天使なんかじゃない |
/帝光高校2年、青峰大輝。そして季節外れの転校生、黄瀬涼太。
 ふたりの出会いが、ふたりの想像し得ない過去を、掘り起こす――――。
/お友達からお誘い頂き、ピクシブにて"エア青黄祭!"なるものに参加させていただきました。
/エア新刊のサンプルですので、半端なところで終わっていますが、続きはありません〜〜





 俺の母親は鉄の塊だ。スチールに、ステンレス、そして塩化ビニール、ポリエチレン。
 正立方体に区切られたそこが俺の納まっていた胎内で、産声を上げた場所だ。金額は300円。俺のいのちにかけられた値段、300円。
 今もあの暗闇を覚えている。




 青峰大輝の親は人ではないらしい。
 咄嗟のブロックに駆け寄った黒子をものの見事に吹っ飛ばして、華麗なダンクからの着地をしたとき。板張りのコートにひしゃげた黒子はそれは恨めしそうな声で唸った。
「なんなんですか、君の親はアイアンマンかなにかですか・・まったく。」
 青峰にかかれば黒子のなけなしのディフェンスなど、紙切れと同意である。嫌味たらしく打ち付けた背中を撫でる黒子に手を差し出してやりながら、その慣れた悪態にも平然と返してやる。
「そうかもなぁ。確かに、紙っぺらのお前からすりゃ俺は鉄装甲かもな。」


 コーチの笛に学生たちはコート中央に召集され、体育館は一時の静けさを得る。週半ば水曜日の練習では一軍とそれ以外では体育館を別れての別メニューとなる為、いまここに集った人数は20にものぼらない。大会で選手登録され実際ベンチ入りが許されるのは15人までであり、夏季大会予選を目前に控えるチームは、既に選手を篩に掛け終わっている。
 ここに残されたメンバーが今夏の帝光高校のベストメンバーである。サポートメンバーとして、レギュラーが万が一怪我をした場合のリザーブや今後の成長を見込み経験を積ませるつもりで15人にプラスして幾人かを含めての一軍となるが、広い体育館を占領するにはやはり、少々贅沢な人数であることに変わりはない。今もシンと静まった館内で、コーチの声がたったひとつだけピンと発されている。隣の第3体育館の喧騒とは雲泥の差である。しかし、未だ学生とは言えこの選手たちにはその価値があると、監督・コーチ、引いては学園――そして高校バスケ界が、認めているのだ。

 帝光高校と言えば都内有数のマンモス校であるだけでなく、スポーツの超名門校としても有名であった。否、この高校の名を知る殆どの者が何かしらの部活動の名前を共に挙げるであろうことから、マンモス校であるとかそこそこの進学校である、ということはこの高校に於いてはたったの付加価値でしかない。
 ある者は帝光野球部を、ある者はサッカー部を、ある者は水泳部を陸上部をラグビー部を、柔道部を剣道部を空手部を挙げるだろう。そしてある者は、バスケ部、とも。
 全国クラスの部活動を幾つも抱えたこの高校は、必然に広大な敷地を持ち、その大半を部活動の専門施設に割き、高水準の設備を誇っていた。それを求め地方から"部活留学"して来る者も少なくはない。
 帝光バスケットボール部もその背景に違わず、100人以上の部員を抱える超強豪部。この場に集められた限られたメンバー達は、つまりそれらの現時点での頂点、という訳だ。そこらのただの部活生とは目の色が違う。すでにプロフェッショナルに近い意識でそれぞれ部活に取り組んでいる。

 予選も間近となり、心地よい緊迫が体育館内には漂っていた。コーチの指示に従い選手達は散開する。
 マネージャーらに渡されるビブスに首を通しながら、同じカラービブスの緑間に声をかけようと、青峰は顔を上げたところでふと視線を曲げた。
 視界の端になにかが映り込み、それが近頃見慣れてきたあの色をしていることに、気が付いたからだ。
(――また、きてる。)
 バスケ部レギュラーのよく使う第4体育館は施設の中では比較的新しい部類で、サイズ的にも普通の体育館よりもひと回りほど小さいため一応、一応、冷暖房完備ではある。これはおそらく偉いさんらなんかを集めての集会や講義会・保護者会の時に備えてなのだろうが、その恩恵に学生身分が預かれるか、と言えば当然そんなことはない。他と同じくこの体育館も夏閉め切れば蒸し風呂、冬開け放てば極寒の絶妙な不便さだ。
 しかしこの大会追い込みまでの大事な時期、無駄な野次馬を沸かせて選手の集中を乱したくはない。だから大会期間中などは体育館の分厚い扉は常に閉め切られ、ご丁寧なことに扉前に簡易の立て看板まで設置される。――御用の際は職員室まで、と。雑誌社の取材に他校からの偵察、おせっかいなOB共や後援会の面々にミーハーな女生徒、などなど。近年でもとくに優秀なメンバーを揃えた今バスケ部の注目度は高い。
 青峰はそんな周囲の反応なぞ基本的に右から左・・・どころか耳にも入らぬ質なので気にしたことはなかったが、今まさに声をかけようとしていた緑間などはなかなか神経質なタイプであるから、居てもプレイに支障はないが居ないに越したことはないな、といつだか言っていた気もする。その言葉の内には恐らく、ライバル校にこちらの情報をわざわざ漏らして対策をさせる謂れもなし、との意見も含んであっただろう。
 青峰としてはどれもどちらでもよく、群がってくれば無視するか追い払えばいいし(青峰は自身の容姿の利点をなかなか上手く活用出来ている、無意識で)、情報が漏れたとてそれ以上の力で叩き潰してやればいい。ついでに相手のプライドもポキン、だ。
 青峰にとって部活中とはただバスケをするためだけの時間であり、周囲に目を配る必要性など欠片も感じない。青峰は高校2年目にしてようよう、扉の閉め切られた体育館で空気の換気を行っていたのは全て開け放たれた窓のお陰であったことを知ったくらいだ。
 ――その、窓。
 地上よりも1mいくつほどか高い体育館の床に接してズラリとあるすべて開け放たれた窓の向こうで、ひとつの影が揺らんでいる。
 近頃、よく見るようになった色だった。青峰がその影に気付いたのは偶然で、なんとなく、ほんとうになんとなく目線がそちらを向いた時、見付けたのだ。あの風にそよぐ色を。




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