花巻と委員長こと名字さんは、なんだかんだで順調に愛を育んでいるらしい。付き合う前から名字さんにゾッコンらしかった花巻は、付き合い出してから益々名字さんラブで結構ウザい。いや、ウザいというのは言い過ぎか。けれどもあの2人を見ていると、なんというか幸せオーラ全開で、ちょっとぐらいそう思ってしまっても仕方がないと思う。
今日は土曜日。公式試合に向けて他校との練習試合が行われる日だ。いつも以上に活気付いた体育館内は、人の多さと熱気で少しむわっとしている。そんな中、俺は更に体育館の気温を上げる光景を目撃してしまった。
体育館のちょうど入り口付近。2階からは死角になって見えないであろうその位置に、花巻と名字さんがいた。どうやら名字さんが応援に来てくれたらしい。別にそれ自体は何の問題もない。けれど、何がどうなってそうなったのかは知らないが、花巻が名字さんの頭をポンポンと叩き、名字さんが照れながらも嬉しそうに頬を赤く染めているその光景は、はっきり言って目の毒だ。2階からは死角かもしれないが、1階からは丸見えなんですけど。
「あーあ…またやってる」
「付き合い始めてから容赦なく見せつけてくるよな」
俺と同じ光景を見て、同じ感想を抱いたのだろう。俺に近付いてきた及川が、たまらず呟いた。また、というだけあって、あの2人のラブラブっぷりを見せつけられるのは今日が初めてではない。
それは昨日の昼休憩のこと。ミーティングを行うということで部室に集まっていた俺達の元に、なぜか名字さんがやって来た。その手には大きめの弁当箱があって、一目見た瞬間から、それが誰のものか分かってしまった。花巻は、忘れてたわ、とか言いながらそれを嬉しそうに受け取っていたが、あれは俺達に見せつけるためにわざと忘れたんだと思う。しかも、受け取ってそれで終わればいいものを、花巻はわざわざ名字さんの頭を撫でながらお礼を言うものだから目も当てられない。無駄に甘ったるい空気を振り撒いてくれて、こっちはむせ返りそうだった。
付き合い出す前までは、悩んだりヘコんだり照れたりする花巻が面白くて、よく名字さんのことを引き合いに出してはからかっていた俺達も、付き合い始めてからというもの、花巻は名字さんの話題になると恥ずかしげもなく惚気るようになってしまったので、最近はこちらからは敢えて聞かないようにしている。花巻って惚気るようなキャラだったか?と思ったが、それほど名字さんのことが好きなのだろう。現に今も、名字さんと話している花巻は嫉妬するぐらい幸せそうだ。
「岩ちゃん!マッキーにボールぶつけて!」
「なんでだよ」
「アップ始めるから!」
「声かけるだけでいいだろうが」
「岩ちゃんアレ見てムカつかないの!?」
「付き合ってんだから仕方ねぇだろ」
嫉妬心丸出しの及川と、冷静に正論を述べる岩泉のやり取りが聞こえてきて苦笑する。岩泉は、たぶん俺達の中で1番寛大だ。どれだけ惚気られようが見せつけられようが、先ほどのように、付き合ってんだから仕方ねぇだろ、の一言で片付けてしまう。そんなところが男前と言われる所以なのかもしれない。
対して及川は、非常に嫉妬深い。自分に彼女がいる時は花巻以上に惚気てくるくせに、いざ別れてフリーになったらコレだ。性格は顔と違って全然イケメンじゃない。
俺はというと、たぶん2人の中間ぐらい。岩泉ほど寛大ではないけれど、及川ほど嫉妬深くはないと思う。基本的には2人が幸せならそれで良いと思うが、毎回見せつけられるのは正直お腹いっぱいなので勘弁してほしい。
「まっつん。マッキー呼んできて」
「なんで俺…」
「1番仲良いでしょ。ほら早く」
「自分で行きゃ良いのに…」
「部長命令!」
「ハイハイ…」
