堕落するくらいが

「いまどきちょっとレコードすら古いですよ」なんて口走ってしまったのがいけなかった。それもザ・マンさんの前で。なにしろここ最近いたく気に入って四六時中流しっぱなしにしているモーツァルトのレコードですら最近知ったばかりなのに、それを古いと否定されたら誰だってどんなものか興味が沸いてしまうものだ。わたしが呟いた瞬間の、ザ・マンさんのあの目付きったら、ネメシスさんやジャスティスさんに見せてあげたいくらいにきらきらと興味の塊だった。

いつも何を考えているかをまったく読み取らせてくれる隙すら与えてくれないくせに、自分の興味にはひとつも嘘をつけないところ、すきなんだけど、この日はちょっと憎んでしまいそうになった。なんだそれは、と一言だけ向けられた好奇が隠しきれていない声のトーンのあがりようがかわいくて、口のはしっこが上がらないように気をつけながら言葉を返すことに集中する。

「…あー、あの、あのですね…いや、レコードも決して古いわけではないんですけど…」
「ふむ」
「その…CDっていう…レコードよりコンパクトで勝手がいいやつがありまして」
「ふむ」
「あ…でっでも!まだまだ音質はおそらくレコードのほうが上だと思いますよ!」
「ふむ…」

ふむ、の一言だけで会話をこなしている…のはまあ、いつものことなので今更どうこう言うことはないのだけれども。一言一言トーンが違って、ほんとうにわたしの話を興味を持って聞いているのがわかって、滅多にないことに心臓がいつもより早く動いてしまうのはしょうがないと思う。

ザ・マンさんは3回目のふむ、を言ってからはしばらく顎に手を置いて、深く考え込んでいるようだった。

「なまえ」
「はい!」
「モーツァルトは…あるのか?」
「も、モーツァルト?」
「その…CDとやらにモーツァルトは入っているのか?」

ちらり、と擬音がつきそうなくらい好奇がこもった眼差しを向けられる。ザ・マンさんなんて、並の超人よりも一回りおおきいのに、いまの仕草はまるで小動物みたいで、口の端をあげないことにさらに一生懸命になってしまうので正直やめてほしい。

「うーん、音質とかもあるので実際にザ・マンさんが聴いてみたほうが早いんですよね…」
「…なまえ、わたしは人間たちが作ったレコード…というより音楽という文化がすきだ」
「はい」
「しかしわたしは超人墓場から出れぬ身」
「はい…」
「ある程度ここと地上を唯一行き来できる人間のおまえにしか頼めぬことだと思わないか」
「えっ」

ザ・マンさんはわたしの目をまっすぐに見据えて離さない。あ、えっと、と狼狽える隙も与えられず(狼狽えるなーッと脳内で誰かの声を再生してしまった)これは、もしかしなくとも、ぱ、パシリってやつだ!と理解するのにそう時間はかからなかった。

「それと、ついでにだ」
「なんでしょうか」
「なにか…他にはないのか」
「なにかと言いますと?」
「そうだ、なまえがいるのだからもっとはやくおまえに聞けばよかったと思ってな」
「?」
「音楽以外の人間の文化にも触れてみようと思う」
「え!」

思いもよらぬ言葉についおおきく声をあげてしまえば、そんなに意外だったか?と言わんばかりにザ・マンさんはわたしを見た。モーツァルトを教えたら音楽はモーツァルトが至高、と褒めたたえてひたすら没頭していたから、ほんとうに、ザ・マンさんも魅了したモーツァルトがすごいんだなあとばかり思っていたから、本人からそんな言葉が聞けるなんて思っていなかったのだ。

「でもあれですよ、人間の文化ならキン肉マンさんたちもある程度わかるでしょうし、わたしに任せるとわたしの好みに偏っちゃいますよ」
「構わない、それがいい」
「いいんですか!?」
「むしろ人間の文化ならいちばん身近な人間に聞いた方がいいと思うのだが…」

確かに。ごもっともらしいことを言われて、う、と固まる。いや、渋るのには訳があって。正直言って、不安なのだ。音楽以外の文化。たとえば、わたしの好みで漫画を選んで、それをザ・マンさんが読んだりする。そんな友達のようなやりとりを、こんな位の高い方がわたしとするのを考えて緊張するなというほうが無理があるし、なにより持ってきた嗜好品がザ・マンさんの好みにそぐわなかったら?と考えるだけで少しおなかが痛む。

痛み始めたおなかをさすっていたら、「む、CDもだ、CDとやらもモーツァルト以外にも聴いてみるのもいいやもしれんな」なんて呟くから、家にあるはずの流行りのアイドルのCDなんて元超人閻魔さまに聴かせられないよ…とさらにさする速さをあげざるを得なくなった。でも、それでもザ・マンさんが人間の文化に触れていくのは人間のわたしからしたらとっても喜ばしいことだし、お願いは無下にしたくはない。

「わ、わかりました…あの!その…嗜好品、わたしの好みになっちゃいますけど、大丈夫…ですか…?」
「構わない」
「む、難しいなあ…」
「そう気を病まなくとも良い。わたしはなまえと同じものを嗜んでみたいのだ」
「そ、そういうものです?」
「なまえと同じものを楽しめたらいいと思う」
「は、はい!わかりました!なまえ、精一杯探してみせます!」

びしっと敬礼みたく、かちこちな身振り手振りと共に声をあげたわたしに、一瞬驚いたような顔をしたかと思えば、ふ、と慈悲のこもった視線を向けられて、鼻の先からじんわり熱があがるのを感じた。
こうなったらすきなものをありったけ。週刊漫画雑誌に、すきなアクション映画に、からだに悪そうなスナック菓子に、スーパーファミコンに、色々持ってきてやろうと思う。そうだ、ゲームをやるなら、ついでにネメシスさんとジャスティスさんも誘ってみたいなあ。なんて、ちいさいコントローラーを握るおおきい超人3人を想像したらすこしおかしくて、口の端っこがあがってしまった。

我々の文化で閻魔さまを堕落させちゃおう作戦は、いまここにはじまったのであった。





2020.9.30


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