ウジウジ系自尊心底辺女子とロールキャベツ系?な計算高男子(短編ボツ)
2021/09/24 18:26

夢主=○○表記


どうして、こんな事になってしまったのだろう。

――二十五歳の冬。
○○のスマホに届いた一件のメールから、全てが始まった。

差出人は十年近く連絡を取っていなかった昔の友人からだった。

メール機能よりもメッセージアプリでのやり取りが主流の時代、なんとなく消さずに登録していただけの名前が通知で表示された時○○の胸によぎったのは驚きよりも不安だった。

どうしていきなり?――だって彼女は高校が別になってから完全に交流が途切れてしまったというのに。

肝心な内容は要約すると、同窓会と言えるほど大層なものではないが小中時代の同級生達で集まって夜に宴会をするので○○も参加して欲しい、というようなものだった。

文面からして今までも仲の良い元同級生でちょくちょく集まったりはしていたらしいが、今回は“全員参加”を目指しているのだとか。

だから今まで誘ったことのない○○にまでメールを送ったのだろう。

そう考えると、○○の胸にどろりとした感情が沸き起こる。

ふと思い出される小中時代の記憶は、楽しかった時よりも嫌な時の事ばかりだ。

男子に胸の大きさをからかわれた時。
上級生と肩がぶつかって謝ったにも関わらず睨まれた時。
テストで名前を書き忘れてクラスの全員の前で教師にネタにされた時。

そして、忘れたくても忘れられない無邪気な笑い声が耳の奥でこだまする。

――『○○ちゃんってさあ、たまにスゲーうざいんだよね。あざとい?って言うかぁ「私可愛い♪」とか思ってそう』

――『いやいやあれは天然でしょ!』

――『えー天然ぶりっ子とかそれこそ女に嫌われる女じゃん。馬鹿な男子は騙せても女は騙せませぇーん』

――『それな』

――『ウケるー』

――『あはァっ』

――『きゃははははーーっ』

……女子トイレの洗面台を占領する彼女達がいなくなるまで○○は個室で息を殺し、ただ嵐が過ぎ去るのを待った。

表向きは仲良くしてくれていた女子達から影で悪口を言われていたのを聞いて以来、人が信じられなくて、他人に対して壁を隔てたような心の距離を感じるようになった。何を言われても本音は違うかもしれないとすぐに疑うようになった。

あの時○○が個室から飛び出していたら、何か変わっていたのだろうか。

「なんでそんなこと言うの?」と問い質して喧嘩すればよかったのだろうか。例えそれで仲違いしても、こんな形でもやもやする事はなかったかもしれない。
そんな事をしたらしたで違う後悔はしていただろうが、今後の人間関係に響く程のトラウマまでにはならなかったはずだ。

この経験を経ての高校生活三年間、友達が出来なかったり仲間はずれにされたりはしなかったが卒業後も親交が続くような人物は一人も出来なかった。

社会人になって、今の職場でもそれは同じで決して仲が悪い訳じゃないがプライベートまで親しくしている人はいない。

彼女達が言ったように、実際○○は“ぶりっ子”なのだろう。

あんな風に言われていたのを知っているにも関わらず、彼女達とは中学時代上っ面の友達を続けたのだから。 

とは言え○○は彼女達を恨んではいなかった。一回酷い事を言われても沢山助けてもらった事があるからだ。

彼女達は全てにおいて優秀だった。

○○より格段に偏差値の高い高校に進学して有名な大学に合格して、誰もが聞いた事のあるすごい企業に就職したとどこからか聞いた事がある。天性の才能だけじゃなく努力もしたと思う。そこは素直に尊敬する。面接に落ちまくって結局祖父母の“コネ”で地元のスーパーに就職した実家暮らしの自分とは比べる事さえ烏滸がましい。