お花が飛びまくってる2人に近付きたくないのか、及川は俺に花巻の回収を命じてきた。部長権限まで使うのはどうかと思うが、もはや通例化しつつあるのでいちいちツッコミはしない。
「名字さん、ラブラブのところ悪いんだけど、そろそろ花巻連れて行っていい?」
「松川君…!ら、ラブラブなんかじゃないですよ…!」
花巻には通じないからかいも、名字さんには効果覿面だ。ラブラブという単語にしどろもどろになって照れている姿は、普通に可愛いと思う。
いつも見せつけられてばかりで鬱憤が溜まっているのだ。こういうところで少しぐらい発散させてもらってもバチは当たらないだろう。そう思っていたのだけれど、俺はこの後、自分の発言にひどく後悔することになる。
「へー?俺らってラブラブじゃねーんだ?」
「え?その、そういうつもりじゃ…」
「そうかそうか、ラブラブだと思ってたのは俺だけだったのかー」
「ま、待って、貴大君、怒らないで、」
「別に怒ってねーよ?松川、行こ」
俺に声をかけて名字さんにくるりと背を向けた花巻は、名字さんになんとも分かりやすい揺さぶりをかけている。その顔は本当に怒ってなんかいないし、むしろ名字さんがどう反応してくるのか楽しんでいるようだ。
そのまま及川達の元に戻れたら良かったのだが、そう上手くいくはずもなく。策略にまんまと引っかかった名字さんが花巻のユニフォームの裾を掴んでくいくいと引っ張るものだから、花巻は動きを止めて振り返る。あ、これ、やばいやつだ。
「貴大、君…あの、」
「何?もう行かなきゃいけねーんだけど」
「応援してるから、」
「うん」
「帰り、待ってても良いですか…」
「なんで?」
「……貴大君と、一緒にいたいから」
はい、ご馳走様でしたー。自分の発言から、まさかこんな展開になるとは夢にも思わなかった。しかし、ここで終わる花巻ではない。付き合ってるわけじゃない俺から見ても必死で可愛らしいその表情に、名字さん溺愛の花巻が揺らがないわけがないのだ。
花巻はユニフォームを掴んでいた名字さんの手を取って自分の方に引き寄せると、俺には聞こえないぐらい小さな声で名字さんの耳元で何かを囁いた。すると、見る見る内に名字さんの顔が真っ赤になる。
「じゃ、また後で」
「う、うん…」
「松川、お待たせ」
「……ホント、すげー待たされたわ」
「悪かったって。でも松川のおかげで楽しみが増えたわー」
今度こそ名字さんの元を離れることができた俺達は、及川達のところに少し駆け足で向かう。楽しみってなんだ、とは思ったが、野暮なことを聞くつもりはないので、そりゃ良かったネ、とだけ返事しておいた。
「2人とも遅いよ!」
「文句なら花巻に言って」
「マッキー、ペナルティーとしてみんなの倍アップしてね」
「はあ?なんでだよ。しねーからな」
「岩ちゃん!マッキー怒って!」
「まだ時間になってねぇだろ。ギャーギャー騒ぐな」
「ほら見てみろ」
「なんで岩ちゃん、マッキーに甘いの!?」
「ウルセェ!テメェがアップ倍やれ!クソ及川!」
「ちょ!なんで俺にボールぶつけんの!マッキーにぶつけなよ!」
岩泉が甘いというより及川が嫉妬に駆られすぎて花巻に厳しめなだけだと思う、とは指摘しなかった。及川と岩泉のいつもの騒がしいやり取りが始まったところで、ふと花巻を見ると、入り口付近にまだいたらしい名字さんに笑顔で手を振っている。
そんなことしてたらまた及川にドヤされるぞ、とは思ったが、その笑顔が見たこともないぐらい柔らかかったから何も言えなかった。結構長い付き合いだが、花巻があんな顔を見せるようになったのは名字さんと付き合い出してからのことで、いまだに驚いてしまう。
「花巻、顔」
「は?」
「筋肉緩みっぱなし」
「あー…バレた?」
「隠すつもりないだろ」
デレデレしやがって、とは思ったが、こういう日の花巻はすこぶる調子が良くて、練習試合では大活躍だった。解せない。