9本目。

「ううん…うー…?」

わからない。
まったくわからない。

「ゆりちゃん?大丈夫?」
「んんん…くっ…」
「あきらめるのだよ、木吉」
「なに、ゆりに解けない問題?珍しいね」
「違う!!答えはわかってる!!解き方も!!!」
「じゃあどうした」

今日は授業後、保健室でお勉強会している。
テスト一週間前になり部活がなくなったため、高尾くんがすんごく嫌そうな顔した緑間くんを引き連れて保健室にやってきた。
そして今、私は難題にぶち当たっている。

「どうやったら、この問題を高尾くんが理解できるように教えられるかわからない!」
「だから、この問題はこいつには無理なのだよ」
「えー真ちゃんひっでぇ」
「あれもダメ…これも…」
「あ、これなら俺はこっちの解き方好き」
「それもダメ…」
「マジか」
「くっ…この問題の応用絶対出るもん…これ取れたら大きいもん…んんん…」

頭を抱えてうんうん唸っても、さっき教えた解き方以上にわかりやすい解き方なんて思いつかない…。
教え方が悪いのか…それとも…。

「…高尾くん…」
「ハイ」
「…ほ」
「ほ?」
「保留で、お願い、します」
「あ、はい」
「あ、とうとうゆりがギブアップした」
「高尾くんそれ宿題ね…私も考える…」

私がぺちょりと机に突っ伏すと、高尾くんはごめんね〜と申し訳なさそうに笑った。

「いやぁ俺これマジで苦手で」
「授業をちゃんと聞かないからなのだよ」
「つ、次からちゃんと聞くし!…たぶん」
「ははは高尾くんそれフラグじゃん」

ゆうちゃんが楽しそうに笑いながらコーヒーを飲む。
笑い事じゃない…。

「ゆうちゃん私もコーヒー飲む〜」
「はい」
「飲みかけっ」
「お前この前マグカップ割ったから無いのよ」
「…じゃそれでいい…」

私がゆうちゃんの飲みかけを一気に飲み干すと、高尾くんがぶはっと笑った。

「すげー!いい飲みっぷり!」
「飲み会の親父みたいだな」
「うるさい」

私が改めてゆうちゃんの分を注ごうと立ち上がると、服の裾を引かれる。

「ん?」
「俺も飲みたい。いいっしょ?三島センセ」
「ここはカフェじゃないんだけど」
「カップこれしかないよ〜?洗うから待って」
「え、それでいいよ」
「「えっ」」

私とゆうちゃんの声が見事にかぶった。
思わずゆうちゃんと顔を見合わせる。

「え?」
「これ、私飲んだよ?」
「ついでに言うと俺も飲んだのよ?」
「知ってるっつーの!フツーに見てたじゃん」

高尾くんはなんでもないと言わんばかりにケラケラと笑う。

「俺ら部活で回し飲みとか普通にするし!気にしないね、なっ真ちゃん」
「うるさいのだよ。俺は今勉強をしてい」
「ほらなっ」

何が『ほらな』なのだろうか。
でもまぁ、いいと言うのなら…

「なぁに高尾くん、俺とそんなに関節キッスしたいの?」
「関節キッ?!」
「うわぁ三島センセそれセクハラだからっ」
「バッカ!男にセクハラなんてするかっ」
「関節キスするなら折角ならゆりちゃんと…ゆりちゃん?」
「へっ?!」

高尾くんに話しかけられて思わず声が裏返る。
顔が熱い。

「どしたの、ゆりちゃん。顔真っ赤!」
「い、いやいや…そんなことな」
「あ、もしやゆり…関節キス意識して赤くなってるな」
「なっ…なっ…?!」
「図星〜」
「えっそうなの!?ゆりちゃん可愛いな〜も〜」
「ち、違うよ!!」

ガチャンッ

「あ」
「お」
「あ〜」

思わず顔に手を当てたら、手にもっていた物が重力に従って自由落下した。
そう、落ちた。マグカップが。

「…マグカップが落ちている。」
「そうね」
「…マグカップが割れている。」
「そうね」
「…不可抗りょk」
「バカタレ」
「ごめんなさい」

とうとう最後のマグカップも割ってしまった。
なんてこった。

「お前この数カ月で俺のマグ3個も落として割やがって…手のひらの摩擦足りてねーんじゃないの。年寄りか」
「三島様、雄大菩薩様、大変申し訳ございません、マグカップ献上するので許して」
「必死!!!」

