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「タチバナアユミは忘れない」

(2014/11/15)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負 
お題:「縺れた鎖」



(○○月××日に兵庫県姫路市港区住吉台で橘あゆみという十九歳の女性が複数の男にレイプされ、下腹部をメッタ刺しにされて殺されました。それは私の親友です。彼女は妊娠三カ月でした。)


 あゆみは馬鹿で男運が悪くて、愛嬌だけが取り柄の女だった。「将来は看護師になるんだ」と、浪人してまで学校に入ったのに、結果は学問も途中で腹を膨らませて帰ってくるというざま。馬鹿な女なのだ。行きずりの男に身体をゆだねて、父親が誰かも知らない子供を身ごもるなんて。看護師の夢も勉強も水の泡。世間に白い眼を向けられて、実家に出戻ったとんでもない馬鹿だ。
 どうするつもりなんだ。出戻って来たあゆみに俺はそう尋ねた。あゆみは困ったような顔で笑った。とりあえず産んでから決めようかなあって。間延びした声でそう答えた。なにも考えていないのは明らかだった。金も仕事もない、ただ若いだけが取り柄の女が、父親のない子供を抱えていったいどうするつもりなのか。
 あゆみはちっとも考えようとしない。馬鹿な、女だ。
 だけどあゆみは、俺の親友だ。親友で、幼なじみ。そう呼べる人物は後にも先にもあゆみしかいない。それは事実だ。そして今も変わらない。あゆみは、彼女は俺の親友だ。


(許せない!彼女とおなかの子供、二人を殺した犯人たちを同じようにそれ以上痛めつけ殺す……そう決めました。)


 それでよお、あいつバッカだろ?
 『勉強する時間がもったいない』っつって!
 人がせっかく誘ってやってんのに来やがらねえの!
 数合わせのお情けで呼んでやってんのに、何様なんだよな
 こんな可愛い子と知り合えるってのに馬鹿だよ、馬鹿。
 若いうちに遊ばねえでどうすんだよ
 んだよ、電話かよ。いいとこでよお……はい、もしもし?


(パソコンのプログラムの処理から犯人と思われるやつの名前をリストにしそれだけではなかなか見つけられないのでメールにより検索し怪しいやつはみんな殺す計画をたてたのです。)


 非通知。切れちまった。
 ただのいたずらだよ、イタズラ。
 最近メールも多いんだよな。いたずらメール。
 このメールをみたら十人に回してください。そうでなければ殺しに行きます……なんつってバッカじゃねえの!
 殺せるもんなら殺してみろっつーんだよなあ?
 そう思うだろ?
 なあ? 
 おいって。
 ……あゆみちゃん?

(このメールを見たら必ず二十四時間以内に九人に回して下さい。パソコン・携帯・ピッチそれぞれの位置情報からメールをとめたやつの居場所をつきとめ怪しいと判断した場合、殺す!)


 お前がタチバナアユミを殺したんだな?


 嘘をつくな。お前はメールを回さなかった。だからお前が犯人だ。お前がタチバナアユミを殺した。タチバナアユミは殺されたんだ。お前たちにレイプされて腹を滅多刺しにされて殺された。顔もぐちゃぐちゃに潰された。見つからないと思ったのか? 死体が見つからないと思ったのか? 私に見つからないと思ったのか? お前が殺したんだ。お前が私を殺したんだ。私はお前に殺された。そうだろう?
 私は決めたんだ。私を殺した犯人を探し出す。
 タチバナアユミとおなかの子供、二人を殺した犯人たちを、同じように、それ以上、痛めつけて殺してやる。
 逃げられると思ったのか?
 鍵はここにあるんだぞ? こういう目的のためにホテルを選んだんだろ? 内側からでも鍵がなければ開かないドアのホテルを、防音がしっかりしてどんなに女を痛めつけても露見しないホテルを。全部お前の目論見どおりじゃないか。
 あゆみの時にもこういう手を使ったのか?
 仲間はあと何人いる?
 答えろよ。
 これくらいで吐くなよ。汚いなあ。
 ……まあいいか。お前の携帯を辿ればじきにお仲間もわかるさ。


(探偵事務所の最新型のパソコンによりメールを回したことを確認できるようになっています。)


