attaque furtive
「だーかーらー。名字には女子力が足んねーの！スッピン・ジャージで外出んな！」
「うるっさいなあ！私だってそんなの分かってますー！」
「開き直んな。努力しろ、努力を」
「仕事の時はちゃんとやってるもん」
「プライベートでもちゃんとしろよ。だから彼氏できねーんだぞ」
「黒尾もう黙って」
「自分からきいてきたくせに…お前なあ…」
項垂れる黒尾。そうしたいのはこっちだ馬鹿野郎。私は芋焼酎をぐびっと流し込んだ。
今日は2人で居酒屋に来ている。男女が2人きりで？と思われるかもしれないが、黒尾と私だ。間違っても何かが芽生えたりすることはない。現に今まで何度も2人きりで飲みに行ったけれど、何も起こっていないわけだし。
黒尾と2人で飲みに行くのは楽だ。会社のみんなの前みたいにニコニコしていなくてもいいし、多少(かなり？)言葉遣いが悪くても問題ない。いつもは上司の愚痴とか同期のアイツに彼女ができたらしいとか、そういう他愛ない話をして盛り上がるのだが、今日はなぜかお互いの(と言いつつほぼ私の)恋バナが酒の肴になっている。
テーマは、なぜ私には彼氏ができないのか。そこで冒頭の会話になったわけである。
「でもさあ…例えばきっちりメイクしてオシャレして彼氏ができたとするじゃん？」
「おう」
「いつかはボロが出るっていうか…ずっと猫かぶってるのは無理じゃん」
「まあ、そうだな」
「素の私を見せたらさ、幻滅した、とか言ってフられそうじゃない？」
「あー……まあそうなったら縁がなかったということで」
「…私、いつまで経ってもそのパターンになりそうで怖いよ…リアルに」
話しながら段々気持ちが沈んでいく。
黒尾が言っていることは分かる。正論だと思う。彼氏がほしいなら自分磨きにいそしんで男の人に振り向いてもらえるよう努力するべきだ。けれど、そうやってできた彼氏と一緒にいて、私は果たして楽しいのだろうか。気を抜くことも心を許すこともできず、理想の彼女を演じ続けて、それは幸せだと言えるのだろうか。贅沢なことを言っているという自覚はある。でもどうせなら、ありのままの私を好きになってほしいと思うのは、私の我儘なのだろうか。
空になったグラスを傾けながら、私はため息を吐く。幸せ逃げるなあ。逃げる幸せさえもないような気がするけど。
「ていうかさ、黒尾はなんで彼女つくんないの？」
「は？」
「だってモテるんでしょ。すぐに彼女ゲットできるじゃん」
「ポケモンかよ。俺にだって好みぐらいあるんですー」
「へー。好みねぇ…例えば？」
「とりあえず、ジャージで外をうろつく女は嫌だな」
「あっそ」
「あら？拗ねちゃった？」
別にー、と。気のない返事をする。新たに注文していた麦焼酎を口に含み、考える。
もしも黒尾に彼女ができたら私はどうするのだろう。今はお互いフリーだから2人きりで飲みに言っても何の問題もない。しかし黒尾に彼女ができたら話は別だ。彼女を差し置いて私と2人きりで飲みに行くことなんてできるはずがない。そうなったら私は1人でお酒を飲みに行くことになる。…想像するだけでぞっとした。20代の独身女性が1人で酒を(しかもビールや焼酎を)飲んでいたら、男なんて逃げていくこと必至だ。それだけは避けなければならない。
「黒尾ー」
「ん？」
「彼女できそうになったら教えてね」
「はあ？なんで？」
「１人でひっそり飲めるお店を探さなきゃいけないから」
「なんだそりゃ」
わけが分からない、と言いたげな黒尾の視線を無視してスマホの時計を見る。もうこんな時間か。終電がなくなる前に帰らないとなあ。
私の家は会社の最寄りの駅から電車で2駅ほどのところにある。私はタクシーで帰れるほどリッチではない。確か黒尾の家は会社から歩いて10分ほどのところにあると言っていたはずだから、終電は気にしなくていいのだろう。くそう、羨ましい。
私はグラスの中のお酒を一気に飲み干した。
「そろそろ帰るー。終電なくなるし」
「おー、そっか」
「付き合ってくれてありがとね」
「…どした？急にしおらしくなっちゃって」
「私はいつでもしおらしい乙女なんですー」
「それ、マジで言ってんだったら相当やべーぞ」
最後まで失礼なやつだ。何か言い返してやろうと思ったが終電の時間もあるし、こんなところで油を売っているわけにはいかない。
先ほどの発言はきこえなかったことにして、自分が飲み食いした分のお金をさっさと支払う。じゃあねー、といつものように帰ろうと背を向けた時、当分ねーから、と。黒尾が、そう言った。ん？なにが当分ないんだろう？
思わず立ち止まり背後の黒尾の方へ振り返る。
「彼女。当分つくんねーから」
「へ？あ？ああ…さっきの話ね……そうなの？」
「そうなの」
「…なんで？」
「さあ？どうしてでしょう？」
いつかと同じ台詞を言って、ニヤリと弧を描く口元。何それ。意味分かんない。急に心臓がバクバク鳴りだして顔も熱くなってきたし、お酒飲みすぎちゃったのかも。そうだ、これは酔ってるからだ。
私は、知らない！とだけ返して、黒尾から逃げるようにお店を出たのだった。_ _ _ _ _ _ _ _ _ _
attaque furtive=不意打ち(奇襲攻撃)
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