大学生 | ナノ



結局のトコロ


そんな話をする事、数十分。
外から車の音が聞こえてきて兄貴が帰ってきたのかと思ったら、間もなくしてインターホンが鳴った。

「あ、会社の人かな?」

いってらっしゃい、というマコちゃんを部屋に残し玄関のドアを開ける。
その瞬間、私の目がカッと見開いた。

「こんばんは」

「こ、こ、こんばんは…」

うわああ!すっごいイケメン!すっごい私好み!
背が高くて眼つきも程よく鋭くて、恐らく着やせしてるだろう大きな体にスーツが似合ってる。そして眼鏡キターッ!

「製菓会社の者ですが、藍屋はいますか?」

「あ、兄は今留守にしてて…あ!すぐ帰ってくると思うので中で待っててください!」

(帰してたまるか!)

こんな私好みのメガネスーツ&攻め顔、なかなかいない。
これはもう、じっくり観察…見させてもらって、イケメンを堪能しないと!

(ふ…ふふふッ)

いけない、いけない、つい呼吸が荒くなってしまう。ここは腐女子である私を捨てて、リア充モードに切り替えなきゃ。

「あのぅ、お名前を聞いてもいいですか?」

「緒方です。よろしく」

「こちらこそぉ、うふっ」

兄貴の奴、こんなイケメンいるなら何で紹介しないのよ。全く気が利かない。

一緒に階段を上り二階の部屋に向かいながら、緒方さんをチラチラと盗み見る。
本当に素敵な人…きっと恋人いるんだろうな。優しくて髪がサラサラで、品もあって仕事もできる彼女が。
でも、ごめんなさい、さっきから想像する緒方さんは攻め顔ばかりなんです…腐っててごめんなさい。ふふ…ニヤニヤが止まらない。

「実は今、私の友達が来てるんですけど、良かったら兄が来るまでお話しませんか?会社の事とか色々教えてください」

緒方さんはふわりと柔らかく笑って「いいんですか?」と少し遠慮気味に言う。

(その笑顔、やっばい、やっばいっ!)

そんな事を思ってるとも知らない緒方さんを、半分強引に私の部屋に連れ込む。
ドアを開けた瞬間、マコちゃんがギョッとした顔をしてたけど、すぐに目の色が変わったのが分かった。

――やばい、萌える

――でしょ?

BLビジョンでマコちゃんとアイコンタクトをとる。このビジョンは同類にしか見えない…はずだ。

「藍屋にこんな可愛い妹がいたなんて知らなかった」

「やだぁ、私こそ兄貴…兄にこんな素敵な同僚の方がいたなんて知りませんでしたよ」

(本当にな!)

「あ、この間の新商品食べました。凄く美味しかったです」

「チョコレートかな。あれは藍屋と俺が企画したんだ」

「緒方さんが!じゃあ、明日から毎日買います!」

「はは、ありがとう。あ…そうか、藍屋はもしかしたら君の為に…」

「?」

「あのチョコを企画するにあたって、藍屋が糖分を減らせと言ってて。もしかしたら君の好みに合わせたのかもしれないな」

まさか、そんな訳がない。兄貴は製菓会社なんて一見可愛らしい所に勤めてるくせに、甘い物が苦手だったりする。
恐らく自分の好みで言った事だろうけど、今は…

「そうだったら嬉しいな、てへっ」

(可愛い妹を演じてやるよ!緒方さんの為になぁ!!)

「はっ――」

その時、ふと見たマコちゃんの顔がトリップしている事に、彼女が何を考えてるのかがすぐに分かった私も“同じ場所”に引き込まれた。




――静まり返ったオフィス…

乱れる吐息…

慣れた手つきでネクタイを緩め、相手を見下す緒方さん。

『一日中、物欲しそうな目で見て…そんなに欲しかったのか?』

『はぁ…っ、そんなんじゃ…』

『じゃあ、何だコレは?まだ触ってもいないのに』

『やっあっ、緒方ぁ…!』

嫌だと言う受けの事などお構いなしに、デスクの上に手を付かせ背後からせめる――




(いやあ!ダメ、緒方さん!美味しすぎる!!)

いつの間にやら目を開けたまま夢を見ていた私は、ハッと我に返る。

(妄想した後って何でこんな虚しいのかしら…)

昔、同級生の男の子が「オナニーした後って虚しくなる」と言っていたのを思い出す。それと似たような感覚なんだろうか。

(うわ…同じなのは嫌だ。気をつけなきゃ)

抑えられるならとっくに妄想などしていないのだが、そこは自分に言い聞かせておく。じゃないと隠れオタクにもなれなくなっちゃうから。

「あ、帰ってきたかも…」

その時、どかどかと階段を上ってくる足音が聞こえて、すぐに兄貴のだと分かった。

(兄貴ィ、もっとゆっくりしてくればいいのに!)

チィ!と心の中で舌打ちをして、表面は緒方さんに笑顔を向ける。
私が隠れオタクで隠れ腐女子である以上、この笑顔とは付き合っていかなきゃいけないのだ。

「おーい、男の靴あるけど誰の――うおっ!?」

「よう」

ノックもなしにドアを開けた兄貴が、緒方さんを見て目を丸くする。
私は緒方さんの手前、許可なくドアを開けた兄貴に引きつった笑いを向けるので精一杯だ。

「何でお前がここにいるんだよ!」

「私がお願して入ってもらったのよ」

「望、余計な事すんなよ」

「い、いやだぁ、お兄ちゃんったら。緒方さん折角来てくれたんだもの、お茶くらいださなきゃね」

言ってから自分が何も出して無かったことに気付いたけど、それはまあいい。
ムカツクのは“お兄ちゃん”呼びに兄貴がゾワッとしたという事だ。

覚えてろよ…。

「はあ…まあ、いいや。緒方、書類持ってこっち…」

ほらよ、とレジ袋に入ったお菓子を私に渡して、緒方さんを自分の部屋に連れてこうとする兄貴。緒方さーん!と心の中で引き止めたいのをグッと堪え、様子を見ていた時――

「髪、キャップのあとついてる」

「いいんだよ。こら、触んな!」

「ふっ…子供みたいだな」

「うるせぇ」

緒方さんの攻め…ステキで綺麗な指が兄貴の髪に触れる。
あのクールな顔が一気に崩れるとは…兄貴も兄貴で何、顔を赤くしてるんだ…これじゃまるで恋人同士じゃないか。

(緒方さ…ん…ダメ、そんな昆虫オタク…!図鑑見てニヤニヤしてるような奴なんてダメです!)

しかし、私の気持ちとは反対にマコちゃんのボルテージは最高潮に達しているだろう。何たって、この馬鹿兄貴を受けとして見れてるんだから。

(うっ…)

「うわああん!」

「「――!?」」

突然、嘆く私にここに居る全員が驚く。無理もない、恐らく同じ仲間のマコちゃんにもこの気持ちは分かってもらえない。

(何で、何で――相手が兄貴なんだよぉぉ!くっそも、萌えねぇー!)

腐女子にも色々いる。

オープンに自分の萌えを語る子、私のように隠して萌えを求める子…他にも理由はさまざまだ。そして好みもさまざまなのだ。

結局の所、私は身内には萌えられない腐女子で兄貴がつくづくムカツク奴という事だけは嫌と言うほど理解した…。

(後で八つ当たりしてやる…!)

何だかんだで仲が良い兄妹だと私以外みんな感じていたり、いなかったり。



END




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