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「レッド・レッド・クリムゾンレッド」

(2014/11/22)

深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題:「夜を少しだけ、長くして」「愛したのは君だけ」



“そんなちっぽけな!”

 水滴が欄干をうつ、老朽した雨樋がごぼごぼと大げさな音をあげて水を抜く、静かなノイズ音、窓越しに、夜がしたたる。そんな夜には傷がうずいてやまぬのだ。女は寝台で寝返りをうつ。痛むのは腹のあたりだった。その痛みを女はよく知っている。もう傷はとうの昔にふさがったというのに、今も思い出したように主張を繰り返すのだ。理由など、わかりすぎるほどにわかっていた。
 男の言葉が耳につく。

“そんなちっぽけなえもので!”

 大鎌が、引きつった笑み口のような大鎌が、女の手鎌を手首ごと刈り取った。寝台に横たわる女の目が、冷たい火を帯びる。忘れたことなどない。女も、そして女自身の肉体も、その日その痛みを忘れたことなど、片時たりとも。耳に残るはきちがいの哄笑だ。おかしくて可笑しくてたまらない、とでもいうように――癇に障る。男の影が残忍に揺らぐ。女が突き出した鋏は確かに男の喉を刺し貫いた。狂笑は、引きつるような呻きと共に止んだ。赤染めのばけものは目をめぐらして女を見取めた。

“おんなだてらに はものをふりまわしては あぶないぞ?”

 言いながら、男の手は光る刀をかざし――

 振り下ろした。男の額から血がほとばしった。鉈を頭に突き立てられたまま、口づけでも迫るかのような距離で、血染めの赤がにいっと笑った。男の刀は、女の腹を、腰の後ろまでひと突きに貫き通して、刀を持った手が、嬉しそうに掻き回され――

 女はふと頭をめぐらした。カーテンは引いていた。雨音だけが夜を満たしている。馬鹿らしい、窓際に影が立ったような気がしたのだ。“怪を語れば怪至る”とは昔からよく言ったものだものね、女は微笑する。それから腹をかばうように回した腕に気づき、静かにほどく。
 あるはずもない影を幻視するほど取り憑かれているとでもいうのだろうか。血反吐の味をくれたひと。この髪を掴んだひと。そんなものはあなただけ。だから私だけはお前を忘れてやるものか。いくら時代が忘れ去ろうとも、お前を忘れてやるものか。
 ――おやこれじゃ愛の告白みたいだこと。
 自分の腹を掻き回した相手に対し、ずいぶんお人好しじゃない。
 そんな自分がおかしくて、女はかつての男をまねて凶悪に笑った。
 三日月の笑み口が、雨夜の寝室にそっと影を落とした。



追記

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