*過去捏造キャラ崩壊なんでもおkな方のみどうぞ
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『泣きもしない、甘えもしない。よく出来てはいるのだろうけど、気味の悪い子ね』
そんな声を聞いて、幼い彼も少なからず思うところはあっただろう。けれどその言葉が嫉妬から来るものだと冷静に理解していたから、無視し続けていられたのだ。 神童ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに反抗期と呼べる期間は無く。 ただ一度、その才能が完膚なきまでに破壊された時しか彼が涙を落とすことは無かった。
「あなたねえ、少しは言い返したらどうなの?」
幼い彼、笑わない彼に告げられた一言。 開口が先か邂逅が先か。燃えるような赤毛にルビーの瞳、赤薔薇の棘を含む言葉。少女の全てが鋭い矢となって心臓を貫いたような心地だった。きっとこの日の事だけは何があっても忘れないだろう。彼は彼女に恋をした。
「い、言い返す、とは」 「あれだけ好き勝手言われてるのよ?悔しいとは思わないのかしら」
思い返せばその頃の彼女はまだ表情豊かで、名家に生れついた次女の悲運など知らず、いきいきと彼に話し掛けるのだった。
「貴方が行かないなら私が行くわ」 「ま、待ってくれ!誰がそんな事を頼んだと…」 「あら、私がやりたくてやるのだから、貴方にどうこう言われる筋合いは無くてよ」
絶句した。
彼にとって才能とは嫉まれるものであり、羨まれるものであり、けして誰かに守られるようなものでは無かったから。それも、こんな少女に。
その日を境にケイネスは変わった。
惚れた少女の手を患わせる事の無いよう、愛想を振り撒くようになった。子供らしい笑い方を覚えた。作り笑いではあったが、周りからは可愛らしい優等生に見える。日に日に新しい表情を得て、成長して、昇進していった。ロード・エルメロイと成り得たのは神童と謳われた実力のおかげだけでは無かったのだ。
しかしそれに反比例するように、ソラウは感情を失って行く。
大人になるにつれ嫌でも彼女は自覚させられたのだろうか。この家に産み落とされた意味と、いつまでも子供の様にはいられないと言う現実を。立派な道具になる為の教養、周りの顔を伺わなければ在り得ない淑女という将来。自我を手折り個性を殺し、荒削りの家具を値の張る調度品へと仕上げるように自分を磨く。過酷な痛みに叫ぶ心にすら気付く事は無く、少女は女へと育てられた。
そんな彼女を見つめるただ一人の男は、きっと彼女以上に心を痛めた事であろう。 自分を奮い立たせた瞳が光を失うのを、可憐で暖かかった笑顔が氷のような美しさを孕むのを、誰より近くで見ていたのだ。
「ソラウ、今日も君は美しいな」 「ありがとうケイネス」 「…愛している」 「ええ、ありがとう」
勿論その様子をただ眺めていただけでは無い。ケイネスは必死に幼かった頃の彼女を取り戻そうと努力した。
「私を愛してはくれないか」
もし少しでも彼女が彼を好いていたなら、自分を政略結婚の駒などとは思わなかっただろう。
「今日は映画でも見に行こう」
もし彼女を心から笑わせ喜びを教える事が出来たなら、彼女は自分という存在が生きる意味を見出だせただろう。
「ソラウ、」
もし彼女が彼の言葉で傷付き、涙を流したなら───反抗心という小さな痛みを、彼女は感じ取る事が出来ただろう。
「……いや、何でもない」
……たとえ天と地がひっくり返ったところで、彼がソラウを傷付ける事など言えるわけも無かったが。
そうやって、ケイネスは勉学や仕事の合間を縫っては何度も彼女に会いに行った。 その顔を一目見ようと、プレゼントを両手に抱え、一人の婚約者に裂くには大きすぎる時間を捧げたのだった。
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