「地獄でなぜ悪い」
・お話について
「おまけ」として分けている部分を最初に思いつき、お話として膨らませたくて書きました。その結果として最初に書きたかった場面が入れられなくなるという、物書きあるあるです。大衆へのチョコレート流通とバレンタイン行事自体は、時期的に後期シリーズでわずかに重なるため、全然知らないってわけじゃないけどそこまで馴染みはないだろうという解釈です。
この『不在の探偵』では時間も空間も解体されてでたらめにつなぎ合わされています。少年探偵と怪人は互いに互いを認識しあっているため、個人間のブレはそれほど大きくありません。ただ事務所を一歩出れば、あるいは事務所の中でさえ、間取りも階層も一定しないため「今日は通れた道が明日にはなくなっている」「こんなところに給湯室があったかしら」なんてことが多々発生します。すべては忘却と認識のゆがみにより再生されるもの。
ゆえに未来の出来事を現在のように語ることができれば、役者として立ち回る自分を俯瞰することもでき、ないはずのバレンタイン回も発生するというわけなのです。言うほどバレンタイン回だったか? バレンタイン回です。本命のチョコを差し向ける相手がただここにいないだけです。
・怪人と少年について
怪人は「探偵の首」のように一人で時間軸をかき混ぜて飲んでいる分には平気なのですが、「怪人である自分を認識する」少年探偵のほうの自我が揺らぐと、つられて不安定になるようです。この怪人の在り方は無印短編「ぼうれいのひ」からずっと地続きできています。単体でひたすら強いユニットのようでいて、観客なり手下なり好敵手なり、向かい合う誰かがいないと成立しない人格をしている。
・『僕は、きみのような助手を持ってしあわせだよ』
先生が実際に言ったような言ってないような、これは実際に言ってる台詞シリーズ。
元の話では少年探偵が「命がけでやる」「命を落としてもいい」と任務に意気込みを見せる場面で先生がよく言う台詞。
怪人がここで引用しているのもたぶん直前の少年の台詞に対する掛詞的な意味合いだが、残念ながらあんまり伝わってなさそう。
・チョコレートに熱い緑茶
ベストは好みの洋酒をロックで合わせる食べ方ですが、そんなもん少年探偵にさせられないので緑茶を合わせます。ティーペアリングすると甘いものの甘さが気にならない魔術です。
・タイトルについて
星野源の同名楽曲より取っています。
本文を考えているときに聞いていたところ、地獄についてうつらうつらと考え始めた流れでそのままデータ名に使用。そうなると妙にしっくりきてしまい、他のタイトルも考えましたがどれも気分に合わず、最初のそのままの形でお借りしました。
元の曲は闘病生活の末に作られた曲です。本作を読んでいただいておわかりのとおり内容と直接の関係はありません。ただ歌詞中「作り物で悪いか」「同じ地獄で待つ」等の後ろ向きなようで前向きなフレーズが印象に残り、ふと気づけばバレンタインチョコレートの地獄煮が完成していました。君を、同じ地獄で待つ。そう語りかけてくる人物自身もやはり地獄にいるのでしょう。地獄で待つ、そういう形の親愛。
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