私、藍屋 望(あいや のぞみ)、大学生。
趣味はお洒落とイケメン探し、そして――
「ねえ、新刊読んだ?」
「読んだ、読んだ!あの攻めが堪らなくタイプ〜」
「私は受けの子が良かった、泣きっ面が!」
「馬鹿ねぇ、ミステリアスなイケメンが本気になって恋に苦悩するのがいいんじゃない」
「望ちゃんは相変わらず攻め好きねぇ」
誰にも言えない趣味。
それは“腐る (BL)”事である。
この趣味は目の前にいる友人のマコちゃんと、あと数人しか知らない。
所謂、隠れオタク、隠れ腐女子である。
「眼鏡、スーツは基本。でも汗臭い作業着も髭も堪らない〜」
「あはは、汗臭いとか。でも望ちゃんさ、リアルならタイプ違うんじゃない?」
「ん〜、どうかな」
「この間、結城君のこと可愛いって言ってたでしょ?」
「ん?ああ、琥太郎のアレね」
マコちゃんが言うのは同じ大学の結城 琥太郎(ゆうき こたろう)の事だ。
彼はよく同級生の瀬戸 俊(せと すぐる)と一緒に居るのだが、前々からボディータッチが激しいように思っていた。
大抵は瀬戸の方から肩を組んだり、何かあれば琥太郎、琥太郎と言ってるのだが、その琥太郎も満更じゃないように見える。
まあ、完全にそういうビジョンの話しなんだけどね。
「琥太郎は確かに可愛いけど、あれは“そういう目”で可愛いって意味よ。私、どっちかっていうと瀬戸の方がタイプだし」
「同級生をそういう目で見れる望ちゃんは強者だわ」
「いいの、BLはファンタジーなんだから」
ケラケラとお互いに笑い、男の子を餌に会話が弾む。
そう、BLはファンタジーだから妄想は自由なの。これが私の美容と健康につながるんだから。
「望、ちょっといいか?」
コンコンとノック音がして、一気に眉間を寄せる。
兄貴だ。
「何よ!」
勢いよくドアを開けると、相変わらず冴えない顔をした兄が立っていた。
「お前な、もう少し優しくドア開けらんねぇのかよ!ぶつかるだろ!」
「うるさいわねぇ、さっさと要件話なさいよ」
「おっかねぇなぁ…。今から会社の奴が書類届けにくるんだけど、母ちゃんに牛乳頼まれたからさ。そいつ来たら受け取ってくれねぇ?」
「お母さんに頼めばいいでしょ?」
「ドラマ見るってよ」
「もぉ、仕方ないわね。牛乳買いに行くならついでに私らにお菓子買ってきて。兄貴のおごりで!」
私ら、の言葉に兄貴は部屋の奥にいるマコちゃんを見て「分かった」と諦めたように言った後、ニヤリとムカツク顔を向けてきた。
「お前生意気だから、マコちゃんにだけアイスも買ってこよう。ウチの会社の!」
「死ね、クソ兄貴!」
ばんっ!と力いっぱいドアを閉めて溜め息を吐く。
「あ〜、もうイライラする」
「何で?望ちゃんのお兄ちゃん格好いいじゃん」
「はぁ!?本気で言ってるの?やめときなって、アイツあの年で恐竜とか好きなんだから。部屋ん中、未確認生物の模型まであるんだよ?」
「あはは、可愛い!」
「うえーっ、昆虫とかも好きだしさ…あんな昆虫オタクどこがいいの…」
「んー…受けっぽい所」
「…マコちゃん……」
実の兄をそういう目で見られている悲しさより、兄貴を受けっぽいと思うマコちゃんが心配になる。
「受けなら誰でもいいって訳じゃないでしょ?兄貴はファンタジーの仲間入りはできないわよ」
「そんな事ないよぉ。それこそ望ちゃんの好きなスーツで出勤してるんでしょ?スーツだよ、スーツ」
「スーツには萌えるけど、兄貴のに萌えるはずないでしょ…」
「……ごめん。今、ネクタイを本来の使い方じゃない使われ方をしてるお兄さんが浮かんだよ…」
「本来の使い方じゃない…」
兄貴の顔に上手くフィルターをかけて想像する。
両手をネクタイで縛られ、乱れたスーツで「や、やめ…っ」と怯える男の子…。
(イイッ!)
そのシチュは最高に萌えるけど、マコちゃんの妄想は兄貴なのが勿体ない。
本当…私らは腐女子みんなが同じ好みではないという事がよく分かる関係だと思うわ…。