ぶちゅー。


そう擬音が付きそうなぐらい確定的な場面に出くわしてしまった。オレの手から持っていた洗濯物がドサドサと落ちる。

唖然だ。

嫉妬とか嫌悪とかそう言う感情は瞬間全く感じず、ただ驚きだけが強く胸を打ち据えている。息を吸う事も忘れて目を見開いていると視界の端に捕らえた九郎も同じようにぽかんとしていた。

お互いに声にならない。

時間にしてみればほんの数秒の事だろうがその衝撃的光景をただの一風景として瞳に映しているのに頭が慣れたのか九郎の半開きの口が戦慄き、顔もみるみる内に真っ赤になった。


あぁ。

駄目だよ、九郎。こう言う時は何も言わずに立ち去らなきゃ――。


「お前達はっ、な、何をやってるんだッッ!」






*****






「違うんです…っ!弁慶さんが、弁慶さんがにらめっこをやった事がないって言うからだから…だから私…っ。もう!弁慶さん!?」

「すみません。あまりに可愛いらしい顔が近くにあったので、つい」


ぶんぶん首がちぎれそうな勢いで振り、状況を説明してくれる望美ちゃんに全く悪びれない様子で謝る弁慶。緩み切った顔が憎たらしい。

って言うか絶対わざとでしょ、弁慶…。


「弁慶っ!婚儀も済んでいない間柄でせっ、せせせせ接吻なぞ破廉恥だぞ!」


九郎は九郎で微妙にずれた所に怒っている。

九郎のそう言う所オレ嫌いじゃないけどさ、何て言うかそんな単語ってどもると余計恥ずかしくない?


「――はぁ。そんな事だからいつまで経っても君は…」


諭されている立場でありながら深く溜め息を吐いた弁慶は今にも説教を始めそうな雰囲気だ。

九郎が弁慶にガミガミ言われるのはいつもの事だからいいんだけどその話の流れでのお小言は望美ちゃんの前では色んな意味で不味くない…!?


「ちょっ…弁慶弁慶!まぁまぁ、その辺りの話は今は置いておこうよ。望美ちゃんもさ、犬に噛まれたと思って。ねっ?」


さっきよりも更に染まってきた望美ちゃんの顔はぐるぐる考え過ぎてか赤いと言うより何故か青い気がする。…あとで朔に宥めてもらうように言っておこう。

何だかんだひっくるめてぽんぽんと望美ちゃんの肩辺りを叩くと…ふと見上げた弁慶の瞳が弧を描いてるにも関わらず、笑っていない事に気付いた。

ひっと喉の奥で密かに悲鳴を上げる。


「…あっ、あははは〜。オレ達何か良い雰囲気を邪魔しちゃったかな!九郎、ほらもう行くよっ」


明らかにこれ以上留まる事はあらゆる意味での死を招く。オレはまだ何か慎みがどうとか貞操観念がどうとか言ってる九郎を引きずって早々に部屋を退散した。


――あぁ、噛み付けない自分が虚しい。オレだって望美ちゃんの事が好きなのに。






周りにとっても不意打ち。

メイン二人以外の視点が異様に楽しいです(笑)ムードメーカーは大変ですね。


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