×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

名前と付き合い始めてから2ヶ月が経過した。少しずつではあるものの、名前は俺に心を開いてくれるようになったと思う。その証拠に、名前で呼ぶのも、帰り道で手を繋ぐのも、時々別れる間際にキスをするのも、当たり前になってきた。
そうなると男である俺が悩むのは、いつ一線を越えたら良いのか、ということで。自分でも本当に嫌になるが、最近、そんなことばかり考えている。
名前は俺が初めての彼氏なんだから、そういうことだって未経験のはずだ。知識はあるとしても、俺とどうこうするなんて微塵も考えていないだろう。俺だって名前のことを本気で好きだと思っているからこそ、この2ヶ月間、健全なお付き合いをしてきた。怖がらせたり、拒絶されたりするのはご免だ。
けれども、月日が経てば経つほど男としての本能が疼いてしまうのは仕方のないことで、どうやったら怖がらせず受け入れてもらえるかと必死になって考えている自分がいる。あー、くそ。俺にどうしろっつーの。


「花巻君?どうしました?」
「あー…いや、なんでもない」
「すごく難しそうな顔をしていましたが…何か悩み事ですか?」


まさか、名前がどうやったら俺と一線を超えてくれるか悩んでた、なんて言えるはずもなく。俺は、ちょっとね、と曖昧に返事をした。
月曜日。いつもの帰り道。当たり前のように繋いだ手。実は俺が隣でよからぬことを考えているなんて、名前は思いもしないんだろうなあ。
そんなことを考えていると、ぽつりぽつりと身体に水滴が落ちてきた。見上げれば、学校を出た時には快晴だった空がどんよりとした重たい雲に覆われていて、雨が降り出したことに気付く。今朝の天気予報では降水確率0%と言っていたから、傘なんて持っていない。隣を歩く名前もどうやら同じらしく、困った顔をしていた。
ぽつりぽつりと降り出した雨は、次第に勢いを増し、瞬く間にザアザアと本降りになった。とは言え、雨宿りできるところはない。俺は名前の手を引き、走って自分の家を目指した。


◇ ◇ ◇



学校からは名前の家より俺の家の方が近い。だから、とりあえず雨が止むまではうちで雨宿りしてもらおう。そう考えて連れて来ただけだった。けれど、玄関を閉めて名前の姿を確認した俺は、家に連れて来たことを激しく後悔した。
雨に濡れた名前はいつもより色気があるし、着ているシャツは雨で濡れて淡いピンク色の下着が透けてしまっている。この状況で襲いかからなかった俺を褒めてほしい。
とりあえずこのままでは俺の理性が保たないし、名前が風邪をひいてしまうかもしれない。俺は洗面所からタオルを持ってきて名前に渡すと、濡れたところを拭いて中へ入るよう促した。


「勝手にお邪魔していいんですか」
「母さん仕事だから夜まで帰らないし、そのまま帰ると風邪ひくから。とりあえず上がって」
「でも…、」
「いいから。ね?」
「……すみません」


ずぶ濡れの格好で帰るのは無理だと悟ったのだろう。名前は申し訳なさそうに俺の家に入ってくれた。
両親は仕事で不在。つまり2人きり。で、名前は透けたシャツを着たまま俺の部屋にいる。この状況がどれだけ俺にとって辛いか、お分かりいただけるだろうか。生殺しとはまさにこういうことを言うのだと実感した。


「シャワー浴びたら?シャツとか濡れてるし、洗濯して乾燥機かけた方が良くね?」
「いえ、そこまでお世話になるわけにはいきません」
「でもそのままでいたら身体が冷えて、それこそ風邪ひくって」
「花巻君はシャワー浴びてきてください。私は拭くだけで大丈夫ですから」
「だめ。俺が大丈夫じゃない」


そう、色々大丈夫じゃないのだ。風邪をひいてしまうかもしれないと心配しているのは本当のことだけれど、それ以上に、この状況をどうにかしたい。数分間の押し問答の結果、名前は渋々シャワーを浴びてくれることになった。
俺は名前を風呂場へ案内すると、タオルと、服が乾くまでの間に着てもらうジャージを用意して、早々に立ち去った。名前がうちでシャワーを浴びていると思うと、気が気じゃない。何やってんだ、俺。
部屋で悶々と考え事をしている間に、シャワーを浴び終えた名前が戻ってきた。俺のジャージを着て。そりゃあそうだ。俺が用意したんだから。けれど、俺のサイズだから名前にとって明らかにダボダボのそれは、まるで子どもが大人の洋服を着ているみたいで。ヤバい。思っていた以上にヤバい。これは、ヤバすぎる。ヤバいしか言えなくなるぐらい語彙力が低下しているが、とにかくそれほどヤバいのだ。


「服、貸してくれてありがとうございます。やっぱり大きいですね」
「俺のだから、まあそうなるよね」
「花巻君も早くシャワー浴びてきてください。先に使ってしまって、すみませんでした」
「いや、大丈夫。じゃあ俺もシャワー浴びてくるから…適当に時間潰してて。テレビとかつけていいし」
「ありがとうございます」


いつものトーンで話す名前は、危機感がないのだろうか。信頼されているのならそれはそれで嬉しいのだが、男として意識されていないというのは悲しいものがある。
俺はさっとシャワーを浴びると、すぐに部屋に戻った。名前はベッドを背もたれにして座り、本を読んでいる。