 俺か?
 ……俺はタチバナアユミの親友だよ。お前たちがなぶりものにしたタチバナアユミ、その上でメッタ刺しにして殺したタチバナアユミの親友だ。
 あいつは馬鹿な女だったよ。あんな目に遭ったのもあいつの頭が足りなかったからだ。どこのどいつとも知らない男の子供を身ごもって、それでいて重ねて他の男に軽々しく付いていくような、馬鹿な女だ。なにも考えていない。頭が悪いんだ。
 それでもあゆみは俺の親友だ。ひとりしかいない大事な親友なんだよ。それだけで、あゆみが死んでいい理由なんてひとつもない。あゆみが殺されていい理由なんて、ひとっつもないんだよ!
 おい、気絶するなよ。
 全部お前たちがしたことだ。最後まで聞け。


(信じる信じないは自由。私は本気でとめたやつを自動的に標的にし殺すだけだから。)


 俺がなんのためにこんなことをしているのか?
 そんなの言うまでもなく気づいてるんだろう?
 お前たちは、あゆみにどんなことをしたんだ?
 なあ、お前はあゆみにどんなことをしたんだ?


(このメールを見たら必ず二十四時間以内に)


 俺はね、可愛いあゆみを殺した犯人を捜し出して、可愛そうなあゆみと同じように、それ以上にむごたらしく殺してやるんだよ。


(このメールを見たら必ず二十四時間以内に――)


 その男は言った。
『その女は悪意だ。伝染し続ける
野放しにしておくわけにはいかない』
 その男は颯爽と現れた。あゆみがいつものように<犯人>に手をかけようとしたときだ。突然男が現れ、わけがわからないうちに、あゆみは青い光によって<犯人>の上から跳ね飛ばされていた。その男は、かざした手をなおもあゆみから離さなかった。俺はその男に向かって必死に助命した。彼女がこんなことをするのにはれっきとした理由がある。彼女を殺さないでくれ。お願いだ。するとその男は静かに言った。
『タチバナアユミが人に危害を加えたならば、俺はその女を消さなければならない。それが嫌ならいいか、お前が彼女を守るんだ。彼女に人を殺させない。それが条件だ』

 あゆみは死んだ。――違う、殺されたのだ。殺されたけど、ここにいる。橘あゆみはここにいる。生きている。それは普通の人間としての生ではなかったけれど。あゆみは今も生きている。タチバナアユミは復讐を忘れることができない。その鎖だけがあゆみをここに止めている。俺も同じだ。
 俺はどこにもいない。
 俺は彼女を縛り止め、その実彼女に縛り止められている。
「庇護者たる親友」それから「殺人者」と「殺された橘あゆみ」
 あゆみに人を殺させるわけにはいかない。それはあの男に言われたからだけではない。あゆみが誰かを殺す理由なんてないんだ。なぜならお前は――殺されたんだから。

「もういいんだ、あゆみ」

 俺はあゆみを強く抱きしめた。
 大丈夫だ。俺がいる。俺はお前の影だ。
 殺された女が復讐しに殺しに来るぞ。いや馬鹿な、殺された女の亡霊がメールを送るとでもいうのか。犯人を捜しているのは親友だ。女の親友が捜しているのだ。いや殺しに来るのは女だ。――そうやって、噂が彼女を“そういうふう”に仕立て上げた。タチバナアユミは「殺された女」であると同時に「女を殺した犯人を捜す殺人者」だ。矛盾している。だから俺はその矛盾を解消するために生まれた。俺は「タチバナアユミの親友」だ。

「……もういいんだよ」

 あゆみに人を殺させるわけにはいかない。あゆみは馬鹿な女だ。馬鹿で男運が悪くて、愛嬌だけが取り柄の――俺の、親友なんだ。だからあゆみは困ったふうに笑っていれば、それでいい。タチバナアユミが人を殺すような、そんなことがあれば、そのときは彼女が俺を殺すか、あるいは俺が、彼女を殺すのだろう。
 鏡には自分で自分を抱きしめるあゆみの姿が映っている。
 俺はあゆみを抱く腕に力を込めた。どんなに時代が移ろっても俺だけは

 橘あゆみを、忘れない。



追記

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