○○は、劣等感が強くてウジウジして割り切れない自分の方が寧ろ嫌いだった。

生きていれば嫌な事の一つや二つあるのは当然で、いちいち気にしていたらきりがないというのに。

大人になった現在でも失敗したり嫌な事があったら、夜眠れないくらい引きずってしまう。

八方美人で自分をよく見せようとして、人と本音でぶつかる事の出来ない弱い自分を自覚していた。

今回メールをくれたのは、その悪口を言っていた女子の一人だ。

用事があると嘘をついて断ってしまいたかったが、全員参加の目標を自分の所為で壊したくはない。

自分以外の集まった同級生達に「空気読めない」と笑いながら非難される場面を勝手に想像して、勝手に心臓が縮むような思いを味わう。

気づけば、『参加する』という旨の返信をしていた。

本当に……“そういう所”だと思う。

せめてもの反抗に、これが終わったら申し訳ないが彼女の連絡先は削除させて貰おうとひっそり決意した。

××××

指定された会場は地元の飲食店の座敷の一部屋だった。

どうやら全員参加は無事達成されたらしい。かつての同級生達も上京してスケジュールを調整してくれたとか。

○○は○○で目が回る程忙しい日曜日の労働の後に宴会に向かうのは憂鬱だったが、やっぱり参加してよかったと安心した。

「○○ちゃん久しぶり!」

「元気だった?」

「超会いたかったぁ」

宴会開始時間十五分前に○○が会場の襖を開けると、定型文と共に複数の女子がすぐに反応した。男子はまだ誰もいなかった。

彼女達は小中時代の面影がありつつも誰もが綺麗に成長していた。外見的なスペックは勿論、メイクの技術さえも○○は同級生達には劣るらしい。どうやったらそんなにムラなくファンデーションが塗れるのだろうか。着ている服もセンスがいいし恐らくブランド物だろう。私服でいいと言う言葉を真に受けず、一番高価なコートを着てきてとりあえず良かった。

○○は「久しぶり」と精一杯の笑顔と当たり障りのない返しをしながら、あらかじめ女子は赤、男子は青のネームプレートが置かれている己の席を探して移動した。奥側の端だった。 

