フォー・デイズ・アゴー

/フォー・デイズ・アゴー
 the day of happy

 肋の凹凸に沿うように舌を這わす。今日はとくに丹念に、この身体を味わいたかった。なんせこうして愛し合うのはおよそ1ヶ月ぶり。黄瀬に直接会うのも、こいつがドイツやらへ仕事に出ていたお陰で1ヶ月ぶり。確認するように、チェックするように、兎に角隅々まで隈無く検査するのが今夜の俺の役目。まさに、使命!
「は、ふぅ・・んっ」
 俺が舐めるとともに、黄瀬が息を吐いて俺の頭を抱えた。汗ばんだ頭皮をやさしく揉んで、短い頭髪を丁寧に撫で付けた。慈しむようなその手が首元まで伸びる。肩、鎖骨、肩甲骨。それとともに俺も腕を下げていく。胸、腹、骨盤。
「あ、」
 甘やかな鳴き声。腹筋に沿って舌を下降させて、仕上げのように臍の周りをぐるり一周した。これでまず、一段落。足の爪先も膝の裏も脇の窪みもぜんぶぜんぶ一通り口に含んだ。あとは――尻の肉を分け入った、そこだけ。
「ん、ぁ!・・あおみ、ち、」
 腰の下に枕を詰めて尻をあげさせる。仰向けのままだから黄瀬は少し苦しそうに顔を歪めたが、しかし拒否はしなかった。恥ずかしそうに白い脚を揺らめかせて、股の間に収まった俺の頭を太腿でそっと挟み込む。
「ぅん、んっあ、はぅ・・っ」
 這い上がる羞恥と微弱な電流のような快感に耐えるように、きゅっと爪先を丸めては開いて、丸めては開く。その足先を手で弄りながら俺は口内に溢れ出た唾液をすべてそこへ注ぎ込むつもりで舌を捩じ込んだ。
「あ、」
 掠れた声をあげ、黄瀬の太腿がぶるぶる震える。丁寧だった黄瀬の手先がどんどん切羽詰まったものになっていって、撫で付けるだけだったものが一転、俺の髪を引っ張り縋り、乱暴になる。
「こら、いてぇ」
「っはぁ、ん、だって・・!」
 黄瀬は、こうして感極まりだすとだって、だってと言い出すんだ。迫り来る大波のような快楽に、焦がれながら恐怖し、恐れながらも期待する。嵐を待ち望むサーファーみたいだ。けれど何事も器用にこなせるはずの黄瀬は、この痺れる快楽の波には器用に乗る事ができない。ひどく、不器用に。俺の腕の中へと溺れてゆく。
「あっぅ、んん!あおみねっち、しびしびする、すよぉ・・!」
「っは、なんだしびしびって。なに?キモチヨスギテ?シビレてオカシクなりそうって?」
「う、ん。うん、うん・・・っ」
 ああ、これは半分俺がなに言ってるか分からず頷いてんなー。でも、だからって嘘でもないんだろう。だってその証拠に、黄瀬のちんこはもうビンビン、ビショビショ、ダラッダラ。こいつは自分で処理するのが好きじゃないから、どうせまたこの1ヶ月碌に触ってもいないのだろう。俺なんて、黄瀬にやらせたい事リストまで作って上からぜーんぶ妄想補完してったっつの。
 黄瀬がたまらず、と目を瞑る。しかしそれを俺は許さない。
「だめだ」
 無理矢理瞼を撫ぜて瞳を開かせる。お前は、俺を見ていればいい。
 ――ひと月会えていなかったというストレスが、もはや限界まできていることを俺は自覚している。いつもよりも、どこか焦燥とした気持ちが俺の心を焼いていた。理由はよく分からないし、明確な理由などきっとたぶんない。ただどうしてか、今すぐに黄瀬という存在が隅々まで、余すとこなく、丸まま全部が、俺のものだということを実感したい。
 だから黄瀬、お前は今夜、俺から目を逸らす事は許されないんだ。
「 すべてを見逃すな 」
 俺も、お前のすべてを見届けるから。

