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ambigu relation


私達が出会ったのは会社が主催した新入社員歓迎会の席だった。お店の入り口でくじを引きランダムに席を決める、という学生みたいなノリに驚きながらも、私は幹事の先輩に促されるままくじを引いたのを覚えている。
17番。どこだ。店内で自分の席を探しているところに声をかけてきたのが彼―――黒尾鉄朗である。


「何番?」
「えーと、17番です」
「お、マジ?俺18番。隣じゃん」


他の社員に比べて飛び抜けて背が高い彼は、ニッと笑ってそう言ったっけ。
その時以来、あの屈託のない笑みが私に向けられることはなかった。今や私に向けられるのは、ニヤリ、という効果音がつくようないやらしい笑みのみである。なんと嘆かわしいことか。
私は5年前のことを思い出しながら、新入社員にくじを引くよう促した。今では私が先輩となり幹事を担っているのだから、時の流れとは速いものだ。


「名字ー、そろそろ始めていいんじゃねー?」
「黒尾も幹事なんだから進めててよ。私はまだ来てない子を待って案内するから」
「ヘイヘイ…わかりましたよ」


仕方ねーなー、なんて言いながら店内に消えていく大きな後ろ姿を見送って、私は溜息を吐いた。
黒尾は私の同期だ。出会いたての頃、黒尾のことを先輩だと思っていた私が、敬語で話していたのが懐かしい。今や同期の中で一番親しいのは黒尾である。
最初は、席を教えてくれたし人見知りもせずに話しかけてくれたし、良い人だと思っていた。ところが、少し仲良くなり度々飲みに行くようになると、私は馬鹿にされたりからかわれたりすることが多くなり、ついには女として扱われなくなった。
そりゃあ、飲みの席ではカクテルなんて頼んだりせずにビールと焼酎を飲むし、家での普段着はヨレヨレのジャージだし(不覚にもマンションの下にあるコンビニにその姿で行った時に黒尾に出くわして笑われた。ついでにスッピンも見られた)、一人暮らしだから料理はそこそこできるけどお菓子作りは苦手(入社1年目のバレンタインデーの日、同期で集まりケーキを作ったらなぜか私のスポンジだけが膨らまず失敗し、またもや笑われた)だけど。
あれ、私、結構ダメじゃない?


「名字さん…遅れてすみません」
「あ…いやいや、いいよ。大丈夫。もう残ってる席に座ってねー。2階でやってるから」


物思いに耽っていたところで、可愛らしい後輩3人組に声をかけられ我に帰る。私はにこりと笑って愛想よく案内すると、出席者一覧の名簿へと視線を落とした。
よし、これで揃ったな。全員来たことを確認し名簿をしまい込む。あとは何事もなくこの会が終わってくれれば、私の任務は終了だ。


「今の子らで全員?」
「そうだよー。私もそっち行く」
「ビール頼んどいてやったぞー」
「マジ?黒尾にしては気がきく!」
「どうせ名字さんは可愛らしいカクテルなんか飲まないと思いまして」
「何その言い方。ムカつく」


いつの間に来たのか、背後に現れた黒尾は相変わらずの憎まれ口を叩く。他の女性社員にはニコニコ愛想振りまいてるくせに、私にだけこうも優しくないのはなんでだ。
私は黒尾の肩にグーパンをお見舞いしてから2階へと向かった。いってー、とか聞こえるような気がするけど勿論無視だ。
このお店はこじんまりとしているが、味も美味しくてリーズナブルだからうちの会社ご用達になっている。2階は貸切にしてもらったこともあり大いに盛り上がっていた。
私はタイミング良く運ばれてきたビールを受け取るやいなや、それを喉に流し込んだ。あー美味しい!ビール最高!


「あー黒尾さーん!どこ行ってたんですかー?」
「んー?幹事のお仕事」
「一緒に飲みましょうよー!」


騒がしい室内でも響く高い声。その声のする方には、キャピキャピした、恐らく新入社員であろう女の子達に誘われている黒尾がいて、密かに舌打ちをした。
そう、黒尾はモテる。腹が立つことに黒尾はそこそこ整った顔立ちをしているし、背も高くてルックスも良い。認めたくはないが仕事もできる。同期の女性社員からも人気があるけれど、そんなことを伝えたら調子に乗るから絶対に秘密だ。
若い女の子達に囲まれている黒尾は、いわゆるハーレム状態。皆さん、騙されてますよ。その人は羊の皮を被った狼です。いつもはそんなににこやかな笑顔じゃありません。
チヤホヤされている黒尾を見てなぜか苛々する気持ちを落ち着かせようと再びビールに口をつけた時、黒尾と視線がぶつかる。ニヤリ。私のよく知る意地悪そうな笑み。そんな勝ち誇った顔するな!ていうか女の子達に囲まれた状況で私の方を見てくるなんてどういう神経してるんだ。
視線を逸らしたら負けた気分になるような気がして意地になって睨みつけていると、なんと黒尾がこちらに近付いてきた。


「名字、俺がいなくてそんなに寂しかった?」
「アンタ馬鹿なの?そんなわけないでしょ。早くあっち戻ったら?」
「可愛くねぇなー」
「うるさい」
「1人寂しくビール飲んでる名字さんが可哀想だから、優しい黒尾さんが相手してあげますよ?」
「ほんとウザい!なんで私にはそういう態度なの?」
「さあ?どうしてでしょう?」


ムカつく!ムカつく、けれど、なんだかんだ言って私の隣にいる黒尾にホッとしている自分がいて、1人で悶絶する。
いつも意地悪だし捻くれてるし胡散臭い奴だけど、悔しいことに黒尾は、最終的にいつも優しい。知ってる黒尾?私、たまに与えられるその優しさにほんの少しだけドキドキすることがあるんだよ。馬鹿みたいでしょ。
なんだか自分が考えていることが恥ずかしくなってきた私は、それを紛らわすように残りのビールを飲み干した。



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ambigu relation=曖昧な関係


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