色合いからして男女が交互に座るようになっているようなので○○の隣も男子だ。挟まれるよりはマシだが、背筋がヒヤリとした。

一体どういう順番なのか。……もしもクラスの中心的存在だった男子だったら○○なんかが隣だと知ったら目に見えて落胆するかもしれない……と、また悪い方に考えてしまう。

コートを脱いで畳み、座布団に座りながらさり気なく隣のネームプレートも確認した。

『新堂飛鳥(しんどう あすか)』

とあって心底ホッとした。

――よかった、あーちゃん――飛鳥くんだ。

飛鳥は特別親しかった訳じゃないが幼稚園から中学まで一緒の、所謂幼馴染みという間柄には値する。

彼は地元でも有名な地主の孫で育ちが良いからか、決して口数は多くないが穏やかな性格をしているので男子の中では最も接しやすかった。 

卒業式の時に少しだけ話した記憶もある。

彼が隣と言うことは……出席番号順という感じでもないし適当にくじで席順を決めたのだろうか。

「先に飲み物の集計取るけど○○ちゃんは何頼む?」

就職先や彼氏の話で盛り上がる女子達の会話の輪に入る気にもならず、というか入れず、スマホをいじっているとメモ帳を持った女子が近寄ってきた。

「じゃあ……チューハイでお願いします」

「レモン?それとも梅?」

「んー……カルピスで、」

「あはっ○○ちゃんってば可愛いー」

「えっ」

何故かクスクス笑いながらその場を離れる女子。……彼女にとっては何気ない発言だったのかもしれないが、考えればそこからいくらでも深読み出来る。

咄嗟に好きな物を頼んでしまったが、無難なレモンサワーが良かったのか。とか。そういえば、甘い酒を好む女は媚びているように見えるとか言うのを聞いた事がある。とか。

とにかく、宴会に参加すること自体少ないので悪目立ちしないように気を付けなければという結論に至り――ふう、と溜め息が溢れる。

既にかなり疲れた。原因は他でもない自分自身だ。本当に何でもかんでも気にし過ぎなのだ。

参加費は払ってあるし頃合いを見て早く帰りたい。

反面、飲み放題込みの三千円の元を取りたい気持ちもそれなりにあるので宴会が始まって早く料理が並ぶように祈っていると――。

「○○ちゃん」

「……?ぇ、……と」

「飛鳥だよ、新堂飛鳥。中学以来だね。変わってないからすぐに分かったよ」

いつの間にか隣に座っていた飛鳥も昔の面影があった。

彼は物静かであまり目立つ方ではなかったが、人を惹き付ける魅力がある少年だった。

容姿端麗で文武両道でも人から妬まれたり恨まれたりするのとは無縁で、皆から一目置かれていた。地味で成績もパッとしなかった○○とは大違いだった。

「わ、久しぶりだね、あーちゃ、…………飛鳥くん」

「……、久しぶり○○ちゃん。成人式の時はいなかったよね」

「……ああ、あの時は仕事がすごく忙しくてどうしても休めなかったから。写真屋さんで振り袖はレンタルして撮って貰ったんだけど」

「そっか。○○ちゃんの振り袖、見たかったな」

「っ……あ、はは……そんなたいしたものでもないよ」

「式の後の同窓会にも○○ちゃんいなかったから、俺ずっと気になってて」

「あー……同窓会だけ参加するのもどうかと思ってやめたんだ」

成人式後の同窓会はハガキでお知らせが来ていたので、断りやすかった。不参加にマルして送るだけでメールのように人の存在を意識せずに済むのだから。

「○○ちゃんの働いてる所って□□スーパーだよね。じいちゃんが褒めてたよ、優しくて丁寧で□□スーパーのアイドルだって」

「いやいや全然だめだよ私なんて。レジとか陳列とかすぐ間違うし」

というか、○○の知る飛鳥はこんな冗談やお世辞を言うような人間じゃなかったのに時間の流れとは凄い。

休み時間になると教室の片隅で窓の外をぼーっと眺めていた大人しい少年が、こんな風に積極的に人と関わるのだから。

中学時代の思い出を美化している訳じゃないが、記憶とのギャップに妙に胃がムカムカした。

「飛鳥くんは今何してるの?」

