ここはホストクラブQueenの一画。
華やかなホスト達の世界から少し外れたカウンターのあるこの場所が俺の職場。
「日下(くさか)さん、よろしいですか?」
「どうぞ、いらっしゃいませ」
バーカウンターにお客様と並んで座るのは、ナンバーワンの京介。
京介はQueenに来て間もないが、長い間ナンバーワンを張ってた世莉(せり)をあっさりと抜いた男だ。
その彼はただ今接客中。
「何にしますか?」
「京介と同じ物がいいわ」
「いいですよ、では…」
京介が選んだのはアルコール度数が割と低めのもの。
この後の営業を考えての事だろう。
注文を聞いた俺は「はい」と短い返事をして、作業にとりかかった。
ここはホストとまったりマンツーで話がしたいとか、静かな所を好む人なんかが来て酒を飲む場所で、俺はそこのバーテンダーをやっている。
「……」
注文を受けた酒を作りながら二人の様子に目を向けると、そこにはまるで別世界のようなキラキラした空間が流れていた。
(綺麗なお客さんだな…)
物静かで品がある。サラサラの髪が清潔感を漂わせて、そこらの男ならすぐさま抱きたいと思うほど良い女だ。
京介の客層は割とそういう人が多いような気がする。
まあ、そういう京介もかなり美形だから似た人を呼び寄せるのかもしれないが…。
「おまたせしました」
出来上がった酒を二人の前に出し作業に戻ると、ちらりと視界の端に京介を見て心の中で溜め息を吐いた。
(敵う訳がないよな…)
良い男の見本みたいな奴を目の前に、俺は自信を失っていくばかりだった。
人に言えない悩みは数知れず。
その内の一つがゲイであるという事だ。
親にも友人にもカミングアウトできないまま二十代も後半にきてしまった。
このご時世、ゲイだからと言って「それが何?」と思う人は少なくないだろう。
だが自分がその立場だという事で、寛大な人ばかりじゃない事も知っている。
俺にとって男性は性対象。
それは友情すら壊しかねない感情で、気軽に性癖を口にする事はできない。
それともう一つ…。
それは、俺がQueenの世莉(せり)に恋をしているという事だ。
この片想いはかれこれ一年になる。
京介が来る前は世莉が店のナンバーワンだった。
偉そうだけど華やかで、ちゃんと人の事を考えられる世莉に惹かれていた。
だが世莉はノンケだ。
おまけに本気にはならない宣言をしているようで、俺ですらその事を知ってるのだから有名な話なんだろう。
そんなこんなで告白もできないまま一年が過ぎてしまったのだが、この頃世莉の様子が違う事に気付いた。
これは完全に俺のカンだが、おそらく京介と世莉は関係をもってしまったと思う。
京介を見る世莉の目が今までとは違うんだ…甘くて、いつも傍に居てほしそうな目。アレは完全に恋してる目だ。
あんな目を俺に向けてほしかった…。
だが京介に勝てる自信など微塵もない。
年も俺より若いし、何よりあの顔はゲイの俺じゃなくても惚れ惚れするほど綺麗だ。
そんな京介に勝とうなんて到底思えない俺は結局、何もできないまま恋の終わりを迎えてしまった訳だ。
どのみちカミングアウトはできないし、告白なんか夢のまた夢なんだけど…それでも一度でも世莉を抱けたらなんて思ってしまう。
どう頑張っても世莉を抱くなんてできないのは分かってるのに、触れたくて堪らないのだから、自分はつくづく面倒な奴だ。
早く忘れなきゃと思うのに、忘れる事が寂しいと思うのは恋をしない自分に物足りなさを感じているからなのかもしれない。