/サード・デイ

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 the forenoon

 朝飯を食って、今日も午前の散歩に出掛けて。少しだけボールをついて。
 帰って来て、少し汗をかいたしチビは昨晩風呂に入らぬままだしと、軽くシャワーを浴びた。昨晩のリベンジで、見事黄瀬とともに入る事に成功。つっても、チビも一緒で結局3人で入ったんだが。
 そうして着替えた後は、今日も早速出掛ける準備。今日の夕方にはテツらとも合流するので、チビの荷物はすべて纏めさせてポルシェのトランクに押し込んだ。なんだかんだで、2泊なんてあっという間だった。最初はチビとうまくやれるか、とか心配していたことも、いつの間にか忘れていた。
 黄瀬の運転する車、俺は普段は助手席に乗るのだが今日はチビと後部座席に並んで、出発進行ー!を声を揃えて宣言。ガッテン!と黄瀬も威勢良くエンジンを回した。
 気温はこの時期、飽きもせずにずっと上り調子で、今もまだ午前中というのにそうとうな熱気を外は放っている。ゆらゆら陽炎をあげるコンクリを横目に疾走するポルシェの窓を全開にして、うがうが唸りながらうちわを扇ぐ。この車にうちわ。しかも金魚柄。にあわねー。
 本日のご予定は、まずニューミュージアム。ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリ・アート、つまり美術館。リトル・イタリーの北、ノリータ地区の東にバワリー・ストリートに面して建つ現代美術を専門にしたミュージアムで、これは黄瀬の発案だった。俺らの家にはもう泊らないが明日からも二日ほどテツ家族はNYに滞在する。その間は今度は家族3人で観光をすると言っていたから、どうせなら王道の観光スポットは家族で行ってもらって、俺たちは少しマイナーなところにも行ってみよう、との事だった。それには俺も同意見だったし、それにチビは、なんだかカラフルなものや写真なんかが好きな様子だったから。
 今朝も空いた時間に、棚に並んだ写真集や画集や、黄瀬のブックを引っ張り出してきては楽しそうに眺めていた。だからそれならば、と黄瀬がニューミュージアムの名前を出したのだ。
 昨晩黄瀬が言っていた次の仕事のフォトグラファーの写真も何点か所蔵されているらしいし、ここは無名のアーティストの作品展や、革新的な作品展示を行なう事でも有名で、きっとその見た事もない世界をチビも楽しんでくれるだろう。
 何の変哲もないふつーの街並の中に、突然ドンと現れる異様な風体の建物。立方体を6つ積み上げただけのようなそれが、ニューミュージアムだ。確か設計は日本人である。
 ライトグレーの色合いに光るアルミメッシュの外装。6つの箱は絶妙なバランスを保ってそこに佇んでいる。
 チビが驚きとワクワクで、首が痛くなるほどに上を見上げながらロビーへと入っていった。それについて俺たちも入場する。
 内装は白くシンプルで、独特な外装と違い展示作品を一切邪魔する事ない美しいデザイン。
 階段を上がって行きながら、ワンフロア毎にまるで別世界に来たような心地になる。俺はアートに詳しくないが、それでもなにかしら感じるところはある。こういうのは、分からないなら分からないで素直にただ楽しめばいいのだ。素人が批評家ぶる事も博識ぶる事もない。ましてや"こんなもん理解不能だ!"と決めつけて投げ出すのもそれはとてももったいないことだ。
 俺はその事を、黄瀬で学んでいる。俺はもともとファッションやらモデルの世界にゃ興味も理解もなにもなかったが、しかし飛び込んで見てみれば、そこは以外と面白く、楽しく、刺激的な世界だった。だから、ただ目の前の作品の色を気に入ったり、気に入らなかったり、興味をそそられたり、そそられなかったり。それだけの事でいい、単純な事なんだ。
 変な形の彫刻だなー。あ?これ全部栓抜きなのか。すげーな。おっこの栓抜きうちのと同じじゃねーか。んー、このねぇちゃんのおっぱいはイマイチだな。ハリがありゃいいってもんでもないんだよな。うわっなんだこれ?触っていいのか・・うぇ、気持ちワル。ああ、コレはなんか好きだな・・・いいな、ああコレもなんかイイカンジ。作者だれだ?・・ふーん。
 館内ではチビも静かに、熱心に作品を見て回っている。時折ひとりで笑ったり、急に難しい顔をしたり。あの小さな頭で今、いろんな事を感じていろんな事を一生懸命考えているんだろう。黄瀬も俺も、それを後ろから見守りながらゆっくりとチビの歩調に合わせて歩いた。
 そうしてすべての階を見終わると、俺たちはもう一階分だけ階段を上り、7階へと出る。スカイルームだ。ここの景色がいいこともこのニューミュージアムのひとつの売りだった。
 テラスに出ると、臨むNYの街並とイースト・リバー。日の照り出した昼時で、しかし吹き抜ける風がさわやかで心地良い。
「いいとこだな。」
「ねー」
「チビは楽しめたかよ?」
「うん!おかしな形がいっぱいあった!色も、匂いも、知らないのばっかりだった!」
「そっか。じゃあ今日は新しいこといっぱい知ったっスね。」
「うん。よく分かんないけど、楽しかった。おとうさんとおかあさんにも教えてあげないと!」
 きっとおとうさんも、あんな形知らないよ、と今日の出来事を話すのを心待ちにするように、チビはひとつ飛び跳ねた。
「そうだねぇ。今日の事も、昨日の事も、いっぱいいっぱい教えてあげないとね」
 それにチビは何度も頷いて返した。自覚はないようだが、やはり数日まったく両親に会えていないから、少し淋しく思っているのかもしれない。そう思った俺も、黄瀬に続いてチビに「今日の晩にはテツとさつきに会えるからな」と声をかけておいた。
「うん。・・でも、じゃあきーちゃんとだいちゃんとはお別れ?」
 テツとさつきに会える、と聞いて万遍の笑みを見せたチビだったが、しかし次には思い出したように悲しい顔をする。
 この数日でこれまで以上にぎゅっと縮まった距離が、俺たちを離れ難くする。
「んー・・パパたちがNYに居る間はご飯一緒に食べたり出来るけど、日本に帰っちゃったら、またしばらく会えないスね。」
「そっか・・・」
 しゅん、と父親譲りで跳ね易い髪の毛をも萎れさせるように、犬の耳の幻覚を見せてチビが俯く。あー、なんかに似てると思ってたら、テツんとこの犬か。
 そんでそんなチビの様子に、犬と言えば本家の、黄瀬の耳と尻尾も現れて、一緒になってしゅんとする。はいはい、犬ッコロのお相手ならこの青峰におまかせアレ。
「そんなしょぼくれんなよ。今日はまだ時間あんだし、めいっぱい思い出作っときゃ少しは寂しくねーだろ。な?」
 両手でぽん、と二匹の犬の頭を撫でてやる。一時心地良さげにその感触を味わった二匹は俺の言葉に気を取り直すと、一気に元気になってふたり手を取り合ってよし!と勢い付く。
「じゃあ時間を無駄にしない為にも、ぱっぱと昼ご飯行くっス!」
「うん!わわわーって食べていっぱいあそぼう!」
「走るなよー」
 この時ばかりは、俺も子持ちのおとうさんの気持ちを味わう。ガキ、しかも男の子ふたりって、世のお父さん方はさぞ大変なんだろうな・・・。


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