「俺?俺は、なんの変哲もない普通のサラリーマンだよ。最近地方転勤でこっちに戻ってきたんだ」

「そうなんだ、大変だね」

「○○ちゃんは…………彼氏とかいるの?」

急に脈絡もなく訊いてきた。

彼と自分とでは他に共通の話題なんて少ないし、仕方がないことかもしれないが。

正直に言うと彼氏なんていた経験はない。だが、ここで動揺してこの年で男性経験がゼロだと気付かれるのが恥ずかしくて……。

「今は、いないよ」

と、過去にはまるでいたかのように答えていた。

……人の目を見て話すのが苦手な○○はずっと飛鳥の背後の方に視線をずらして喋っていたので、その時彼の下瞼が痙攣したようにピクリと動いた事には気が付かなかった。

「へぇ――そうなんだぁ。でも○○ちゃん可愛いからモテるでしょ」

「も、っもう、さっきからそんなに褒めても何も出ないよー」

なんて話しているうちに、段々と会場に人が集まってきて宴会が始まった。

予め注文していたお酒と次々と運ばれてくる大皿の料理にホッとして、○○は早速小皿に取り分けた。

ここからは食べることに集中しようと思っていたが、飛鳥は執拗に話しかけてきた。

高校の時の事だったり家族の事だったり……。

そんなに気を使わなくていいのに。と思いつつも笑顔を貼り付けて応えていると。 

「ねぇ、○○ばかりじゃなくて折角だから私とも喋ろうよ、あーちゃん」

飛鳥の逆隣の女子が割り込んできた。彼の視線が○○からそちらに向かう。

「え?……あー…………間違えてたらごめん……もしかして…………ミコ?」

「そうそう!よかったぁ、覚えててくれたんだね!」

彼女は中学時代所謂陽キャだった女子で、彼女はいかにも“キラキラ女子”という感じに成長していた。

東京で流行っている店やインスタの話などが始まると完全に○○は蚊帳の外で、ようやく箸を進めることが出来た。

きっと飛鳥も隣だったから話しかけてくれただけで、○○なんかよりもこういう明るくてフットワークが軽い子と話した方が楽しいだろう。

ようやく気になっていたサーモンのカルパッチョが食べられる。と、安心した。 

が、数時間後。

悪い印象を残さない程度に交流してお腹もいい感じに膨れたので、そろそろ適当な理由をつけて早めに帰ろうと思っていたというのに。

想定外の事態が起きてしまった。

「おォーい起きろよ飛鳥」

「あーちゃん、起きなよあーちゃん!」

「ダメだこりゃ。コイツがこんな酔い方するなんて珍しいな」

「どうする?」

「このまま目を覚ます保証もないしなぁ……帰らすしかないだろ。お、○○もう帰んの?」

「う、うん。明日早いから……」

「そーか、残念だけど仕方ないな。
……そうだ、ついでに飛鳥も送ってやってくんね?」

荷物をまとめてコートを着ている○○に気が付いた同級生の一人が言った。飛鳥と仲の良かった男子・翔(かける)だ。かつては『飛翔コンビ』なんて言われていたが、口振りからして今でも交流は続いているらしい。

○○は特に断る理由もないし一刻も早く帰りたかったのもあり、安請け合いしてしまった。八方美人の悪い所だ。

すると、翔は飛鳥のコートを漁り何の躊躇いもなく財布を取り出すと一万円札を抜き取り、○○に差し出した。

「ほい、タクシー代」

「えっ、え……いいの、かな……?」

「別にイイって、二十五歳にもなってこんななって迷惑かけて。それにコイツ、こう見えて滅茶苦茶稼いでるから構わんだろ。△△商事に勤めてんだからさ、ぶっちゃけ同級生の中で一番出世してる」

△△商事と言えば……就職したい企業常に上位の超有名企業だ。

あんな風に言っていたがかなりのエリートだったんだと、○○は静かに衝撃を受けた。自慢しないのは流石飛鳥らしい。

「襲われそうになったらぶん殴って逃げなよ?」

「あ、はは……大丈夫だよミコちゃん。飛鳥くんならいくら酔ってても私なんて襲う程困ってないよ」

いつも笑顔のキラキラ女子の真顔に、もしかして彼女は飛鳥を狙っていて自分の方が圧力をかけられてるのではないかと察しながら、○○はタクシーを呼ぶ為にスマホを起動させた。