「おかえりなさい」
「うん。乾燥機、まだ動いてたから乾くのもう少し時間かかるかも」
「そうですか。分かりました」


会話はそこで途切れ、静寂が訪れる。何か話題なかったっけ。いつも何話してたっけ。俺、不自然じゃねぇかな。色んな疑問が浮かんでは消えていくけれど、それらが俺の口から発せられることはない。
名前は暫く、きょとんと俺を見ていたが、次の瞬間、信じられないことをきいてきた。


「花巻君は、私と2人でドキドキしませんか」
「はっ?」
「今、この家に2人きりなんですよね?ドキドキしないのかなと思いまして」
「えっと……、」


なぜ今、このタイミングでそんな質問を投げかけてくるのだろう。ぶっちゃけ、ドキドキどころか心臓が爆発するんじゃないかってぐらいバクバクしている。なぜかって、そりゃあ、そういうことを考えてしまうからであって。けれど、そんなことを素直に言うほど、俺は馬鹿じゃない。
男には男の意地とかプライドってものがある。余裕のない男だと思われるのは嫌だし、それで警戒されるのはもっと嫌だ。俺は平然を装って、にこりと笑う。


「もう2人きりにもだいぶ慣れたし、普通かな。そういう名前はどうなの?」
「私は…」
「ドキドキしてる?」
「……は、い」
「え」


頬をピンク色に染めながら俯く名前を、思わず凝視する。ちょっとからかうだけのつもりだった。何言ってるんですか!そんなわけないじゃないですか!とか、照れながら言ってくるはずだと思っていた。
けれど、どうしたことだろう。名前はまるで、俺とのあれやこれやを意識しているみたいに緊張している様子ではないか。俺、もしかして自爆したんじゃね?よく分からないが、とりあえず、名前がすげー可愛い。


「最近、私、おかしくて。花巻君と一緒にいると、楽しいけど、苦しくなったり、緊張したりもして。最初はそんなこと、なかったのに」
「……うん、あの、ごめん。ちょっと待って」
「花巻君?」
「今こっち見んな」


不思議そうに首を傾げて俺の顔を見つめてくる瞳が、どことなく潤んで見えるのは、俺の気のせいだと思いたい。急にそんな、俺のこと好きすぎて大変です的な発言をしてそんな顔をするのはズルすぎるだろ。
俺は余裕のない表情を見られたくなくて名前の目を自分の手で覆った。え、え?と、状況が理解できていないらしい名前。なんなのこの生き物。どんだけ俺の理性ぶっ壊せば気が済むの?


「花巻君、」
「何…?」
「私、魅力、ないですか」
「……は?」
「2人きりでもドキドキしないってことは、私に、魅力がないってこと、ですよね」
「いや、ちょっと、それは、」
「ごめん、なさい。変なこと、ききました」
「待って名前」
「服、そろそろ乾きましたかね。私、見てきます」
「待って。行かないで」


俺は立ち上がろうとする名前の腕を掴んで引き寄せた。ぼすっ、と俺の胸に名前の頭が埋もれる音。慌てて離れようとする名前を逃すまいと、俺はぎゅうっと抱き締めた。


「はな、まき…くん、」
「ごめん。嘘吐いた」
「え?」
「ホントはずっと、余裕ない。今もそう。俺の心臓の音、きこえる?」
「……ドキドキ、してます」
「うん。そう。カッコ悪いけど、ずっとこんな感じ」


俺の心臓に耳を寄せてその心拍数の多さに驚いたらしい名前は、そっと俺の顔を見上げてきた。俺は、眉を下げて笑うしかない。
だって、あんなこと言われたら、こうするしかないじゃないか。名前を不安にさせたり悲しませたりするぐらいなら、意地もプライドも捨ててやる。


「引くかもしんないけど。俺、名前とそういうコトしたいってずっと思ってる。名前が可愛いから、抑えんの大変。でも、ちゃんと大切にしたいと思ってるから」
「私、ちゃんと分かってます」
「ん…?」
「大切にしてくれていること。初めて会った時から、ずっと、花巻君は私にすごく優しかったですし」
「うん」
「付き合い始めてからも、色んなことに免疫のない私のペースに合わせてくれましたし」
「うん」
「だから、私、いいと思ってます」
「うん…うん?」
「分かってると思いますけど、私、初めてですし、花巻君は面倒かもしれませんけど、」
「え、名前、」
「ダメですか…?」


名前は上目遣いで俺のシャツにしがみついて、そんなことを言ってきて。これが自然とできてしまうのだからタチが悪い。元々ほぼ崩壊していた理性が、音を立てて完全に崩れていくのが分かった。
俺は名前に噛み付くようなキスを落とすと、身体を持ち上げてベッドに横たえた。組み敷いて、また、何度も何度も口付けを交わす。暴走してはいけないと思うのに、キスを重ねれば重ねるほど興奮して止まらなくなる。


「っ、ごめん、止まんねー…」
「ん…、花巻くん…」
「嫌だったら逃げて。ホントに」
「花巻君のこと、いつの間にかすごく好きになってました」
「っ、今そういうこと言うの、ダメだって…」
「だから、大丈夫です」
「名前…」
「花巻君の、好きにしてください」


ゆるり、と。緊張しているくせに、不安なくせに、怖がっているくせに、名前は綺麗に笑って見せた。
なんなの。ホントに。必死すぎる俺、すげー情けないじゃん。俺は息を整えると、ぎゅーっと名前を掻き抱く。


「優しくするから」
「はい」
「俺のものになって」
「…はい、」


再び微笑んだ名前の額に触れるだけのキスを落として。俺は、その穢れのない肌に手を伸ばすのだった。


死因はキミです



Prev | Next