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赤い糸の始まり

「もしかして、牛島若利君ですか?」
「?そうだが」


2人の出会いは高校1年生の春だった。人一倍体格が良く存在感のある牛島は立っているだけで注目の的だったが、その堂々とした出で立ちは同級生にとって少しばかり威圧的に捉えられたのだろう。なんとなく近寄り難い雰囲気があった彼に臆することなく話しかけたのが、名前だった。
名前は人懐こそうな笑顔を向けて、軽やかに牛島の名前を呼んだ。自分の名前を呼ばれ振り向いたものの、牛島は彼女に見覚えがなかったため首を捻る。そこまで人の顔を覚えるのが得意ではない牛島は、自分がどこかであった人物のことを忘れているだけなのかと思い、過去の記憶を辿った。しかし、やはり思い当たる人物は思い浮かばない。じゃあなぜ自分の名前を知っているのだろう。牛島は名前を不思議そうに見つめた。


「突然声をかけたりしてごめんなさい。牛島君、バレーで有名でしょう?つい気になっちゃって…」
「バレーに興味があるのか」
「私、バレー部のマネージャーをやるためにこの高校に入ったの」
「そうか。それならこれから世話になるな。……名前は?」
「名字名前です。よろしくね、牛島若利君」


初対面にもかかわらず愛想のいい人間だ。牛島の抱いた彼女に対する第一印象は、なかなか良いものだった。牛島は、バレー以外には基本的に興味がない。しかし、自分と同じようにバレーのために入学したと言う名前に対しては、少なからず興味をそそられたのである。
マネージャーをやるために白鳥沢に入学した、と言っていたが、白鳥沢学園という高校が一般入試でやすやすと入れるようなところではないことぐらい、牛島でも知っている。つまり目の前の女の子は、それだけの熱意をもって入学してきたということだ。牛島は、そういう人間が嫌いじゃなかった。惹かれるのは必然だったのである。
そんな2人は、奇遇にも同じクラスだった。入学初日に行われた席替えで、これもまた偶然、前後に並ぶという奇跡。こんな偶然があっていいのだろうか。牛島は柄にもなく少し驚いていた。


「牛島君が後ろにいると、なんとなく緊張感があるね」
「そうか?」
「授業中に居眠りできそうにない」
「名字は真面目そうだが、居眠りするのか?」
「私が真面目かどうかなんて、分からないでしょう?」


ふふ、と。柔らかく笑う顔に、牛島は見惚れた。今まで色恋沙汰にはとことん興味がなかった牛島が、初めてそれらしい感情を抱いたのである。そういうことに関して全く知識がないわけではないものの、自分には縁遠いものだと思っていただけに、牛島は自分自身でも驚いていた。まさかこんな感情を抱く日が来るなんて、と。
とは言え、牛島がその感情に明確な名前をつけることはできなかった。そもそも、女子と話す機会がほとんどなかった牛島にとって、女の子の方から話しかけられたこと自体が驚きだったし、笑いかけられるなんてほぼ経験したことがなかったのだ。


「名字。きいてもいいか」
「うん?なぁに?」
「バレー部は他の高校にもあるのに、なぜ白鳥沢を選んだ?」
「それはね、」


牛島君はきっと、白鳥沢に入学すると思ったからだよ。

名前は先ほどまでの柔らかい表情とは違う、悪戯っ子のような笑顔を見せてそう言った。牛島は首を傾げる。自分が入学すると思ったから白鳥沢を選んだ、とは、一体どういう意味だろうか。自分が入学したら何だというのか。では、自分が白鳥沢を選ばなかったら彼女はどうしていたのだろう。そもそも、なぜ彼女は自分のことを知っているのか。中学時代、何かの試合で観られていたのだろうか。
名前の言葉の真意を汲み取るには、牛島には理解力が足りなかった。というより、情報が足りなかった。名前に関することを、牛島はまだ、何も知らない。


「すまない、よく意味が分からない」
「ふふ、だろうね。分からなくても良いよ。いつか、気付いてくれたら良いの」
「?」


牛島に意味深な言葉を残し、彼女は前を向いた。先生が教室に現れ教卓に立ったことにより、そこで会話は終了する。
牛島は名前の後姿をじっと見つめながら考えた。名前の言った言葉の意味を。けれど、考えたところで答えなど出るはずもなかった。先ほども言った通り、牛島には名前に関する情報が圧倒的に足りないのだ。考えるにしてもピースが不足しすぎている。
まあいいか。牛島は考えることを止めた。彼女は、今は分からなくても良いと言っていた。それならばいつか分かる時が来るのだろう。牛島はそう自己完結したのである。


こうして出会った2人の物語は、まだ始まったばかり。



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