××××

「飛鳥くん、ご実家の方でいいのかな?」

タクシーの後部座席に押し込まれた飛鳥の隣に座った○○が訊くと、辿々しく住所らしき言葉が返ってきた。彼の実家とは真逆の方向だった。

「そこでお願いします。うっ、飛鳥くんそんな寄りかかられたら重いよしっかりして。ちゃんとシートベルト締めようね」

「彼女さん大変だねぇ」

運転手に笑われてしまったが、その場限りの人に事情を説明する気にもならなくて○○は苦笑して流した。

二十分も走れば目的地に到着した。

高給取りな割に質素なアパートに住んでいるな、というのが第一印象だった。

○○は飛鳥に降りるように促すが、生返事を繰り返すだけで一向に動こうとしない。

仕方なく○○も一緒に降車する事にした。ここから○○の家まで近いので歩いて帰れそうなのが不幸中の幸いか。

車内は暖房がきいていたのに対して外は寒かったが、アルコールで火照った体には丁度良い。とはいえ○○はチューハイを三杯しか飲んでいないのだけど。

飛鳥は日本酒やウイスキーが濃いめのハイボールなんかをガンガン飲んでいたので、こうなってしまうのも当然だろう。ミコちゃんとよっぽど話が盛り上がったのだろう。

正直○○が飛鳥にここまでする義理もないのだが、引き受けた以上無責任な真似はしたくないのでちゃんと家まで送り届けなければ……という使命感があった。

「お部屋どこ?」

「…………二階の……奥」

タクシーのお釣りをしっかり飛鳥のコートのポケットに収め、フラフラな成人男性を体格差のある小柄な○○が何とか支えながらアパートの階段をのぼる。

アルコールと香水の匂いが近い。

男性とこんなに密着するのは初めてだが、状況が状況なので特定の感情は沸かなかった。

それに○○は自分の立場は弁えているつもりだ。

「着いたよ、飛鳥くん」

表札をちゃんと確認し、部屋の前で○○が言うが飛鳥から返事はない。○○の肩を借り、俯いたままだ。

「飛鳥くん大丈夫、寝ちゃってる?もしかして気分悪いとか……?」

「…………」

万が一にも急性アルコール中毒だったら大変だがタクシーの中でスマホを使って症状を調べた限り、違うとは思う。

ただ泥酔しているだけにしても家の前にこのまま置いて帰る訳にもいかないし……と、○○が途方に暮れていると。

だらりと垂れた飛鳥の手が何かを握っている事に気が付いた。

「あ、これ、もしかしてお家の鍵?」

いつの間に取り出したのか。鍵にぶら下がったアニメのキャラクターのキーホルダーがゆらゆらと揺れていた。

「……ちょっと借りるね」

……勝手に人様の鍵を使うのは気が進まないが、仕方ない。肝心の家主がこんな状態じゃ鍵を開けるのさえままならないだろう。

飛鳥の手から鍵を受け取り、扉を開けた。キーっと古びた音がやけに耳につく。

玄関から覗く室内はまるで暗闇が口を開いて待っているかのように暗かった。内装は一切分からないが、アパートの外装からして和室だろうというのは何となく予想出来た。

「よっ……と、……ごめんね飛鳥くん、流石にこれ以上は入れないから。私が帰ったらちゃんと鍵かけてね」

引きずるように中に入り、何とか彼を玄関の靴を履き脱ぎする所に座らせる。

風邪引いちゃうかなぁ……と後ろ髪を引かれる気持ちから○○がすぐに立ち去れずにいると。


――――突然強い力に腕を引っ張られ、体が傾いた。


「やっと――……」

何が起きたのか状況を飲み込めず困惑する○○の耳元で、飛鳥が言う。

囁くようでありながらどこか噛みしめているかのような声色に、ますます○○は混乱した。

そもそもどうしてこんなに彼との距離が近いのだ。さっきまで自分は立っていて、座り込んだ飛鳥を見下ろしていたのに。

……いきなり腕を引っ張ったのは飛鳥だとして、つまり……。

「二人っきりになれたね――――○○ちゃん」

抱きしめられている。飛鳥に。

……何故?

そう○○が理解して疑問を抱くと同時に、飛鳥の血走った目が○○を射抜いた。

アルコールに酔っている人間の目じゃなかった。

××××

「あれ、ミコ、○○ちゃんは?」

「○○ならもう帰ったよ。明日早いんだって」

「うーん……そっか。○○ちゃんに連絡したの私だし、あっちが落ち着いたから久しぶりに色々話したかったんだけど、残念だなぁ」

「相変わらず真面目だよねー○○は。私なんてオールした後仕事行って朝礼で居眠りした事あるのに。マジ見習わないと」

「そういえば飛鳥もいないけど、トイレ?」

「あーちゃんも帰ったよ、○○ちゃんと一緒に」

「は?」

「まあ“一緒に”って言うと語弊があるけど。……あーちゃんがベロベロになって○○に家まで送ってくれるように頼んだ訳」

「いや……ミコ知らなかったの?飛鳥って所謂“ザル”だよ。成人式の後の食事会でもアイツだけいくら呑んでもケロッとしてたんだから」

「え!?じゃあアレ演技!?翔も共犯?やばっアカデミー賞じゃん!」

「飛鳥が○○ちゃん好きなのって結構有名なのに、あんた鈍すぎない?インスタの炎上には敏感な癖に。前も燃え盛る一歩手前で投稿消したでしょ」

「うわーそっか……じゃあ私マズイことしちゃったかも。○○があーちゃんにグイグイ来られて困ってるみたいだったから、途中から割り込んでこれ以上○○に絡まないようにずっと拘束しちゃったし」

