこうして二人でいれるのは嬉しいな」

「ふふ…、可愛い事言ってくれますね。あちらで僕も男同士ひしめき合っているよりは君とこうして時間を過ごせる方が何倍も楽しいですよ」

「へへっ」


大袈裟な弁慶さんについ照れた笑いを溢してしまう。確かにここに薬師は必要だけれどあっちで弁慶さんが求められているのも本当で私が弁慶さんを縛っているんじゃないかと思う節もあるのでそう言って貰って心が軽くなった。

甘い雰囲気に何だか恥ずかしくなってきて言葉を探しているとふと朝感じた疑問が脳裏を掠める。


「弁慶さんー」

「何ですか?望美さん、虫食いでも見付けましたか」

「この間朔に良い防虫剤貰ったのでそれは大丈夫――じゃなくて。あの…今思い出したんですけど昨日弁慶さん何か喋ってましたか?私夜何だか名前呼ばれた気がするんです」

「…いいえ?」

「あれ。…じゃあ夢かなぁ」


最近は寝付きが良くてどうも深く寝入ってしまうから夢を見る事も少なかったんだけど久し振りに見たのかも知れない。往々にして内容は覚えていないが夢なんてそんなものだ。…こちらの世界では例外もあるが。


もしかしたら弁慶さんが夢に出てきてくれたのかもと思うと何だか温かい気持ちになってまた笑いが溢れた。






弁慶さんのソロプレイは弁慶さん受け臭が凄い。どうにかならないのか…。

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