>> オハヨウ兄弟

家の中にひとつ、千年伯爵以外に誰も入ったことのない部屋がある。ドアに耳を押し当てても音はしない。誰かがいる気配もない。第一みんなその部屋のことなんて気にかけていなかったのだ。

昨日までは、


誰もいない廊下にコツコツと足音が響く。頭にはシルクハット、手にはステッキ、ゆっくりと踏みしめるように歩くその男の肩には不思議な人形がくっついている。

「ねぇ〜千年公ぉ、どこ行くのぉ?」
「ウフフ、ロードも知らないところでス」

伯爵はロードを横目で見やり微笑んだ。

「さあ、着きましたヨ」

古びたひとつのドアの前に立った伯爵はドアに手をかける。

「鍵はー?」
「そんなものいりまセン」
「ここ僕前に開けようとしたけど開かなかったよぉ?」
「それは早すぎたんでス」
「??」
「もう開くはずですヨ」

伯爵がドアノブを回すと、それは簡単にクルリと回ってガチャリと音が鳴った。その途端部屋からはホコリ臭さが伝わってロードは顔をしかめた。簡素な部屋には窓とベッドしかない。伯爵はゆっくりとベッドに向かう。その先には、静かに寝息をたてる少女がいた。

「シイ・・・?」

ロードは呟いた。伯爵は微笑んで、ベッドのすぐそばに立て膝になった。彼女はとても長い間眠っていたのだ。そう、35年も。


「オハヨウ、兄弟」


少女の眉毛が微妙に動き、長いまつげといっしょにまぶたがゆっくりと開く。少女はうつろな目で天井を見つめ、ゆっくりと伯爵を見た。そして、

「オハヨウ、千年公」

少女は微笑んだ。


「何年経ったの」
「35年でス」
「そんなに?そういえば千年公ちょっと老けたね」
「老けてませン」

シイは柔らかく笑って上体を起こした。そして伯爵の肩でシイを見つめるロードに気が付いた。

「ロード?」

久しぶり、とシイが笑うとロードは人形の姿から少女の姿に変わり、シイに抱き付いた。伯爵が「そっちの姿になるときは一言くだサイ」とロードの乗っていた肩をさすって小言をもらすがロードは気にしない。

「シイ〜、会いたかったよぉ」
「私もだよ、ごめんね」

シイはロードの頭を撫でる。


それは35年前の話。

「14番目」とノアとの戦いでほとんどのノアは負傷し死んでいった。勿論そこにはシイもいた。しかしシイは武闘派のノアではない。彼女が持つメモリーは「眠り」、命を吸い取り、命を吹き込むのが仕事。彼女は自分の力を他人に分けることができるのだ。

戦いの際、彼女は自分の力と引き換えに仲間を救済しようとするも、激しい戦いの末にほとんどのノアが死んだ。シイは死を免れたものの、受けた傷は大きく、深く長い眠りに入ることを余儀なくされた。来たるべき日に力を蓄えるために。


「お腹はすいていますカ?」
「もちろん」
「では、待っていますヨ」

そう言って伯爵は部屋を出て行き、それについてロードも名残惜しそうに部屋を出て行った。


それは少し暖かい冬の早朝のできごと。



20120129



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