03





 ――それで気づいたらここに足を運んでたんだ。


 オレ――いや、“ぼく”はそこで話を切り上げた。
 そして、目の前に座っている人物の顔色をうかがった。
「面白い。続けて」
 その人物――“キッタくん”はなんだかニコニコして聞いている。

「いや、だからさあ……」
 続きもなにもぼくの話はこれで終わりだ。
 それは向こうもわかっているのだろうけど、どこまで本気なのか。どうにも調子が狂ってしまう。 
 ぼくは思い切って単刀直入に訊くことにした。
「本人にこういうこと聞くのも変だけど、キッタくんって何者なの?」
「君のクラスの転校生だよ」
 即答した。あまりの速さにぼくは返す言葉も出ない。
 面食らったぼくにキッタくんは畳み掛けるように言葉を返す。

「ねえ、君のその話だと、僕はここにいない方がいいんじゃないかな。『気づいたらここに足を運んでたんだ』だ。君は昨日行ったホテルにもう一度行く。するとこのホテルもとっくに廃墟と化したボロボロの建物に変わってて……いや、それともフロントにボクの名前を伝えたら『そんな客はいない』って突き返されたりとか? 近所の人に事情を伺うと、その昔転入を直前に高校生がこのホテルの前で事故死してしまったという痛ましい事件があったという。君は思う。そいつがこのホテルの部屋に化けて出たんだ、あの幽霊は寂しくて僕を呼んだんだろうか、学校に行けなかったのが無念だったんだろうか……それでおしまい!いいねえ、そこはかとなく美談風!」

 キッタくんはものすごい早口でまくし立てる。まくし立てて、最後まで言い切ったところで盛大に咳き込んだ。ぜえぜえと息づかいがマスクの下から聞こえてきた。
 もうなんなんだろうこの人は。ぼくはあぜんとして、苦しそうに背中を丸めているキッタくんを眺めることしかできない。
 そういえばこの人は病み上がりだった。死体さながらにうつろで無反応な昨日のキッタくんと同一人物なんだ。なんだかそっちの方が嘘みたいだ。
 キッタくんは胸に右手を当てて呼吸を落ち着けると、吐き出す溜息に乗せて一言しぼり出した。
「君は、馬鹿だ」
 まごうことなき罵倒である。
 しかしぼく自身、話しているとき何度もそう思った。

 ――怪談話をその怪談本人に話して聞かせるなんてとんだ茶番だ。

 ぼくは早退したその足で昨日も来た町外れのホテルを訪れた。
 キッタくんが早口で言ったようなことを期待する気持ちがないわけではなかった。ホテル自体が廃墟、あるいはキッタくん自身が存在しない……嫌なことだが、怪談話のオチがつくことをどこかで期待したのだ。
 しかしホテルに来ると、期待に反してキッタくんは存在した。出鼻をくじかれる形にはなったが矢継ぎ早に質問するぼくを、なだめてこう言った。
『君の話はよくわからないね。落ち着いて、最初から話してくれないか』
 それでぼくは今、ホテルのキッタくんの部屋で、キッタくんが淹れてくれたコーヒーを飲んで、キッタくんにキッタくんの怪談話を話している。


「自分でも馬鹿だとは思うけどさあ」
「この際、話の内容はいいよ」
 昨日と同じに座っていたベッドから、キッタくんは腰を浮かせた。
 ぼくの顔をのぞきこむようにして、彼は妙に低い声で言う。
「君は君の言うところの『得体の知れない』人間の前に無防備な姿をさらしてるんだぜ。少しは警戒しなくていいのかい?」
「え?」
 とっさに立ち上がりかける。
 するとキッタくんは身構えるぼくに首を傾けて笑い、
「コーヒーのおかわりを淹れるだけだよ」
 と、空になったぼくのカップを手に取った。
 反対の手にはコーヒーサーバー。その軽快な動作ですぐからかわれたのだと気づいた。浮きかけた尻を元に戻し、しかし思い直す。
 キッタくんは風邪が治っていないという理由でコーヒーを飲もうとしない。もしこの中になにか入れられていたら……。
 ぼくの視線に気づいたのか、キッタくんは「冗談だよ。そんな怖い顔をしないでってば」と前置きしてぼくの前にカップを置いた。
 ぼくは数分間この人に向かって話をしたが、この人がどんな人物なのかどうにもつかみかねている。目の前で自分のことが話されているのに、まるで面白い恐怖体験でも聞いているかのように笑っているし、平気でこんな冗談を口にする。
 ただ、悪い人ではないと思う。
 彼の淹れてくれたコーヒーはおいしいことだし。


「君の話はわかったよ。どうして平日の午前中から僕を訪ねてきたのかもね」
「……さっき転校生だって言ったけど」
 キッタくんは即答していたがまだ信じられない。ぼくは念を押してもう一度尋ねた。
「それは本当なんだよね?」
「そうだよ」とキッタくん。
「昨日は悪かったね。きつめの風邪薬を寝ているときに君が来たもんだから、ろくな対応ができなくて。君の話で僕がどれだけ酷い状態だったかよく分かった」
 そう言われると決まりが悪い。キッタくんが見たまま感じたままを話せというから、ぼくは本人の前で不気味だの暗いだの散々言ってしまった。
 見る限りキッタくんはそのあたりのことはあまり気にかけていないようだけど……。
「意識が朦朧としていたみたいで昨日のことはあんまり覚えていないんだ。君に変な誤解を与えたのはたしかみたいだし、ごめんね」
「い、いやいいよそんな! こっちが勝手に勘違いしただけっていうか」
 頭を下げるキッタくんにぼくはあわててしまう。「勝手に人を幽霊か妖怪かみたいに言って、むしろ悪いのはこっちの方だよ……それも本人がいる前で」

 明るいところで見るキッタくんは結構イケメンの部類に入ると思う。
 目元なんか涼しげでいかにも女の子受けしそうだ。風邪が治ってマスクが取れたら、なかなかにかっこいいんじゃないだろうか。かろうじてぼくが勝てるのは身長ぐらいだ。彼は同い年の男子にしては百七十あるかないかの小柄な方だから。
 そして昨日パジャマだと思っていたのは、男物の中国服だということもわかった。昨日と同じで若干サイズが合ってないように感じるが。うーん、これがイケメンの私服……なのだろうか? 様になってはいるが、彼らの考えるところはわからない。


――君が僕を化物だと勘違いした理由はすごく単純なんだよ」
「え?」
 不意の一言でぼくは現実に戻ってきた。
 今キッタくんは『理由は単純』だと言ったのか?
「じゃあキッタくんは全部わかったの?」
「全部じゃないけど、名簿のくだりなら説明できるよ」
「本当に?……すごいなあ、オレにも教えてくれる?」
「うん、いいよ」
 うなずくキッタくんはなんだか少し楽しそうに見える。
 他の人にはわからない問題を自分だけがわかった――謎解きをするときの名探偵はこういう顔をするのだろう。
 キッタくんも同じようなことを思ったのだろうか。ちょっと恥ずかしそうに一つ咳払いをすると、有名なあの文句で謎解きを開始した。

「さて――。」




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