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rockabye


 ……眠れない。
 私は徐にベッドから身体を起こすと、キッチンへと向かった。時刻は夜中の1時になろうかというところ。布団の中に潜り込んだのは日付を跨ぐより1時間ほど前のことだったから、2時間近くが経過したらしい。私は2時間もの間、布団の中で眠れていなかったのかと思うと、彼の存在の大きさを痛感するより他なかった。
 彼との関係が前より一層深いものになり、暫くしてから気付いた。彼が不在の時、自分の寝つきがかなり悪くなっているということに。
 眠たければ寝る。夜になったら寝る。人間の身体のつくりは、基本的に己の欲求に抗えないようにできているはずだ。特に睡眠欲なんてものは、生きていく上で必要不可欠な欲求である。だから病気でもない限り、眠たくなったら寝るというのは当たり前の生活動作だと言えよう。
 しかしどうしたことか、私は1人でベッドに潜り込むとちっとも眠れなくなってしまったのだ。うとうと微睡むことはできるけれど、窓を叩く風の音や雨音なんかが聞こえたらすぐに起きてしまうし、自分が無意識に身体を動かすことによって聞こえる衣擦れの音ですら覚醒の要因となる。
 以前はこんなことなかったのだ。1人暮らしをしていたこともあるし、彼と別れるのではないかと懸念していた時期は1人で寝ることの方が普通だったぐらい。それが、ここ数ヶ月、彼と一緒に布団に入ることが定着し始めてから、時々彼の帰りが遅くなったり出張で家を空けたりするたびに、私は恐ろしい睡眠不足に陥るようになった。
 彼にはそのことを伝えていない。言えば仕事を切り上げてでも帰って来そうだし、余計な心配はかけたくないと思っているからだ。幸い、昼間はうとうとできる環境にある。少しぐらい寝不足になったとしても死ぬことはないと思うし、彼の仕事の邪魔や不要な懸念材料を与えることはしたくない。
 キッチンの冷蔵庫の中からペットボトルを取り出し、水を喉の奥へと流し込む。冬の冷たい空気と相俟って、身体の中から冷えていくような感覚が余計に寒さを誘う。
 早く布団に戻って今度こそ寝よう。寝る努力をしよう。そう思い、ペットボトルを冷蔵庫に片付けて寝室に戻る途中だった。玄関の鍵がガチャリと開く音がして彼が帰ってきたのは。
 暗い廊下に突然パッと明かりが灯ったのは、玄関先の人感センサーが作動したからだろう。彼は私が廊下にいるのを確認するなり、ただいま、に続いて、まだ起きとったん?と尋ねてきた。


「お水飲んで、今から寝ようかなと思ってたところ。夜ご飯あっためるよ」
「先に寝とき」
「大丈夫」
「目の下、クマできとんで」
「侑よりマシでしょ?」
「そんなに俺と寝たいん?」
「……うん」


 正しくは「侑がいないと寝られない」だけれど、ここでは「侑と寝たい」という意味合いで頷く。実際、嘘ではないのだ。私が1人で寝られなくなってしまったのは、恐らく、彼がいなくて寂しいと思う気持ちに起因しているのだろうから。とんだ依存っぷりである。
 彼は私の反応が相当意外だったのか、微動だにせず固まったまま私を見つめていた。そして数秒後、私に近付いてきたと思ったらぎゅうぎゅうと潰さんばかりの勢いで抱き締めてきた。
 外から帰ってきたばかりの彼の身体に張り付いていた冷たい空気が、私の身体に伝染する。寒い。けれど、寒さを感じた直後に彼の体温がその寒さを掻き消していくから、苦痛は全く感じなかった。


「名前の作った飯は食いたいけど早よ一緒に寝たい」
「疲れてるもんね」
「そういう意味ちゃうし」
「……明日も仕事でしょ?」
「休みもらおかな」
「忙しいんじゃないの?」
「俺、できる男やから」
「他の社員さん達は侑が休んだら困るんじゃない?大丈夫?」
「明日クリスマスやから家族サービス休暇申請しよ」


