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「こんな時間までごめん」
「いえ。私もクラス委員の仕事で遅くなっていたので…」
「部活ある日に名前と帰れるのは嬉しいけど、さすがに遅いよなあ…」
「月曜日は一緒に帰れるじゃないですか」


暗い夜道を2人で歩く。今日は木曜日。本来なら名前と一緒に帰ることはできないのだが、クラス委員の仕事で残っていると聞いた俺は、部活が終わるのを待ってもらっていたのだ。予定よりも練習が長引いてしまったせいで帰りも随分遅くなってしまったが、名前は文句のひとつも言わず隣を歩いてくれている。


「お母さん、心配してんじゃね?」
「連絡はしたので…たぶん大丈夫だと思います」
「そっか」
「貴大君は帰りが遅くても大丈夫なんですか?」
「俺は男だし。部活でよく遅くなるから全然大丈夫」


何気ない会話でも名前と話していると楽しい。恋は盲目とはよく言ったものである。俺の家での一件以来、名前との距離は益々縮まったと思う。手を繋ぐのも全く躊躇わなくなったし、笑顔を見せてくれることもかなり増えた。あとは敬語がなくなれば言うことなしなんだけど…癖なら仕方ないかなあ。
それからも他愛ない話をしながら歩いていると、あっと言う間に名前の家が近付いてきた。名残惜しいが今日はいつもより遅いし、早く家に入ってもらった方が良いだろう。いよいよ家の目の前まで来て別れ際の挨拶でもしようかと思っていた時、玄関から1人の女性が出て来た。


「名前、お帰りなさい」
「お母さん。遅くなってごめんなさい」
「連絡くれたから大丈夫だとは思っていたんだけど…あら、そちらは?」
「初めまして。花巻貴大と言います。あの、名前さんとお付き合いさせてもらってます」


まさかの展開に内心ではかなり焦っていたが、とりあえず挨拶はきちんとできたと思う。名前のお母さんは目を見開いて驚いている様子だ。名前は、俺と付き合っていることをお母さんに言っていなかったのだろうか。


「本当にお付き合いしてる子がいたのね…」
「だから、そう言ったのに」
「だって名前、今までそんな話してきたことなかったじゃない。てっきりお母さんに心配かけないように嘘吐いたんじゃないかと思って…」


どうやら俺のことは伝えていたが、お母さんが信じていなかっただけのようだ。本当に、俺が初めての彼氏なんだなあ、なんて思いながら親子のやり取りを黙って観察していると、お母さんが俺へと視線を向けてきた。さすが親子というべきか、その容姿は名前と重なる。


「花巻君、だったかしら?」
「はい」
「夜ご飯食べていかない?」
「お母さん!急にそんな…」
「ご迷惑でなければ、ぜひ」
「ほら!花巻君は良いみたいよ?」
「…貴大君、本当に良いんですか…?」
「うん」


願ってもない提案に、俺はすかさず承諾した。名前は少し戸惑っていたが、お母さんと俺を交互に見遣ってから諦めたように溜息を吐くと、貴大君が良いなら良いですけど…と呟きながら俺に背を向けた。どうやら、家に招き入れてくれるらしい。俺は親に、飯外で食う、とだけ連絡を入れると、名前の後ろを追って家にお邪魔した。


◇ ◇ ◇



お母さんは食事をご馳走してくれた上に、食後のデザートにプリンまで用意してくれた。初対面の娘の彼氏にここまで優しくしてくれるなんて、随分とできた人だ。名前もなんだかんだ言って優しいから、そこはやはり遺伝なのかもしれない。
色々聞かれるかと思っていたのに、お母さんはそこまでツっこんでくることはなく、ただにこにこと微笑みながら俺と名前のやり取りを眺めているだけだった。正直、少し拍子抜けだ。名前は食器洗いをすると言って台所に行ってしまったため、今はリビングにお母さんと2人だが、特に会話はない。なんとなく、何か喋った方が良いような気がして話題を探していると、お母さんの方が先に口を開いた。


「お父さんを小さい頃に亡くしてから、あの子、自分のことで迷惑かけないようにしなきゃって頑張ってきたと思うのよね」
「なんとなく、分かります」
「だから変なところまで真面目になっちゃって…彼氏なんて、夢のまた夢だと思ってたの」
「そうなんですか」
「花巻君みたいに良い子が名前の彼氏だなんて、嬉しいわ」
「…どうも」
「私には甘えられないみたいだから、花巻君には甘えさせてやってね」
「甘えてほしいんですけど、なかなかハードル高いです」
「ふふ…若いって良いわねぇ」
「ちょっと、何の話?」


やっとお母さんと話が弾んできたところで、洗い物を終えたらしい名前がリビングにやって来た。俺とお母さんは顔を見合わせて、内緒ー、とからかってみせる。名前は怪訝そうな顔をしたものの、特に追求はしてこなかった。


「お母さん、明日も仕事でしょ。貴大君も、明日学校なんだから。帰らなくて良いの?」
「え?あ、うん…?……名前、タメ口で喋れんの?」


かなり違和感なく話しかけられたので反応が遅れてしまったが、名前は今、確かにタメ口だった。俺に指摘された名前は口に手を当てて、しまった、という表情を浮かべている。敬語は癖だと言っていたが、違うのだろうか。


「……家族には普通に喋ります。今はお母さんに話しかけた流れで、つい気が緩んでしまいました…」
「良いじゃん。俺にもタメ口で話してよ。その方が嬉しい」
「いえ、でも、」
「俺も家族同然ってことで」
「え?は?な、何を…!」
「あらぁ…お母さんお邪魔だったわね。お風呂入って来るからごゆっくり」


気を利かせてくれたお母さんによって、俺達は2人きりになった。気まずそうに俯いている名前は、何も言わない。


「ね、俺だけ特別にタメ口にして」
「……少しずつで、良いなら」
「ん。良いよ」
「貴大君」
「何?」
「また、ご飯、食べに来て、ね?」


たどたどしく、少し照れ臭そうに笑いながらタメ口でそんなことを言ってきた名前を見て、俺はやられたと思った。タメ口の威力は予想以上だ。今まで敬語だったからよそよそしく感じていた発言が、一気に親密なものに変わる。
2人きりなのをいいことに、俺はぐっと距離を近付けると名前の口を自分のそれで塞いだ。可愛すぎる名前がいけない。


「貴大君っ、お母さん、いる、から」
「お風呂入って来るって言ってたし。名前にタメ口で話しかけられると結構ヤバいし」
「…じゃあ、やっぱり敬語で」
「それは却下。ちゃんと色々我慢できるように努力するから」
「……約束、ね?」


あ、だめだ。我慢とか無理。ね?の破壊力がハンパじゃなかった。俺は、ごめん、とだけ言うと、もう一度名前の唇を奪った。
勿論、その後で猛抗議されたわけだけれど、その日以来、少しずつタメ口で話すように努力してくれている名前は、結局のところ俺に甘いよなぁなんてニヤけてしまうのだった。


ことばの魔法ってやつ



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