今まで笑いをこらえていた高尾くんがとうとう吹き出して、緑間くんにチョップされている。

「怪我はしてない?」
「うん」
「中身は」
「まだ注いでなかった」
「うん、まあ大事ないならよし」

そう言いながら、ゆうちゃんは割れたマグカップを片付けてくれる、

「4番目の彼女とのペアマグまで割ってしまった」
「えっそれそんないわくつきのマグだったの!?」
「いわくなんてついてない!」
「入学して早々最後の彼女とのペアマグを割ってしまい、この前最初の彼女の…」
「あれはただ誕生日プレゼントで貰ったやつ」
「すげぇ…三島センセってやっぱりモテるんだな〜」

私が割ったマグカップの入手元を言うと、余計なことを言うなとゆうちゃんに叩かれた。
私に教えた時点でゆうちゃんの負けだからね。

「まぁ、でも、流石に三度目の正直だよな、ゆり」
「はい…」
「…普通のマグ4個かペアマグ2セット買ってきなさい。安いのでいいし、デザインも好きなのでいいから」
「はぁい…4個?ゆうちゃん飲むものによってカップ変えるの?」
「アホか。最近ここに4人いるからでしょ」

ゆうちゃんが私たちを指差しながら言う。

「マジで!!」
「俺は別に…」
「俺らの分もあるの!?」
「マグカップなんて…」
「うわ〜マジか〜感動!」
「俺の話を聞くのだよ高尾!」
「ふむ。ゆうちゃんと高尾くん、私と緑間くんのペアマグか…」
「「なんでだよっ」」

私が呟くと2人がすごい勢いで否定した。
仲良しだからてっきりそうしたいのかと思ったんだけど…違うのか。

「普通に考えて、俺とゆり、高尾くんと緑間くんでしょ!!」
「いやいやいや、俺とゆりちゃん、真ちゃんとセンセイっしょ」
「なぜ俺と三島先生がペアなのだよ。そもそも俺はマグカップなd」

3人でわいのわいのと言い合っている姿を眺めながら思わず笑いがこぼれる。

「んーじゃあ、私とゆうちゃんのペアマグにして、めっちゃファンシーで可愛いのにしよ!決定」
「…マジか」
「真ちゃん、俺らおそろいだって。ヤッタネ」
「緑間くんのためにマグカップとともにおしるこを買ってこなきゃだね」
「…勝手にするのだよ」

緑間くんは知的な緑色、高尾くんは明るいオレンジかな〜…わあ、人参カラーだ。
ゆうちゃんは落ち着いた黒か青だな、うん。
そんなことを考えてると高尾くんがふと思いついたように言った。

「ゆりちゃんってさ、水色だよな」
「え?」
「女子って可愛いピンクとか黄色とかのイメージ強ぇけど、ゆりちゃんは透明な水色って感じだよなって今思った」

真ちゃんは緑で〜三島センセは青だなと続ける高尾くんに、言葉を失う。
この人はどこまで私と同じことを考えるのだろう。
この人はどこまで私に────…

「……明だよ」
「ん?何か言った?」
「…ううん、何も」

高尾くんこそ透明だよ。
その言葉を飲み込んだ。
浸食されても気が付かない、そんな色。
私も同じ透明だと言うのなら、あなたみたいになりたかった。

「今日のお勉強会終わりっ!マグカップ買いに行くー」
「ほぼ勉強してねーけどな」
「善は急げと言うじゃないか〜」
「あっ俺も行きたい」
「ダメです!私が独断と偏見で選ぶんだから」

そう言うと、私は手早く荷物をまとめる。

「それではまた明日っ」
「気をつけて帰れよ〜」
「また明日なっゆりちゃん」

緑間くんも軽く手を挙げて挨拶をしてくれたのを見届けて、私は保健室を出た。
昇降口に向かう足は段々早くなって、最後には駆け出していた。
段々と“私“に近づいてくる高尾くんを遠ざけるように、今は少しでも高尾くんから逃げたかった。

「やっぱり、無理だよ…ゆうちゃん」

私は、人に関心を持たれるのが怖い。


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