 どうやら彼の中で明日休むことは決定事項になったらしく、ぐいぐいと寝室に押し込まれる。いや、まあ私は構わないのだけれど、年末の忙しい時期に本当に、しかも突然休んでしまっても良いのだろうか。彼が優秀だということはよく知っているけれど、それでも少し心配になってしまう。
 そんな私の懸念など、彼にとっては取るに足らないことなのだろう。あれよあれよと言う間にベッドへと雪崩込み、そこからは彼お得意のキスの嵐。私に拒否権は与えられない。もっとも、拒否する気もなかったのだけれど。
 コートをベッドの下に脱ぎ捨てた彼は器用に私を布団の中に押し込み、すぐさま隣に侵入してきた。至る所に唇を寄せ、時々休憩がてら私の頭を撫でながら抱き締めてくれる。その心地良さに、私は思わずうとうとしてしまう。これからが本番だというのに、彼がそこにいるというだけで安心してしまった私は、そのまま意識を失うように眠りに落ちてしまった。


◇ ◇ ◇



「はよ」
「……おはよう」


 目を覚ましたら朝だった。腕枕をしてくれている彼は私の目が開いたことに気付いて朝の挨拶をしてくれたようだけれど、その声はやや不機嫌そう。そりゃあそうだ。昨日、明らかにそういう雰囲気だったにもかかわらず寝落ちてしまったのだから、不機嫌になられても仕方がない。セックス直前で寝落ちなんて初めての出来事で、実は相当眠たかったのかなあなどと呑気に考える。
 名前、と呼ばれて大人しく彼の方を向けば、声と同じく不機嫌そうな表情を張り付けた端正な顔があった。寝ちゃってごめんね。そう言おうと思って開きかけた口は、彼によって言葉ごと飲み込むように塞がれる。どうやらかなりご立腹らしい。
 キス魔、と呼んでいいのかは分からないけれど、彼はキスをするのが好きらしく、1度始まるとその行為はなかなか終わらない。昨晩と違って色々なところにキスをするのではなく口付けだけを執拗に続けられた私は、起きて早々、酸欠状態に陥った。


「は……、」
「寝不足なん、俺のせいやろ」
「え…?違うよ」
「俺がおらんかったら寝られんのんちゃうん?」
「……気付いてたの?」


 さすが、聡い彼はこちらから言い出さずとも私の寝不足の原因に辿り着いていたらしい。つまり結果的には、少なからず心配をかけていたということになるのだろう。


「ごめんなさい」
「何が?」
「昨日寝ちゃって……」
「それは別に怒ってへんよ」
「じゃあ侑がいないと寝られないのを黙ってたことは怒ってる?」
「言うてくれたら融通利かすのに全然言うてこぉへんかったことは怒っとる」
「仕事大変そうだし、余計な心配かけたくなくて…」
「名前のことで余計なことなんかあらへんし」


 そう言ってまた口を塞いだ彼は、次に唇を離した時、私の頬を柔らかく撫でた後で耳を擽った。その顔からは、もう不機嫌さを感じない。


「やっぱり今日休み取って正解やったわ」
「ゆっくり寝られるから?」
「それ本気で言うとる?」
「あ!クリスマスだから?」
「今日1日、名前のことたっぷり可愛がれるから」


 ケーキはもう予約してある、とか、クリスマスプレゼントも用意した、とか、クリスマスディナーを食べるお店には早めに行こう、とか、彼がクリスマスのために準備してくれていたあれやこれやが次々と明るみになる。
 いつの間に?と思ったけれど、彼はできる男だからクリスマスのための準備が完璧すぎることに何ら疑問は抱かない。全部、私のため。そう思うと、嬉しくて擽ったくて、私も何かお礼をしてあげたいという気持ちになってきて。
 自分から彼に唇を押し当て、離した直後に、メリークリスマス、と囁いてみる。昨日の夜、彼が隣にいてくれたお陰で睡眠時間はたっぷり確保できたし、今日はまだ始まったばかり。となれば、私は彼の願いを聞き入れないわけにはいかない。


「侑のこと好き」
「その言葉がクリスマスプレゼントって言うつもりなん?」
「ううん。ちゃんと用意してるよ」
「名前を?」
「私はクリスマスじゃなくても侑のものだからプレゼントにならないでしょ」
「うわ。今のなんかえっろいわぁ」


 茶化すような口調とは裏腹に、その瞳のギラつきは鋭い。


「昨日の続き、してもええ?」
「朝ご飯は?」
「もしかしたら夜までオアズケになるかもしれへんわ」
「…クリスマスディナー、楽しみにしてるね?」


 それは了承の意を示す一言。彼はぺろりと舌舐めずりをひとつ。彼が隣にいてくれるなら今夜もよく眠れるだろうと思っていたけれど、もしかしたら別の意味で寝不足確定かもしれない。