「いいか、今回の製品は10代から20代の女性がターゲットだ。年頃の子はカロリーを気にするんだよ」
「だったら尚更、女性向けに甘くするべきだ」
「……」
「……」
お互い、思う事は山のようにあるだろう。
まあ…緒方の言い分も理解できなくはない。
だが、やれダイエットだ、カロリーオフだのが常識の世の中で、女性をターゲットにした商品を出すには高カロリーすぎる。
おまけに口に入れた瞬間のあの甘さ。あれは繰り返し食べたいと思えない商品だ。
「あのう…間をとるというのはどうでしょう?」
おずおずと口を開いたのは瀬戸先輩が“監視役”に送りこんだ朝日 颯太(あさひ そうた)。
今年入社したばかりの企画部の新人だ。
どうやら、オレと緒方が喧嘩をしないための監視役に選ばれたらしいが、こんな事に人材を使う瀬戸先輩が理解できない。
「あのな、ほぼ商品は完成してるんだ。少しだけ糖分を減らせば解決すんだよ!」
「そうじゃない。そもそも藍屋が納得すれば開発の方も手間がかからない問題だ」
「瑠璃川(るりかわ)の所か…アイツなら今からでもなんとかなるだろ」
「ふざけるな」
何故、こうも意見が合わないんだ。
確かに時間はないが、良い商品をだしたいという気持ちは同じはずなのに…。
オレがムカツクのは、緒方の言ってる事も一理あると納得できてしまう事だ。
それは恐らく緒方も同じはず。
だが現状はどうだ。普通ならもう次の段階に進んでいてもいかしくないのに、真逆の価値観が時間と労力を無駄にしているじゃないか…。
だからといって、お互いに意見を譲り合う気はない訳だ。
(すげぇ、無駄な時間…)
「はぁ…無駄な時間だな…」
オレが思っていたのとほぼ同時に緒方が口にする。
お前がそう思ってるなら、意見をオレに譲ってさっさと次に進ませてくれ。
「あ、すみません」
突然、朝日が立ち上がりスーツから携帯を取り出す。
ディスプレイを見て「ええ!?」と慌てた声を上げた後、朝日は急いで着信に出た。
「はい、朝日です。はい…はい…えっ?今日!?いやぁ…でも…」
チラチラとオレ達の方を見ながら話をする朝日に嫌な予感がする。
(まさか、電話の相手は瀬戸先輩か?)
「失礼します」と通話を切った後、朝日はおずおずと口を開いた。
「あの…瀬戸先輩が、今日中に決まらなければこの件は流すと言ってます」
「はぁ…」
「やっぱり瀬戸先輩か…」
オレと緒方、どちらかが意見を譲らなければならないという事だ。
ここでオレが折れれば緒方に貸しができる訳だが、それが何のメリットになると言うんだ。
コイツに貸しができた所で楽しくも何ともない。
所が緒方は――
「分かった。今回は藍屋の意見に従おう」
「へ…?」
「本当ですか!?良かったですね、藍屋先輩!」
朝日のぱぁっと明るい笑顔の奥で、緒方は相変わらずのポーカーフェイスで書類に目を通している。
その姿がやけに落ち着いていて、何だか無性に腹が立った。
(何考えてるんだ、緒方の奴…)
今の今までこんなに自分の意見を押し通そうとしてたくせに、簡単に意見を変えられるなら最初からそうすれば良かったじゃないか。
それこそ、時間の無駄だろ。
(意見は通ったはずなのに、何でこんなにスッキリしないんだ…)
…こんなに意地になってた自分が無性に馬鹿らしく感じる。
その一方で緒方に対する謎の怒りは胸の中で強くなっていった。