 じっくりと解した穴は、俺を呑み込むことを待ち望んでとろとろと溶け出している。
 はしたなく涎を垂らすその口に、俺は勿体ぶらずに熱い杭のように固くなったそれを押し当てた。黄瀬が恍惚としたような吐息を漏らす。もはや視点を定める事も危うくなっているべっこうの瞳。ぼう、とした黄瀬の頬を掴んで意識を引き戻すように少し乱暴に引き寄せた。
「俺を見ろと言ったろ。」
「・・ぁ、」
 快感にまどろみ過ぎた意識から、はっと覚醒するように瞳が焦点を取り戻した。
 そう、それでいいんだ。
 ――――見詰め合ったまま、ぐっと一思いに腰を侵入させて。その衝撃に震えながらも俺たちは決して瞳を逸らさず互いを求め続けた。
「っあ!ああ、ぁは・っん」
 黄瀬の眉がしどけなく垂れ下がって、縋るように口を開閉させてなにかを俺に訴えてくる。その言葉にならない声が俺の脳に直接響き渡るように届いてくる。(きもちいい、きもちいい、おかしくなりそう、あおみねっち、きもちいい、すごい・・)キャパオーバーを起こし出している。でもそれでもいい。ひたすら黄瀬のナカを俺でいっぱいにしていたい。
「っき、せ。きせ、」
 少しだけの身長差。俺たちの間にはかつてと変わった事も変わらない事も色々あるが、この数pの差は、ずっとずっと変わらないもののうちのひとつだった。
 抱き締めたなら、ちょうど俺の唇に寄る変わらないまろみの額。
 そこを食んで。舐めて、啜り尽くして。ゆらゆらさせているべっこうを飽かずに見詰める。
「俺をみろ、俺を見てくれ、」
 もう、黄瀬に返事をする余裕などないことなど知っている。しっかり俺の声が、言葉の意味が理解出来ているかもあやしい。荒れ狂う快楽と悦の震えに翻弄されて。
 それでも。瀬戸際になってでも、いつまでも俺を見詰めていて欲しい。黄瀬をこんなにまで追い詰めてぐずぐずにしているのは俺なのに、なんて我が儘なことだ。しかし、黄瀬、お前はな、俺をただ見詰めていれば良いんだよ。
 その瞳で。その瞳で。
「みろ、きせ、見てろ、」
 この焦燥がどこからやってくるもので、そしてどこへ去ってゆこうとするものなのか。その詳細は俺には分からない。
 でも、ふいになんの原因もなく、不安になることって、誰にでもあるだろう?俺だってNBA選手とかそんな付加価値をすべて取っ払ったら、ただの無防備で脆弱なふつうの男でしかない。
 ただ、会えなかったひと月の間、俺はなんとなく、考えてしまった。嗚呼、俺たちふたりを繋ぐ、明確なナニカってやつは、ほんとうになにもないんだな、と。
 普段だったらそんなこと考えもしないのに。たとえば婚姻届とか、夫婦の戸籍とか、同じ姓とか、子供とか。そんなものがなくたって――いつもであればそう、言い切れるのに。
 タイミングの悪い事にその時黄瀬がそばに居なかったもんだから。だからたぶん俺は、この赤ん坊のような癇癪を拗らせた。
 そしてその捩れを元に戻せるのは黄瀬だけだと確信しているから、こうして盛大に甘えてみせている。俺は捻くれている。自覚している、俺は黄瀬に関する事となると、ずいぶんへそ曲りなんだ。
「きせ、きせ、」
「あ、」
「きせ、俺を見ろ。」
 目を開いて。俺だけをずっとその視界に収めて。
 そうして俺に溺れてゆくさまを逐一見届けさせてくれたなら。きっとこの気も済むからよ。
「俺を見ろ!」

 力が入らず閉じかけていた瞼が、ふるりと震えて再び持ち直した。そしてゆっくりとその瞳孔の焦点を俺に押し当てる。みている。

「みて、ぅよ。」
 それはつたない、熱に浮かされながらもどうにか絞り出された、小さな声だった。
 ――みてなかったことなんて、いちどもない。
 そう、僅かに微笑んだ黄瀬が囁く。俺は、言い様のない幸福感に包まれる。
 俺をやさしく抱き締めたこの腕を、俺はいつも、あのリバティーに佇む女神のようだとも、天使のようだとも、無二のようだとも思っている。



