スタンド・アップ2


 緑間の、「やはり、なにも変わっていないのだよ」という、その言葉がすべてを表していた。
 現在イギリス留学中の赤司は残念ながら今回の召集には帰国叶わず、故にまとめ役を欠いた面々は相応にハメとタガを外しきっていた。
 会わぬうちに皆それぞれ成長し、立派な大人へと変わっていた。そのことを再会したメンバーそれぞれに感慨深く、嬉しく受け止めてはいた。しかしやはり、どうしても変わらぬ部分と言うものはあるもので、緑間が呆れたようにその言葉を口にすると、誰も彼もが思わず苦笑とともに頷いてしまった。
 言い返す言葉もねえな、火神がその真っ赤な頭を掻いて呟いた。


 久しぶりの馴染みのメンバー大集合に、やはり一番テンションを上げていたのは黄瀬と、そして桃井の乙女コンビであった。きゃあきゃあと女とまったく同じテンションで抱擁を繰り返す黄瀬に、周囲は生暖かい目線をくれてやる。
 青峰も度々思っている事であるが、この黄瀬とランウェイを颯爽とゆくあの黄瀬との落差たるや、相当なものであった。
 190オーバー続出の大変目立つ集団ゆえ、一次会は特にプライベート性の保たれた個室の飯屋にて開催された。青峰と黄瀬のふたりは、畳へ直座りすることへなんとも言えぬ感動を示している。
 そのふたり以外は、これまでもちょくちょくと個々に交流はあったらしいが、ここまでがっつりと再会の場を設けた事はないらしく、そういえば高校卒業以来の集合であるのだから、こうして酒を酌み交わすということも初めてということになる。
 青峰と黄瀬のふたりが、覚悟を決めて連絡を断ちひとり挑戦し続けていたように、同様の雰囲気が日本に残った者たちのなかにもあったのだという。
 全く会わず連絡もせずという、そこまでの頑さはさすがになかったが、それでも多くが大学に所属していた頃の特に4年の間は、音信不通に近いこともあった。
 皆、それぞれに孤独や打ち込むものの為にひとり向き合い、努力し、そしてなにかしらの手応えを掴んだのだろう。最近になってやっと、しばし連絡を取り合う事も増えて来ていた。
 それを聞いて、青峰も黄瀬も、戦うフィールドは違えどみんな同じようにこの数年間をがむしゃらに突っ走って来たのだと、理解する。
 やはり自分たちは仲間なのだなあ、と胸に迫るものを感じていた。

 会の最初はやはり、久しぶりの帰国になるふたりの近況や、これまでの話が大きな話題になって、青峰の話には特に火神が大いに心を揺すぶられたようだった。
 火神と紫原は、現在日本プロバスケットボールリーグ――bjリーグにてプレーをしている。昨季までは同カンファレンスの別チームに所属していたが、今季からは紫原の移籍によって東西カンファレンスに所属が別れ、その両チームともがプレイオフを勝ち上がると、それはもう凄まじい決勝戦を演じたらしい。
 近年の、日本バスケの地位向上にこのふたりはとてつもなく貢献している。

「ふぇー!じゃあ紫原っち、最優秀賞ダブル受賞っスか!」
「そーそー。いぇ〜い」

 bjリーグには、"プレイオフ最優秀選手"と"レギュラーシーズン最優秀選手"というふたつの最優秀選手賞があるのだが、それを紫原は今季、ダブル受賞したという。
 黄瀬はその瞳を目一杯キラキラさせると、羨望と尊敬の眼差しを紫原のその相変わらずの巨体に向けた。

「クソッんな自慢聞いてると、改めて悔しくなってくるぜ」

 そんなふたりのやり取りに悪態をつくのは、今季はまさに眼前のトロフィーをかっ攫われたかたちになった、火神である。
 昨季はレギュラーシーズン最優秀選手、昨々季はプレイオフ最優秀選手と連続して獲得していた火神なのであるが、今季はそのどれもを逃してしまった。
 その様子を紫原がしてやったりの顔で笑うと、これ見よがしにVサインを掲げて見せる。

「ふふーん、ガミちんは最近調子のってたからね。俺がその鼻へし折ってやろーと思って〜」
「調子なんて乗ってねーよ!青峰じゃあるまいしっ!」
「っおい火神!関係ねぇとこに引っぱり出してんじゃねーよ!」
「俺に勝てるのは、俺だけだ・・・・」
「テツてめぇなにボソッと余計なこと言ってやがるッ」
「何も言っていませんが。もうお酒まわりましたか?」

 紫原と火神は今季の自身の成績を片っ端からあげだし、青峰と黒子は相変わらずの言い合いを始めてしまう。
 その間で黄瀬は、「えー!火神っち得点王スか!すげぇ!」「おお!紫原っちブロックショットも最多取ってんすか!かっけぇ!」やら「黒子っち、そんなホントの事言っちゃダメっスよ!」「青峰っち、過去は過去っスから諦めて!」などと忙しなく双方に絡んでいっている。
 そんな黄瀬の隣で、緑間は相変わらずであると、自身もかつてと同じ溜め息を吐いていた。
「緑間っちは、お医者さんなんスよね?」
 黄瀬がふいに振り返り緑間に尋ねる。弱くはないのであろうが、赤くなり易いらしく黄瀬の頬はすでにピンク色であった。
「そうなのだよ。ただまだ臨床研修期間なのだよ。」
 緑間は、無事医学部に合格しそこで6年間の医学部課程を終えると、その後見事に医師国家試験に合格、現在は絶賛研修医中である。

「うわぁ、研修医ってちょー大変なんスよね?今日大丈夫だったの?」
「ちょうど休日だったのだよ。それに、久しぶりにお前にも会えると聞いてな。」
「わ、わわわ・・っ緑間っちのツンが緩和されている・・・!」
「?」
「な、なんでもないっス!も、桃っちは大学院に行ってるんスよね?」
「うんそう!研究室に残らせてもらってるの〜来年からは、ムっくんとこのチームに採用して貰えそうなの!」

 桃井は、大学に残って研究を続けながらも、現在就職活動中である。
 やはり自分は現場向きであると、閉鎖的な研究室内でほとほと実感したとか。

「てことは、来年からは大阪?」
「ふむ。高尾とも一緒なのだよ。」

 今季より新潟から大阪のチームへと移籍した紫原は、大学卒業後からすでに大阪に渡っていた高尾和成とチームメイトになっていた。
 高校時代を知っていると、なんとなく不思議な組み合わせではあるが、いいコンビを築いているらしい。
 因みに大阪は前年度リーグ覇者でもあり、つまり今年も続けて優勝した事でV2を達成した、リーグ屈指の強豪チームである。そのチームへの紫原の移籍は、大型補強として当時相当に騒がれた。

「そっか!カズナリくんも大阪だっけ〜」
「ふふ、そうなのー!また本採用ではないんだけどね、シーズン始まったら、試用期間で何回かお手伝いさせてもらうの。久々だから楽しみなんだー!」
「いいっスねいいっスねー!俺も皆の試合見に行きたいっス!」
「来なよー!きーちゃん忙しいだろうけど、待ってるね!」
「うっス!ぜったい行くっス!あ、桃っちもショー見に来てよ!」
「えーー!そんなの行く行く!日本には、東京コレクションの為に帰って来てるんだよね?」
「それもあるけど、実はガールズコレクションの方にも、シークレットゲストで出るんスよ。」

 これはまだ秘密ね、と人差し指を立てながら黄瀬はこそっと言う。
 桃井は女の子であるから、そちらの方に誘った方が良いかもしれないが、その東京ガールズコレクション開催は実は既に明後日に迫っている。
 席を確保出来ない事も無いが、シークレットゲストとしてほんの少し登場するだけの黄瀬が、そういった無理をお願いする事はなんとなく憚られた。
 桃井の予定も聞き、結局は青峰も事前に招待している東京コレクションの方に来て貰う事となった。
 緑間も、意外な事に興味を示していたのだが、やはり研修医としてフル回転中の彼では予定を合わせる事は無理そうだった。
 そんな会話を、うるさい周囲と別にほのぼのとかわしていた所に、いつものように黒子がぬっと唐突に現れる。
「うわ!黒子っちいつから!」
「3分程前からです。ところで、」
 黄瀬は、そんな黒子の存在感の薄さを妙に懐かしんでにやけてしまう。そしてそんな黄瀬の反応をまるっと黒子がスルーするのもかつてよりなにも変わっていなかった。
「黄瀬くんのお仕事現場には、僕も興味があります。」
「えっ!!!!」
 これには、言わずもがな黄瀬のテンションは一気に鰻登りである。まるでジブリアニメのように鳥肌で髪を逆立て出すんじゃないかというような興奮顔で、矢継ぎ早に黒子の予定を聞き出した。

「いつがいいっスか?黒子っちの予定が開いてる日なら、何が何でも席押さえるっスよ!!」
「いつでも結構ですよ。」
「えっでもお仕事とかある・・」
「いえ、僕いまニートですので。お気になさらず。」
「あっ・・・」

 一瞬、ひややかな空気がその場には流れた。

「あっそっいやっ、」
「な、なに言ってるのテツくん、テツくんは立派な物書きさんじゃない!」
「そ、そうなのだよ。立派な職業なのだよ。」
「いいんですいいんです。僕なんて物書きと名乗るにはまだまだとても。」

 一気に酔いの引いたなかで、どうにか黄瀬が雰囲気を取り戻そうと元気な声をあげる。
「ええと、じゃ、じゃあ青峰っちと桃っちと同じ日にしとくねっ!」
「はい。お願いします。」
 黒子は現在、編集社のバイトをしながら物を書く生活を送っている。大学卒業後、その編集社主催の文学賞にて特別賞を受賞した黒子は、担当を付け今後の作品発表に向け、日夜下積み中なのである。
 自虐的にニートなどと言ってはいるが、確かに現在の黒子の生活は裕福なものではなくとも、それでも編集社からはその才能を高く評価され、将来を見込まれこうして社でアルバイトとして迎え入れるなどサポートを受けている。
 バスケの経験を買われ、社のスポーツ系雑誌にちょっとした批評を載せたりもしているようだ。
 黄瀬は、調子を取り戻すとそんな黒子の話を興味深く聞いた。

「すごいっスねえ・・雑誌に出るって言っても、俺のほうは写真でだから、またちょっとちがう世界っスね。」
「そうですね。でも、業界としては同じですから。あんなところで黄瀬くんは中学の頃から仕事をしていたのかと思うと、僕としたことが思わず黄瀬くんを尊敬しちゃいましたよ。」
「よ、よろこんでいいのかどうか、微妙な言い回しっスね・・・」
「どうぞ喜んで下さい。リスペクトの気持ちは、本物です。」
「く、く黒子っちのツンまで・・・・・・!!」

 黄瀬は、かつての自分へ対する緑間や黒子のツンツンな態度を思い返しては、妙な感動の仕方をした。彼らも大人になって黄瀬に寛大になったのだ、と。その感激の仕方がいかに哀れなものであるか、黄瀬自身にはこれっぽちも自覚はない。
 今も、黒子からなんとも言い難い眼差しを送られている事に黄瀬が気付く様子は無い。
 桃井がその様子を、苦笑をもらして見守っていた。

 いつの間にやら言い争いから飲み比べへと発展している火神と青峰のもとから、紫原が非難してくる。
 体育会系のノリ丸出しのふたりは、どんどんと杯を重ねては既にいくつかのジョッキを周囲に転がしている。
 青峰などはとくに、アメリカの屈強な仲間どもに鍛えられて、相当な酒豪へと順調に成長していたのであるが、火神の方はそういう訳にもいかぬのか、すでに顔を真っ赤に染め上げている。あの調子では髪の毛との境目が分からなくなりそうですね、の黒子の言葉から、黄瀬と黒子の両名によってふたりのジョッキは取り上げられた。青峰のほうも、強いとはいえそこそこに酔いが廻ってきているのか、火神との言い合いも英語混じりになってきている。

「はいはーい、青峰っち、ここは日本でーす。ジャポン、ジャポーン!」
「・・・・その無駄なフランス発音、ムカつくな。」
「えっちょま、ぎゃーー!いたっいたたたた!」
「火神くん、吐くのならさっさとお手洗いに直行して下さい。可及的速やかに行動を願います。」
「く、黒子お前・・ちょっとは心配しろよ・・・・、」
「 な ぜ 」
「わあ〜もうもう!そろそろお開きにしよっか!ねっ!皆大丈夫!?」
「え〜待って桃ちん、俺まだデザート食べてなーい。」

 まとめ役を欠いた面々の有様といったらもはや溜め息しか吐けぬ状態である。
 この場に赤司が居なくて果たして良かったのが悪かったのか。
 大きく息を吐いた緑間は、呆れ返ってこう発言した。


「やはり、なにも変わっていないのだよ。」


 桃井の号令でそれぞれ財布を取り出していた面々が、揃って苦笑した。



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