皆に聞きたい。
同じ部署にできる男は二人もいらないと思わないか?
「これ以上、糖分増やしてどうするんだ!砂糖売るわけじゃねぇんだぞ!」
「お前の基準で考えるな、これはダイエット製品じゃない。そもそもチョコレートは甘い物だ」
菓子マーケティング部。ここは子供から大人まで好きな人は大好きな菓子を作る所。マーケ部は主に相談しながら商品の改良を進めていく部署だ。
オレは藍屋 柊人(あいや しゅうと)。このマーケ部の期待の星ともいえる人材。
そして生意気にもこのオレに反発してくるコイツは緒方 大一(おがた ひろかず)。ムカつく事にオレと同じ期待の星らしい。
コイツとは入社が一緒だが、どうも出会った頃から反りが合わない。
オレが右と言えば緒方は左といい、また逆もありな訳だ。
で、今まさに新商品の“相談しながら商品の改良を進めていく”の最中だが、相談なんて生ぬるい物ではない。
これはメンツをかけた戦争だ!
「ねぇ、俺はこのままでも良いと思うんだよね。だって美味しいし、見た目も可愛いよ?」
オレと緒方の間でのほほんとした顔で口を挟むのは瀬戸 智(せと さとし)。オレ達の先輩だ。
この人は顔がいい上に仕事もできるという「お前、ふざけんな!」と言いたくなるくらい、完全にサラリーマンを舐めたような人だ。
背も高いし愛想もいいしモテモテで、歩くフェロモンと言われている。どうやら彼に微笑まれたらイチコロらしい。
まあ、オレは過去に何度も微笑まれてるがフェロモンにかからなかったけどな。
「君たちは、この商品のどこが不満なの?」
「だから、もっと甘くして――」
「ふざけるな!もっと糖分を減らすべきだ!」
「「…ッ!」」
またも緒方と意見が食い違う。
オレが減らせと言ってるんだから、そこで納得しろよバカが!!…と心の中で奴に暴言を吐く。
(ムカツクんだよ!)
瀬戸先輩を間に、オレと緒方が火花を散らす。
緒方の顔に「ムカツクのはてめぇだ!」と書いてるのが分かるだけに怒りは増す一方だ。
「分かった。じゃ、君達にこの商品を任せるよ」
「「はぁ?」」
瀬戸先輩の口から出た予想外の発言に、オレ達は目を丸くする。
「二人は仕事できるし、そこまで商品に拘りもってるなら協力してやってくれたらいいなぁ」
「な、何言ってんですか?この商品は先輩がいないと…」
「そうですよ、俺と藍屋の二人じゃまともな話し合いができないですし…」
そもそも、コイツと二人で仕事したくねぇ!!
…というのが、オレ達の本心だ。
「だって俺、他にも仕事あるし…早く帰りたいし…」
「いやいやいや、帰る事考えないでくださいよ!」
この時期、帰れると思う方がおかしいくらい忙しいというのに、この人は何を言ってるんだ!?
「そういう事だから、よろしくね」
おお…でた、自然の力を味方に付けた笑顔。必殺、瀬戸スマイル。
何故か室内なのに瀬戸先輩にだけ光が差し込む笑顔の事を言う。
「あの、せんぱ…」
「あっ、そうだ。くれぐれも仲良くね?喧嘩したら、企画から外すように君達の上司に言っちゃうから」
「なっ――!?」
(鬼だっ!!)
この人は笑顔の仮面をかぶった鬼だ――!
「「くっ…」」
キッと緒方を睨みつけると、奴も同じようにオレを見ていてまたも火花が散る。
「あれ、喧嘩かな?」
「「――!?」」
会議室を出ようとしていた瀬戸先輩がクルリと振り返って圧を掛けてきた。
「いやぁ、何を言ってるんですか」
「そうですよ、喧嘩だなんて…」
「そう?ならいいけど」
オレ達の様子にニコリと微笑んで、今度こそ瀬戸先輩は部屋を出ていった…。
「……」
「……」
会議室にオレと緒方の二人。当然のように再び奴を睨みつける。
「おい、てめぇ…オレの足引っ張んなよ…」
「それはこっちのセリフだ。絶対に俺の邪魔だけはするな」
「ふざけんな!邪魔してるのは――うぉッ!?」
「何だ?…うっ!」
ドアの隙間からチラリと覗く瀬戸先輩…。
『け・ん・か・か・な?』
そう笑顔にそう書いていて、苦笑いと一緒に変な汗が出た。
「は…はは…」
これだから先輩も一緒に仕事してくれた方が良かったんだ。
無駄に監視が強くなった気がする。
(だが、良い機会かもしれない)
同じ部署にできる男は二人もいらない。
ここでハッキリさせておくいいチャンスだ。
「ふっ…まあ、よろしく頼むわ」
「…こちらこそ」
こうして緒方との戦争が始まった。