90000HIT・TOA(J*L)【空木さま】



右目にキスを



 伝えては行けない想いというものが、この世にはあるということを知った。
 そして、それを秘めたまま息をするのは、思っていたより苦しいということも。

 この想いを自覚してしまった今となっては、いつからこの感情を抱いていたかなんて、そんなことはどうでもよくなってしまった。出逢ったその時から、心惹かれていたようにさえ感じるから。
 兎も角、俺はジェイドのことが好きで。
 けれど、それは俺の胸にずっと秘めておくためのものだと思っていた。
 だって、そう遠くはない未来に、俺は消えてしまうのだから。
 だったら、俺の感情ひとつ、伝わらなかったところで何の不都合もない。ジェイドに余計なものを背負わせることもないのだし、寧ろ好都合と言える。
 だから。
 だから、この想いは伝えてはならない。隠し通さなければならない。

 そのためにはひとつ、問題がある。
 それは、俺の隠し事がジェイドに通用したことが、今まで一度もないということ。
 ジェイドはきっといつか気付いてしまうのだろう。もしかしたら、もう気付いているのかもしれない。

 ああ、胸が苦しい。
 言ってしまえたら楽なのだろうと思う自分にも、気付かざるを得ない。


 けれど、そんな俺の懊悩も知らず、それは唐突にやってきた。

 今夜の宿に辿り着き、それぞれの部屋に引き上げて一息吐いたところで、ジェイドは徐に口を開いた。
「ルーク、何か私に隠し事をしていませんか?」
「へ?」
 振り返った先で、ジェイドは寝台に腰掛けて真っ直ぐにこちらを見ている。その問いの意味を一瞬把握できず、その赤い両目を見返した。
 隠し事、といえば。
「っ」
 だけど。だけど、それは。
「か、隠し事? そんなのあるわけないだろ」
 慌てて取り繕ってはみるが、その声はどうしようもなく焦りを含んでしまう。
「そうですか?」
 実に面白そうに、両目を細めるジェイドの表情に、更に狼狽えた。
「な、何だよ…」
 スプリングを軋ませて、ジェイドが寝台から腰を上げる。こちらに足を踏み出すのに合わせて、俺は足を退いた。一歩、また一歩。踏み出すのと退くのを繰り返して、背中が何か固いものにぶつかる。振り返ると、くすんだ木目の壁。狭い宿の部屋の中では、ろくに逃げ場もない。
 壁伝いに扉まで逃げようとするが、その進路もジェイドの腕に塞がれる。
 視界を埋めるジェイドの腕を辿ると、人の悪い笑みを浮かべたジェイドの顔。
 時々こういう表情をするのだ、彼は。とっておきの悪戯を思い付いた子供みたいな表情を。だけどその悪戯は、当然子供が思い付くような可愛らしいものではないのだ。
「飽くまであなたから言うつもりがないというのなら、私から言わせていただきますよ」
「な、何を言うって…」
 空いている手で顎を掬われる。
 精一杯平静を装おうとするが、そんなの到底できる筈もなくて。震えが走るのも止められず、ジェイドの言葉の続きを待つことしかできない。
 耐えきれずに目を閉じると、耳元に微かな吐息を感じた。そして。
「私はあなたが好きです」
「!!」
 囁かれた言葉に、閉じていた両目を、見開く。
「な、なな、なに…」
 それを上手く理解できなくて、この口から零れるのは意味を成さない音だけ。
 ジェイドは今、何を言ったのだろう。
 俺のことを好きと言った。好きって何だろう。
「もう一度言いましょうか? 私は、」
 好きって。つまりそういうこと?
「わああ!!」
 繋がってしまった答えに、急に恥ずかしくなる。込み上げるままに叫んだ。
「もういい、もういい!!」
 両手でジェイドの口を押さえて言葉を封じた。あんなのもう一度聞いたら、心臓が破裂すると思う。
「はあ、はあ…」
 そうして荒い呼吸を繰り返していると、少し鼓動も落ち着いてくる。しかし、代わりに異なった感情がふつふつと沸いてくるのを感じた。それは、怒りにも似て、腹の底を焼くようにじりじりと広がる。
「俺が言うか言わないか物凄く悩んでた台詞をそんなさらっと!! 俺が言いたかったのにっ!!」
 そして、破ぜた。
 その想いは、いつか言える日が来たら、俺から伝えようと思っていたのに。なのに先を越されてしまった。悔しい。
「はっはっは。さっさと言ってしまわない方が悪いのですよ」
 口を押さえる俺の手を引き剥がして、ジェイドは笑った。
 その笑みにも少し、腹が立つ。俺がどんな想いでこの感情を殺してきたか。
 俺の命はそう長くないから、ジェイドの重荷にならないようにと、必死で。なのにジェイドは、それを簡単に。
 そんなの聞いてしまったら、もう後戻りはできない。なかったことになんて、してやれない。
「…後悔しても知らないから」
「後悔?」
 そこで、静かにジェイドの表情から笑みが消えた。迷いなく、真っ直ぐに視線が合う。
「するわけがないじゃないですか。寧ろ、後悔しないために言ったのです」
 その言葉に、胸が苦しくなった。今まで感じていた息苦しさとは違う。鼻の奥がつん、と痛い。
 後悔するはずがないと、言ってくれた。
 こんな俺のために。
「あなたは?」
 涙がもうすぐそこまで来ている。
「好き、だ」
 ひとつ深呼吸をして、今までずっと言えなかった言葉をやっと口にした。
 その瞬間に、堪えきれなくなった涙が右目から零れた。次に左。また右。それは両目から絶え間なく頬を伝う。
 胸につかえていた物を押し流すように、それは止まらない。
「そうですか」
 滲む視界の中でジェイドは綺麗に笑って。
「ならば何も、問題はありませんね」
 右の目蓋にひとつキスをくれた。





◆あとがき
 灰兎さまからリクエストを頂いた『J←Lで、ジェイドのことが好きだけれど必死にそれを隠すルーク。最終的に両想いになる』お話。
 こういうルークが健気ですっごく好きです。でもそういう無駄な努力をジェイドが全部ぶち壊してしまえばいいです。押せ押せでお願いしたいです。
 二人には幸せになってもらいたいと切に願います。ので、最後はちょっと幸せに。
 素敵なリクエストありがとうございました!!



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