茨鬼



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 えっと、じゃあ話すよ。あれはコンビニからの帰りだった。つい先週のことだよ。家に続く石段の前にさ、おばあさんがいたんだ。着物を着ていて上品そうなおばあさんだった。髪も真っ白で、「おばあさんの絵を描け」って言われたら十人中九人があんなふうに描くんだろうな。
 ……で、そのおばあさんなんだけど。
 なんだか困ってるように見えたから「どうかしましたか」って声をかけたんだ。家の前だしね。
 そしたら「お寺はこの上ですか」って。
 そうですって答えたよ。

 言い忘れたけど、オレの家は寺なんだ。金屈寺っていう、ここからだと商店街抜けた反対側にあるんだけど――『知ってる』。ああ、そう……ならいいけど。

 そのおばあさんさ、石段が急で上れないみたいだったんだ。うちの石段ってやけに急でさ。手すりもないし、そのくせ妙に長くって、参拝客のことなんにも考えてないんだよね。ちょっと見上げたくらいじゃ寺の影も見えないし、おばあさんが不安になるのもわかるよ。
 ……でさ、ここで気づいたんだ。そのおばあさん、よく見ると片腕がないみたいで。あれは二の腕の途中くらいから切れてるのかな。着物の袖が不自然なんだ。手も片方しか出てないし。

 え? どっちのって? オレから見て右だったから……左だ。左腕。あんまり見過ぎるのも失礼かと思って、気にしないようにしたんだけど。

「ここ以外に道はないんでしょうかねえ」

 おばあさんは溜息まじりにそんなことを言っていた。やっぱり寺に用があるけど、この石段に恐れをなしていたらしい。オレだって用がなきゃ裏の自動車用の方から回るしね。かといって、裏に行くには石段の所からじゃぐるっと回ることになるし。
 で、別にかっこつけるわけじゃないんだけどさ、つい言っちゃったんだよね。「上までおぶりましょうか」って。そしたらおばあさん、ちょっとぽかんとして「あらまあいいんですか」って、「それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」なんて、大げさに喜ぶもんだから、引っ込みつかなくなっちゃってさ。

 ……いいよ、笑っても。
 おばあさんぜんぜん重くなかったし。いや、おばあさんに気を使ってるわけじゃなくて、ぬいぐるみでもおぶってるみたいな軽さだった。腕が片方ないだけでそんなに違うもんなのかな? おばあさんが小柄ってこともあるんだろうけど。
 とにかく、ここまでは良かったんだよ。
 問題はここからで。なんかちょっと変でさ、そのおばあさん。……最後まで聞いてくれれば嫌でもわかると思うんだけど。

「ねえお兄さん、お兄さんの家に『預かり物』はないかしら」

 なんてしつこく訊いてくるんだ。
 オレが知らないって言ってるのにも何度も。元が上品なおばあさんだっただけに気味悪いくらいの剣幕だったよ。
 それでその『預かり物』っていうのが箱なんだって。縦長の。大きさは……「腕が一本入るくらいの」なんて言うんだ、片腕のないばあさんが。反応に困るよなあ。箱なんて言われても、そういうのは普段父さんが管理してるからこっちはよく知らないし。

 でもそれがさ、あるんだよ。
 よくよく思い出してみたら冷蔵庫に木の箱がしまってあってさ、それがちょうどそのぐらい、「腕一本」の大きさなんだ。中身は……見てない。開封厳禁って言われてるし、それになんか……いや、中でなにかがガタガタ動いてる、ような気がするんだ。オレだけしか『視』えてないのかもしれないけど。冷蔵庫を開けたとき、振動とは別に箱自体が動いてる気がするんだよね。リアル『パンドラの匣』だよ。……そんなわけで中身は知らないんだ。

 おばあさんにも正直に答えたよ。そうしたら背中から「あの坊主なんてところに……」とか聞こえるわけだ。変に関わらない方が良かったかなって、正直後悔した。

 ……で、肝心なのはここからだ。
 頂上に到着して、さあ降ろすぞって段になって、おばあさんが猫なで声で

「ありがとねえ、お兄さん」

 そう言って、軽快な動きでオレの背から飛び降りたんだ。……本当に、『飛び降りる』って感じの軽快さだった。とてもじゃないけど石段の前でよぼよぼしてたおばあさんと同じ人だとは思えない。

「お礼は後からたーっぷりしてやるよ。腕を取り返した後ゆっくりとなあ!」

 ……怖かったなあ。
 おばあさんはそのままオレを突き飛ばして走って行ってしまった。奇声を上げながらね。止めようとは……思わなかったなあ。あまりにもいきなりだったし、やけに素早くて。コーナーに追いつめたゴキブリが決死の覚悟で飛びかかってきた、みたいな。……おばあさんってあんなに速く動けるんだなって、呆気に取られて見送っちゃって。
 おばあさんが寺の中――つまりオレの家に飛び込んでいったところで、まずいなと思って追いかけたんだけど。そしたらさ、

 家の中から「ババアー!」って叫び声がして!
 地の底から轟くような「破ァー!」という一喝が!
 それと同時に青白い光が爆発したんだ!

 ……信じて、ないでしょ。
 いいよ別に。オレだって話してて自分で「なんじゃそりゃ」って思ってるし。こんな話信じてくれなくても……え? 信じるって? ああ、そう。そっか。……きみって、変な人だね。
 その後のこと、か。別になにもないよ。うん。しばらく様子見てたんだけど怖いくらい静まり返ってて。おばあさんも出てこないし、物音一つしないから、おそるおそる玄関から様子をうかがって見てんだ。
 父さんがいたよ。父さんっていうのは……そうそう、お坊さんの。あのときはたしか袈裟姿で、檀家周りから帰ってきたところだったみたい。目もちゃんと二つあったし。――え? ああ、こっちの話。
 それとなくおばあさんのことを伝えてみたら……

「来ていたようだ。だがもうお帰りになったようだ」

 ……ってさ。
 おばあさん? 影も形もなかったよ。実際どうなったのかは訊けなかったな。大体想像はつくけど。あの光と雄叫びで、大体。……うん、それにしても寺生まれって、すごい。ぼくもそう思うよ。


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