「ミコって飛鳥みたいなのがタイプかと思ってたんだけど」

「えー無い無い!確かにあーちゃんイケメンだけど、私の好みはガテン系のおじ様だから。血管の浮いたムキムキの腕とか超ムラムラするし!」

「性癖まで暴露しろなんて言ってないんだけど!
まあ、飛鳥なら無理矢理事に及ぶような真似はしないだろうけど……」

「あーちゃんに襲われそうになったら殴って逃げるように○○にしっかりアドバイスしたよ、私!」

「○○ちゃんがそんな事する訳無いよ。あの子、本当に優しいんだから。
……ずっと謝りたい事があったんだけどまた次の機会かな……自業自得とは言えいつになったらまた友達に戻れるんだろ」

××××

――約十年前。

卒業式が終わったら死ぬつもりだった。

もう何もかもどうでも良かった。

家は金持ち。成績優秀。我慢強くて無口なだけの性格を穏やかで物静かだと言われ、有り難い事にクラスメイトからも好かれている。

高校は有名校に合格し、何もかも順調で順風満帆。悩みなんて無いだろうと思われているだろう。

絶望の理由は人それぞれだ。

飛鳥の場合は、両親との関係だった。

父親はとある企業の上役。一人の女性では満足出来ない最低男で愛人を何人も囲っていた。

中には“お気に入り“がいるようでそっちの家族ばかり優先してその子供も飛鳥より愛情をそそぎ、クリスマスや年末年始は絶対に帰ってこなかった。
その癖外っ面だけは『愛妻家かつ子煩悩な父親』なので人前だとすごく話しかけてくる。会話は続かないしたまに名前を間違われた。それは何番目の隠し子の名前だ。

そして母は完全に飛鳥に無関心だった。父親の気を引くのに必死で、育児に関してはネグレクト気味だったのだ。

見兼ねた祖父母が率先して飛鳥の面倒を見てくれたので大事には至らなかったが、判断が遅ければ今頃どうなっていたか分からない。

表向きは幸せな家族を演じ、裏から見ればそれがハリボテで本当はボロボロに崩壊している。

それが新堂家だった。

祖父母や肉親以外で唯一事情を知っている親友の翔という理解者がいたおかげでここまで生きてこれたが、もう限界だ。

少年時代の飛鳥が自殺を意識するようになったきっかけは中学二年の時、大好きな祖母が亡くなった時だ。

火葬の時、飛鳥は本気で泣いたが両親はハンカチで顔を隠して嘘泣きしていた。

祖母は老衰だったが、祖父だって高齢だ。いつ寿命を迎えてもおかしくない。

怖い。一人が怖くて仕方ない。

翔は結局他人だ。いつ縁が切れてもおかしくない。

一人ぼっちになるくらいなら、自ら終わらせてしまいたい。
初めて目の当たりにした『死』に追い詰められた反面、魅入られていた。

……方法はどうしよう?
なるべく周りに迷惑がかからない方がいい。前にいじめを苦に線路に飛び込んだ高校生のニュースをしていたが、飛び込みは鉄道会社に賠償金を請求されるから駄目だ。そういえば遺書はどう書けばいい……?

