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01




 青峰っちが練習をサボるようになったのはいつからだったかな。
 黄瀬はそんなことを思いながら、改札を出てすぐの、すこし影になっている柱にもたれ掛かる。
 疲れていただろうに、部活後の1対1に何度も付き合ってくれていたのが随分昔の頃に思える。
 憧れから恋に変わり、必死に想いを訴えれば青峰は戸惑いながらも受け入れてくれた。気持ち悪いと拒絶されることさえ覚悟していた黄瀬にとって、青峰が受け入れてくれたことは夢かと思うほどに嬉しかった。
 幼い恋愛をした。
 彼の強さに憧れて、あんな風になりたくて、彼とバスケをするのが本当に楽しかった。バスケをしていない時の彼はただの少年で、でもそれが新鮮だった。青峰と一緒にいるだけで嬉しくて、あの頃の自分はいつもにこにこと笑っていたような気がする。
 昔を懐かしんでいたら、ポケットに入れた携帯が震えた。
「…………」
 メールの主は青峰だった。電車を逃したから15分ほど遅れるという簡素な文面にため息をついて、『わかった、ついたらメールちょうだい』と書いて送る。いつも使うような顔文字や絵文字の類はつけなかった。
 溜息をついて、青峰を待つ。
 彼は、変わってしまった。

 バスケを愛する故に変わってしまった青峰を、黄瀬はどうすることもできなかった。 




「わり。待たせた」
「別にいっすよ」
「行こうぜ」
「ん」
 待たせたと言う割に、のんびりと歩いてくるのが青峰らしいと黄瀬は思う。
 自分は青峰を見つけたら条件反射で駆け寄ってしまうのに。最も、だからこそ彼はのんびりと歩いているのかもしれないけれど。
「今日は練習はなかったんすか?」
 半歩前を歩く青峰に、何気なく問いかける。
「あったけど?」
「出なくていいんスか?」
「あ? いんだよ別に」
「……そっすか」
 もうその話はするなとばかりに投げやりに返事をする青峰に閉口する。
 なんだか情けないような気持ちになった。
 話題だけなら沢山ある。女の子のこと、仕事のこと、服だとかお洒落に関すること、最近やっているドラマ、漫画やアニメ、ゲーム。
 けれど、青峰と一番話が通じ、盛り上がるのはバスケのことだった。
 それを拒絶された途端、黄瀬は何を話していいのかわからなくなる。
「…………」
「黄瀬は、今日練習ねぇの?」
「あ、今日は、保護者会で体育館使うから……」
 青峰に振られ、しどろもどろに返す。
「へー。つか、保護者会で練習潰れんだ。第二体育館とかねぇの?」
「あるッスけど……。今日はクラス単位とか、学年単位じゃなくて、全校単位だから。学年毎で一旦集まるから、体育館全部うまっちゃうんすよ」
「へー。変なの」
 おかしそうに笑う青峰に、黄瀬はッスよね、と笑って返す。
 バスケ以外の会話は、いまいち会話のテンポに自信が持てない。それでも、青峰が笑ってくれれば嬉しかった。
「お前今日どん位持ってる?」
「え? 一応多めに下ろしてはきたっすけど……」
「じゃぁ行くか」
「え」
 ぐい、と手を引かれて戸惑う。
 今日は買い物に付き合ってもらうハズだった。それなのに、青峰は繁華街からどんどん離れ、奥まった道へ道へと入っていく。
「あの、青峰っち……?」
「んー?」
「買い物……は……」
「後でいいだろ」
 事も無げに言い放つ青峰に、黄瀬は口元をもどかしげに動かした。
「ヤんの?」
「やなの?」
 問えば、逆に返される。
「嫌じゃないッスけど……でも俺明日朝練あるし……。あ、駅の向こうの公園にゴールあるんすよ、久々に俺青峰っちと1対1したいなーなんて……」
「黄瀬」
 明るい声で言ってみれば、苛立ちまじりの声に制された。
「俺は今日はバスケはやんねぇよ」
「…………」
「お前とバスケやったらサボった意味ねぇだろ」
 舌打ちまじりに言われて、黄瀬は思わずうつむく。
「でも……」
 尚も言い募ろうとした黄瀬の言葉を封じ込めるように、青峰の手に力がこもる。
「俺はお前と試合以外でバスケしたくねぇ」
「…………ッ」
「いいから行くぞ」
 バスケしたくない。その言葉に衝撃を受けて、一瞬立ち尽くす。
 青峰は舌打ちして、もう一度黄瀬の腕を引いた。黄瀬は、のろのろと足を踏み出す。
 バスケ、したくない。どういう意味だろう。黄瀬は麻痺した脳で考える。
 いつだったか、――たしか、中学の時。いつも1対1付き合ってくれて有難うと言ってみたことがあった。その時、彼は。彼はなんと言ったんだっけ。
 成長が見えて楽しいと、お前とやるバスケは楽しいと言ってくれなかっただろうか。
 自分とのバスケはもうつまらなくなったのだろうか。もう「やらなきゃいけない」試合以外では、やりたくない程に。
 唇が震える。
 ショックだった。
 彼に憧れていた、彼のようになりたかった。自分は決して弱くはない。彼が切望しているライバルに、自分ならなれるとすら思っている、のに。彼にとって、自分はライバルには成りえないのだろうか。
「……ぉ、みね、っち……」
 小さく呟いた言葉に、青峰は気づかない。
 そんなところにも、昔との差を感じてすくんでしまう。

 昔なら、彼は小さな声にも気づいてくれたのに。


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