×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

誰か秘密をください

情事後は暫く甘い雰囲気だったものの、我に返った牛島はいそいそと身支度を整え始めた。それを見た名前も、倣って服を着てなんとなく正座をする。


「明日も練習だ。そろそろ帰る」
「あ、うん。そうだよね」


微妙な沈黙の中、牛島は玄関に向かった。名前も見送りのため牛島を追って玄関に行く。淡々と帰っていく牛島の背中を見つめながら、呆気ないなあ、と思っていた名前だったが、突然牛島が振り返ったため思考は停止してしまった。


「忘れ物でもした?」
「いや」
「じゃあ、どうしたの?」
「責任は取る」
「……は?何のこと?」
「早い内に時間を取って名前のご両親に挨拶に行こう」
「えっ!?ちょ、待って、若利君、それは気が早いんじゃ…」
「うちの親にも連絡しておく」
「待って待って!落ち着いて!」
「俺は落ち着いているが?」


確かに、牛島はひどく落ち着いていて冷静なトーンで話を進めているが、そういう問題ではない。話の内容が飛躍しすぎていて、名前はパニック状態だ。
身体の関係を持ったからには責任を取る、という考えは、非常に牛島らしい。が、今時そんな馬鹿真面目な男など牛島以外にいるだろうか。名前はいまだに頭の中が整理できずにいた。


「兎に角、また改めて日取りを決めよう」
「え、いや、そうじゃなくて、」
「また明日の朝、迎えに来る」


ばたん。言いたいことだけ言って、牛島は名前の部屋を出て行ってしまった。残された名前は、その場にへなへなと座り込む。
大変なことになってしまった。牛島は恐らく、否、絶対に本気だ。冗談なんか言える人間ではない。これからどうしよう。
幸せなふわふわした気分から一転、今後の展開に嫌な意味でドキドキし始めた名前を尻目に、夜は更けていくのだった。


◇ ◇ ◇



翌朝、宣言通り部屋に迎えに来た牛島とともに、名前はいつも通り体育館へと向かう。昨日のことは夢だったのではないかと思うほど、牛島の様子は何ひとつ変わらない。名前は本気で不安になった。昨日のことは夢だったのではないか、と。
牛島は変わらずとも、ドギマギしている名前の様子に目敏く気付いた天童は、2人に何かあったのではないかと勘付いた。思い立ったら即行動派の天童は、早速、朝練終わりに名前へ声をかける。


「今日の名前ちゃん、何か変じゃなーい?」
「え?そうかな?」
「若利君と何かあった?」
「いや、何も、ないけど」
「へーぇ?ふぅーん?」


ニヤニヤしながら観察してくる天童に、名前はなんとか平然を装ってみせる。けれど、そんな名前の努力も虚しく、牛島が現れてしまった。


「名前、昨日の話の続きなんだが」
「え、若利君?今はちょっと、」
「来週の土曜日、ちょうど練習が休みだったな。何か予定はあるか?」
「なーんだ!若利君、堂々とデートのお誘い?」
「若利がデート…」
「レアすぎ」


勝手に盛り上がる天童・大平・瀬見。デートのお誘いの方がまだ良い。そのままの流れで適当に流そう。そう思い天童の発言を肯定しようとした名前だったが、一足遅かった。先に牛島が口を開いてしまったのだ。


「デートではない」
「「「え?」」」
「名前のご両親に挨拶に行くのはデートではないだろう?」
「えー?若利君、名前ちゃんの親に挨拶しに行くの?」
「何かあったのか?」
「相当なことがねぇと挨拶なんか行かねぇだろ」
「若利君!その話は2人きりの時にしよう!」


これはまずい。まずすぎる。冷や汗をタラタラと流しながらも名前は必死にそれだけ言うと、自分よりも遥かに大きい牛島を引き摺って無理矢理教室へ入って行った。火事場の馬鹿力とはまさにこのことである。不思議そうな牛島に、名前は頭を悩ませるしかない。


「若利君…挨拶は、いいよ…行かなくていいから、」
「駄目だ。きちんと挨拶をしなければ俺の気がすまない」
「でも、今時そんなに責任感じることないと思うし…」
「俺は名前のことを真剣に考えている。それがいけないことなのか?」
「…それは……嬉しい、けど…」
「それなら何の問題もないだろう。土曜日に行くと、ご両親に断りを入れておいてくれ」


ちょうどそこで予鈴が鳴り、話は中断されてしまった。名前は自分の席に座ってから先ほどの牛島の発言を思い出す。
いつも牛島の言葉は正論だ。何ひとつ間違っていない。それ故に反論できなかった。真剣に考えてくれていると言ってくれたことも、名前は素直に嬉しいと思っていた。
…それならば。もういっそのこと、牛島の言う通りにしてしまえば良いのかもしれない。投げやりになったわけでも諦めたわけでもなく、名前は冷静に、そう思ってしまったのだ。
結局その後、名前は母親に連絡をしていた。会ってほしい人がいる、と。その言葉のニュアンスだけで察知したらしい母親は、お父さんにも伝えておきます、とだけ返事をしてきた。これで後戻りはできない。


「若利君」
「なんだ」
「さっきのこと、なんだけど」
「ああ」
「土曜日、大丈夫みたい」
「…そうか。分かった」


牛島は驚くことも緊張することも喜ぶこともなく、事実を受け止めているだけのようだった。


◇ ◇ ◇



その日の部活終わり。例の如く自主練前の着替えをしている牛島に、帰り支度をしていた天童が声をかけた。どうやら朝の話がずっと気になっていたらしい。


「土曜日、名前ちゃんの親に挨拶行けることになったの?」
「ああ」
「本当に行くのか!」
「そうだが」
「なんでまた急に…」
「それは、」
「「「それは?」」」


牛島の返答を、天童達だけでなく部室内にいる全員が固唾を飲んで待ち侘びる。妙な緊張感に包まれる中、牛島はゆっくりと事実をのべた。


「名前とそういう関係になったからだ」
「…そういう、関係?」
「と、言うと…?」
「まさか若利君!エッチしたの?」
「「天童!」」
「露骨な言い方をするとそうなるな」
「「「………え」」」


恥ずかしげもなく何食わぬ顔でそう言い残した牛島は、自主練があるからと部室を出て行った。部室内は気持ち悪いほどの静寂に包まれる。が、数秒後、叫びとも悲鳴とも言えない奇声が木霊した。部員達は大パニックである。
翌日、部員達に大量の赤飯をプレゼントされた牛島は、首を捻りながらもそれらを有り難く受け取っていた。ちなみにその横で全てを悟った名前が瀕死の重傷を負っていたことは言うまでもない。



|