/サード・デイ

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 the noon

 ニューミュージアムを出てからは、ぶらぶらとリトルイタリーまで脚を伸ばし、そしてその南のリトルチャイナで食堂へ入った。道一本で他民族の領域が隣り合っている、ここらへんはニューヨークでも特に人種の入り乱れた面白い地区で、看板も面白いほど多言語で書かれている。ごちゃごちゃとした、言葉通り小さな中国のような街。近年は縮小気味のリトルイタリーと変わって、大きく勢力を伸ばし出しているのがこのチャイナ街だ。マフィアだなんだと不穏な話も多く聞くが、やはりそれ相応に活気に満ち、勢いを感じる。
 日本でよく見る中華料理屋とはまた違う、雑な盛りつけのしかし美味い大衆料理を腹いっぱい平らげ、しばし周辺を探索した後は、また車に乗り込んで疾走。
 次の目的地はAmerican museum of Natural History. ・・なんか今日は文化的な日だな。

 昨日行ったセントラルパークに接するような敷地で、その自然史博物館はある。俺は今回が初めてだが、黄瀬は一度撮影で行った事があるとか。恐竜の骨といっしょに撮影って、なんの仕事だよそれ・・・。
 車を停め、入場券を購入した俺たちはまずローマ風建築の威厳凄まじい正面入り口に入る。そこの中央にドドンと佇む恐竜の親子とそれを襲うもう一体の恐竜の骨格標本。そのスケールの大きさはこれまで見た事ないほどのものであり、俺の生来の生き物好きも疼いてくる。
「すげー!」「すごー!」
 チビと俺の声が揃う。後ろで小さく黄瀬の笑い声が聞こえたが、ここは知らんフリで。
 館内は広く、あらゆる時代、あらゆる国、そしてミクロの世界から宇宙の世界まで、莫大な資料知識が収められている。やっぱりこういうもんは、生で実際目にすることが大事だな!シロナガスクジラ(の実物大模型)デケェ!
 チビはインディアン文化がいたくお気に入りで、たしかに自然豊かで独特な装飾と色彩感覚をもったインディアンはかっけー。白人とアメリカ先住民が初めて遭遇したシーンの再現は、どこか言い様のない衝撃を俺たちに与えた。
 他にも、様々な生き物の模型・剥製、そして絶滅した生き物たちの化石・骨格標本。こんな信じられないくらいデカイ生き物達が、かつてはこの辺りを闊歩してたって言うんだから、世の中って不思議だよなー。違うフロアには、世界の国々の文化の紹介も。日本のコーナーもあって、小さな鳥居の展示になんとなく郷愁を誘われる。
 恐竜の骨を前に、チビを肩車しながらフロア内を歩き回る。チビと同じノリで騒げる黄瀬を笑っていたが、俺も人のこと言えねーな。俺は今現在チビと完全に心をいっしょにしている。
「うおっ始祖鳥の化石!完璧じゃねぇか!」
「だいちゃんシソチョーってなに!」
「ジュラ紀に生息した現在発見されてるなかでいっちばん古りぃ鳥だよ!まだ世界で10何個しか見付かってねぇんだ!」
「なにソレつえぇーー!」
「おおぅ次はマストドンか・・・!」
「ますとどん・・・!」
 生物だけは抜きん出て成績良かったからな・・暇つぶしに理科の資料集とか読んでたし・・。あー、ガキん頃見てた生物図鑑、まだ実家あるかな。
 そんな大興奮のミュージアムをどうにか、後ろ髪を引かれまくりながらも抜け、次は隣接した建物のローズ宇宙センター。一面ガラス張り、そしてそのなかに星々を収めたような近未来的空間だった。日が暮れだす頃になると、ここはブルーにライトアップされより幻想的な雰囲気になる。プラネタリウムや、分かっている限りの宇宙に関する資料。宇宙の"時"は、これまで見て来た地球の歴史なんかよりもずっとながく、そして深く広い。
 パネルに解説された宇宙のほんのほんの一部の歴史をチビに説明してやりながら、今あそこに模型として浮かんでいるバスケットボールほどの大きさの惑星の模型が、ほんとうはもっともっと、果てしないほどに大きいのだという事を改めて思い出す。恐竜の化石は実物を見たからまだ想像出来る余地があったが、しかし宇宙は、実際をその目で見た者など人間の中でも極限られている。俺ってちっぽけだなぁー、とか、ガラになく考えてみたり。
「きーちゃん、アレ、ばすけのボールみたいだね。」
「んー?本当だ。でもあれは、火星の模型っスよ。」
「火星?」
「うん。ほんとうはもーっともーっと、大きいんだよ。分かる?」
「うん・・・少しだけ。」
 橙の球体。考える事は同じか、と思わず笑う。
「じゃあ、だいちゃんは、すごいんだね!」
「うん。青峰っちはすごいんスよー!」
 ・・なんの話だ?
「だってものすごーく大きいんでしょ、なのに、やっぱかっこいいねーだいちゃん。」
「そうっス。青峰っちにかかれば火星だってなんだって自由自在っス!さすが青峰っち!」
 おいおい、どうしてそういう話になんだよ。・・・・まったく、あいつらは。

 たっぷりと時間をかけて、ようやっと館内から抜け出した頃にはすでに日が傾き出していた。カンカン照りだった空が、ほんの少しだが翳りを見せ始める。きっとビル群に隠れて見えない向こうは茜が顔を出している。駐車場への道のり、なんとはなしに振り返ると、宇宙センターのライトアップが今まさにはじまったようで、先程までなかったブルーライトがガラスの向こうの惑星を浮かび上がらせていた。
「ああ・・ほら、チビ見ろ。」
「うわぁ・・!」
 しばしすれば、この上空のほんものの空にも星が姿を出すだろう。
 その星を見上げる時、チビはもうそれまでのチビとは少しだけ違うから、今までとは違った気持ちで、思いで、その星を見上げるだろう。チビは新しい事を知り、世界を少しだけ知り、経験して、そうして、日本に帰るんだ。
 子供がいずれ大人になってしまうことを、人はセンチメンタルに語るけれど。そして俺も子供の頃を思い出して少しの羨望を覚えたりもするけれど。けれどもやはり、人が成長していくということは喜ばしく、大切な事であり、子供の育みを見守り促すという事は、大人の重要な、義務なのである。


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