「あ、ぁっあ、あ!」
 堪らない、と首をイヤイヤ振る黄瀬は、オカシクなりそうな自身の身体のすべてをひとりでは抱え切れず、縋るように俺に抱き着いてくる。
「ふぁっは、んや、やぁだ・・っも、も、や!」
 おかしくなる、おかしくなる、とそう言葉にも出来ずに、ただ首を振る黄瀬はもはや理性がすべて吹っ飛んでしまっていて、なにがなんだか、ただひたすらに迫り来る快楽に戸惑っているようだった。
「イヤイヤ、ばっか言って、ん、じゃねー・・っ!」
 これではなんだか、俺が無理矢理ヤってるみたいではないか。
 今晩何度目かも分からぬ射精をすでに済ませた黄瀬は、もう苦しいほどに大きくなった快感に身体へ力を込める事さえ出来ない。
「あは、あぁ、っあ、や、あ」
 それでも、俺はとまることが出来ない。尽きぬ情欲が、どこからどこから、底を見せず沸き上がってくる。
 黄瀬が長い仕事から帰ってきた直後で、ただでさえ疲れきっていることを承知している。家のソファにひと月ぶりに沈んだとき、こいつはすでにもうぐずぐずのへとへとだった。それを俺はよりいっそうのぐずぐずに、へとへとに、追いやっている。時刻はそろそろ空が白み始める頃合い。昨晩からずっと、驚く事に俺たちはこうして繋がり続けている。まるで盛りのついた猿。俺たちがというか・・・、俺が。
「あああ!あっまたぁ、またいくぅ、う」
 悲痛な叫び声のような喘ぎも、掠れて、すいぶん擦り切れてしまっている。ちょーっとかわいそう、なんて思わない事もないが、でも狂ったように善がる黄瀬を眼前にして俺はもうアンストッパブルだから。たとえ黄瀬でも止める事はインポッシブルだから。
「や、やぁ、や、ああっ――!」
 一段と深く強く腰を振りかざすと、目を見開いた黄瀬が大きく仰け反って、声も出せずにまた果てた。すでに零す白濁にも元気がない。僅かばかり、雀の涙ほどを垂れ流して黄瀬は痙攣のようにうち震えた。
「っく、は、はぁ・・!」
 その震えに搾り取られるように俺も精液を黄瀬の体内に追加させて、しかし動きを止めてやれはしない。
 それに黄瀬はとうとう俺に縋った腕にも力をなくして、ポトリとシーツに落とした。
「ぁ、あ、ぁあ、ぁ」
 どこもかしこも、今の黄瀬はどこを擦られようと触れられようとも、感じ入ってしまう。
 茫洋としてただ俺と言う存在と快感だけを僅かに認識している黄瀬のシーツに落ちた肢体に、どうしようもなく欲を掻き立てられる。すさまじい、狂わされるほどの色気。
「あぁ、きせ、きせ、」
「んあ、あっは・・ん、ん」
 落ち着いてきた・・ようにも見える吐息のなかで、黄瀬がふいになにごとかを呟いたような気がした。腰の挿入を止まず、荒い息の合間でどうにか耳をすませる。
「っあ?」
「ふぁ、っあ、ね、ぇ」
 ふるふると震える、こんじきのレースカーテンのようなその見事に生え揃った睫毛の向こう側。不思議な色合いをした眼球。怖いほどの透きをそこに俺は見て、みょうにしっくりと、確信する。
 ああ、こいつは今狂ってしまっているんだと――
「ねぇ、ね、き、ス」
「・・っは?」
「ちゅ、ちゅぅ、ね、ちゅー・・」
 小首を僅か、傾げる。
「ね、だい、くん、ちゅ、ちゅうって、ね?」
 ――ああ、くそ。こいつは思い出したように俺の事を"だいくん"と呼ぶ。さつきとさつきんトコのガキが"だいちゃん"なら、俺は"だいくん"ね!って、言って。
 狂って理性も思考もなんもかもを忘れ飛ばしたこいつは、今、一心不乱にただ俺のちゅーだけを待ってる。
 考えても、みろ。・・いや、考えなくみなくていい。この気の抜けきったソーダのように甘ったるくぬるく無垢に透く黄瀬は、りょうたは、俺だけのもんだ。
「ほら、ちゅーだぞ」
 ゆっくりと押し当てた唇を、黄瀬は子供のようにつたなく、ただ舐めた。
 とろんとした顔で心地良さげに、まるで微睡むように。
「ふ、へ、ちゅ、ちゅぅ・・しちゃ、た、ね」
 唇をはなすと、しばしぼやんとした黄瀬は、なにに納得したのかふわふわとおもむろに僅かに頷いて、そして中学のころ、はじめてこうしてキスしたときのように、幸せそうに、笑んだ。
 それを見た俺は、あの中学の頃より黄瀬に与えられ、感じ続けてきた幸福感のすべてが今まさに蘇ったような心地で、思わず息を呑んで震えた。
 本能のように動き続けていた腰も、とうとう力なく停止する。インポッシブルじゃありませんでした・・黄瀬にかかりゃ、俺のことで不可能な事なんてありませんでした・・・・。
「ん・・、ねぇ、ぎゅ、は?」
「んあ?」
 今度は俺のほうがもう堪らない、と身もだえていると、黄瀬がまた求めるように囁いてくる。ふらりふらりと力の入らない腕をどうにか持ち上げて、俺の汗ばんだ背中にぽとり、落とす。
「ぎゅ、ぎゅぅも、して、?」
「・・ぎゅー?」
「・・ん、ぎゅー」
 仰せのままに、あらん限りの力で目の前の身体をぎゅぅっと抱き寄せた。
 狂った黄瀬は歯止めがない。あらゆるメーターを振り切り、もはやそのかわいさゲージは前代未聞のオーバーヒート。
「っくそ、」
 悪態をつくしかない俺に、最後に黄瀬は、もう一言だけを添えた。
 そこからは、もう。
「?・・だい、く、なんで、動かな、の?」
 そこからは、もう。

 力みなど一切ない、ただ快楽のみに身をまかせてたゆたう黄瀬は、ほんとうに美しかった。
「ふぁ、ああぁあ、あ!」
「はぁ、ッハ、」
 尋常じゃない痺れ、それに汗が溢れ出る。
 体全体で黄瀬を感じている。黄瀬も、身体と心すべてで俺を受け止めている。
「ああ、やぁっは、ああん」
「なにが、ヤ、って?」
「あ、あ、もぅ、だいく、んでいっぱ!いっぱい!」
「――っ、」
「いっぱい、きもちよすぎ、感じ、すぎるの!」
 心からの叫びに、俺は、最高に楽しくなって、それを笑い飛ばすようにカハッと息を吐いて、そしてそこからは、もう。言葉も考える事もなくして、ただ手を握りしめて。


prev next









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -