聞き慣れた鳥達の鳴き声。

見慣れた懐かしい風景。


隣には、大好きなキルアの姿。



天空闘技場での闘いが終わった今、オレ達二人はくじら島に遊びにきている。

久しぶりにミトさんや島のみんなに会いたかったし、キルアも“遊びに行きたい”と言ってくれたから。


連絡も無しにいきなり帰ってきて、ミトさんにはガミガミ言われちゃったけど、たくさんご馳走を作ってくれて。

みんなで囲む食卓は、いつもよりずっと賑やかで、とても楽しかった。


そして今は、オレの部屋に来ている。



「へー、ここがゴンの部屋か」



そう言いながら、キルアはキョロキョロと部屋の中を見渡して、ボフンと勢いよくベッドにダイブする。

オレもキルアが寝っ転がっているベッドの空いたスペースに腰掛けた。


何だか、変な感じ。

この部屋に、キルアが居ることが。


今までこの部屋ではほとんど一人で過ごしてきて……時々ミトさんやおばあちゃんが掃除するために部屋に入ってくることもあるけど、こんな風に自分の部屋で誰かと過ごすなんて、初めてのことだ。


だから、妙に緊張してしまう。

隣に居るキルアの存在に。


だってさ、ちょこっと手を伸ばしたら、簡単に届いちゃうよ。

オレの手が、キルアの体に。



「?どした、ゴン」
「へっ?」
「なんか、急に黙りこんじゃって」
「いや、なんか緊張しちゃってさ」
「緊張?」



うん、と頷けば、キルアは枕を抱き抱えながらムクリと起き上がり、オレと目線を合わせる。改めて間近で見るキルアの綺麗な瞳に、ドキッと心臓が跳ねた。

オレはほんの少し恥ずかしい気持ちになりながらも、思っていたことを口に出す。



「こうやって、誰かに遊びに来てもらうのって初めてだったから」
「うん」
「今、すぐ隣にキルアが居るのが、何だか信じられなくて……でも、」



“すごく嬉しい”


と続ければ、キルアは元々大きな目を更に大きくして、その後すぐに、フ、と目を細めて微笑んだ。穏やかな優しい笑顔に、心臓がキュウ、と締め付けられる。


なんて、恋人への愛しさで胸をいっぱいにさせていたら、キルアがこう言った。



「俺も嬉しかったよ。ゴンと一緒に風呂入ったり、みんなで飯食ったり」
「ほんと?」
「ああ。……俺の家ってさ、食事の時ですら訓練の時間で、よく飯とかに毒薬を仕込まれてて、マジ最悪だった」
「うへぇ……そうなんだ」
「だから、みんなで一つの皿のおかずを分け合って食べるなんて、生まれて初めてのことで、スゲー嬉しかった」
「キルア……」
「なんか俺も、家族になれたみたいで」



そう言って、枕で口元を隠しながら照れくさそうに笑うキルアに、オレは何だかたまらない気持ちでいっぱいになった。

オレにとっては当たり前なことが、キルアにとっては嬉しいことなんだって知って、“家族になれたみたいで”というキルアからの言葉を聞いて。


無性に、キルアの手を握りたくなった。

というか、衝動的に握ってしまった。

白くて滑らかな、キルアの手を。



「っ、ゴン?」
「なろうよ、家族に」
「へ?」
「なれるよ、オレ達なら」
「な、なに言って……」
「結婚しちゃえばいいんだよ」
「――っ!」



オレとキルアが結婚したら、二人は夫婦になって、同じ家に住んだりして……そうしたら、同じお皿のおかずを一緒に食べることだって、当たり前のようにできる。


キルアとずーっと一緒に居られる。

それってすごく幸せなことだよね。


と、思ったままを口走ったら、キルアは急に顔を真っ赤にさせて、“何言ってんだこいつ!”とでも言いたげな目をしながら、オレを見てきた。


あ、あれ?

オレ、なんか変なこと言った?



「キ、キルア……?」
「バッカじゃねぇのっ」
「バッ、バカとは何だよっ!」
「こんなムードも何もない時に、プロポーズなんかすんなよな、アホッ」



バカに続けてアホとまで言った口の悪いキルアに、何か文句を言ってやろうって思ったけど、たった今キルアの発した一言が気になって、つい黙り込んでしまう。


今、キルアが言ってた。


“プロポーズ”って言葉……。



「オレ、今まで何も考えないで勢いだけで喋ってたけど、もしかしてプロポーズみたいなことしちゃった?」
「みたいなことっつーか、まんまプロポーズだったよ。“結婚しちゃえばいい”とか言ってさ」
「そ、そっか」
「まあ、何も考えてないなんて、ゴンらしいけどな」



そう言うと、キルアは抱き締めていた枕でオレの頭を軽くポスンと小突いた。

オレは“うう……”と悔しそうに唸りながらも、反論することができない。

キルアの言う通り、プロポーズするんだったら、もっとムードとか準備とか大丈夫な時に、ちゃんとしたかったなぁ。


だけど、今更取り消すのは嫌だ。


“結婚しちゃえばいいんだよ”


あの時は軽い気持ちで、勢いだけで言っちゃったけど、その言葉に嘘はないから。



「キ、キルア!」
「ん?」
「確かにオレ、言葉の意味とか、何にも考えてなかったけど……その、」
「……」
「ほんとに本気で、キルアと一緒にっ」
「――!」
「けっ、結婚した……ぶっ!?」



“結婚したいと思ってる”


そう伝えたかったのに、言ってる途中で、キルアによって遮られてしまった。

キルアがオレの頭に、枕を包んでいた大きめなタオルを被せたせいで。


突然どうしたんだろう?


と、目を丸くしていたら、



「ん、そうだな」
「う……?」
「そんじゃあ、ゴンがプロポーズしてくれたことだし、せっかくだから、ちょこっとだけやっとくか」
「へ?」
「結婚式」
「っ!」



キルアはそう言って、オレの頭を優しい手付きで撫でた。

“こんなんがベールでわりぃけど”と、頬っぺたをポリポリ掻きながら照れくさそうに囁くキルアに、心臓が煩くなる。


さっきまでは深い意味とか考えてなかったのに、何だか“結婚”というのを、リアルに、身近に感じてしまって。

ここは教会でも無いし、二人ともタンクトップに短パンという、あまりにも普通すぎる恰好なのに、変だよね。

この、頭に被さったタオルのせいかな。


ああ、そうか。

この頭に被せたタオルは、結婚式で女の人に被せているベールの代わりだったんだ。



「って、オレが女の人の役なの!?」
「そりゃもちろん」
「な、なんでっ」
「可愛いから」
「そん……っ」
「まあまあ細かいことは気にすんなよ」



“ちゃっちゃと始めようぜ”


なんて、キルアが急かすもんだから、ロクに文句も言えなくて……だけど、キルアに頭を撫でられたら、何も言えなくなる。


きっと、どっちが何の役をやるんだとか、そんなのはどうだっていい。

場所も性別も年齢も、関係ない。


二人で一緒に居られるなら。





- ナノ -