祖母の四十九日を過ぎてから飛鳥は人知れずコツコツと計画を立て始めた。

飛鳥の異変を悟る者はいなかった。

祖父や翔でさえも気付かなかった中、たった一人だけ“例外”がいた。

――卒業式後。

計画を実行しようと決めた日。

最後に何となく一人で教室でボーッとしていたら、声をかけられた。

『あーちゃん……?』

幼馴染の○○だ。

飛鳥が幼稚園の時からずっと好きだった……いや、今でも好きな○○ちゃんだ。

幼い頃から○○は機微に聡く、人一倍感受性が強い女の子だった。
繊細ゆえにビクビクして気が弱くて、地頭は良いのに要領が悪いので肝心な時に失敗してしまう。……そんな欠点というべき所も飛鳥は人間らしくて好きだった。

両親があまりにも自分以外の人間をかえりみないので、他人の言動にすぐ振り回される彼女に好感を抱いたのかもしれない。

『○○ちゃん、忘れ物?』

『いや、最後に教室から桜を撮ろうと思って……お父さんにも見せたくて』

○○が手に持っているのは式に参列していた彼女の母親のスマホだろう。両親との仲が良いようで羨ましい。飛鳥の母親なんていつものように建前で参列しただけで式が終わったらさっさと帰ってしまった。別にいて欲しいとも思わないけれど。

『あーちゃんは?』

『うん、俺は忘れ物。……けど見つからないからもういいや』

訊かれて、咄嗟に適当な嘘をついた。

『私も一緒に探そうか……?』

『いいよ、どうせたいした物じゃないし』

○○に会えるのもこれが最後だ。

好きだった。

何か決定的な出来事があった訳じゃないけど、本当に飛鳥は○○が好きだった。

最期に言い逃げになるが、どうせなら思いを伝えるべきか。

これでも結構アピールしてきたつもりだったが、自分に魅力がないと思い込んでいる○○は一切飛鳥の好意に気付かなかった。

いっそストレートに言えばいいかと飛鳥が迷っていると……。

『えっと…………気を悪くせずに聞いて欲しいんだけど……』

『?』

『あーちゃん――――怒ってる?』

××××

「○○ちゃん、覚えてる?卒業式の後の時の事。俺、嬉しかったんだよ。俺は悲しいんじゃなくてずっと怒ってたんだって○○ちゃんが教えてくれて、嬉しかったし安心した。ふわふわしてた体がやっと地面についたみたいで。俺は自分の気持ちさえ分からなくて情緒不安定で死にたいくらい不安になってたのに、○○ちゃんはすごいね。他人の気持ちが分かるなんて。
……ん、震えてる?寒い?うちエアコンも炬燵もないからなぁ、もっとくっつく?ふふ、人肌って温かいね。なんかすごい落ち着く。ずっとこうしてたい……。
そうだ、一つ良い事教えてあげる。○○ちゃんさ……自分で思ってるほど人から嫌われてないし寧ろ好かれてるよ。信じられない?でも事実だから。傷付かない為に予め低めに見積もって予防線張るのは賢いと思うけど、自覚するのも大事だよ。周りには○○ちゃんを狙ってる男がわんさかいるんだから。例えば……そうそう、斎藤くんだっけ?君の職場の同期の。○○ちゃんが一線を引いた態度だから踏み込めないだけで、研修の時好きになったんだって。片思い期間の長さで言えば俺の勝ちだね、だって幼稚園の時からだもん。好き。好きだよ、○○ちゃん。本当はもっとちゃんとした告白したかったけど、ごめんね。隣にいたらどうしても我慢出来なくなっちゃったんだ。
うん……沢山喋るのって難しいや。俺、変なこと口走ってない?俺って言葉足らずな所あるからこれからも頑張って喋るね。俺と家族になろう。君と生きたい。ずっと、一緒にいようね」


××××

書き上げたのはいいものの、なんとなく刺さるものがなくてボツ……。

飛鳥が夢主をどうしたか。

候補@…そのまま「いただきます」
候補A…まさかの添い寝のみ
候補B…夢主の逆襲に合い、好機を逃す

など、それ以外の展開もありなのでご想像にお任せします。



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