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セピア色を赤く染めて


図らずも幼い頃からの想い人であった一也君との再会を果たした私は、めくるめく高校生活に期待を寄せていた。一也君とは残念ながら別々のクラスになってしまったけれど、ケンジ君とは運良く同じクラスになることができたし、近くの席の子とも連絡先を交換する程度には仲良くなることに成功したので、高校生活の滑り出しは上々だ。
入学式を終えて1週間が経過した頃。ケンジ君から、野球部の見学に行くので良かったら一緒に来ないかと誘われた。私は別に野球部のマネージャーになろうとか、そんなことを考えているわけではない。ただ、昔から野球を観るのは好きだった。きっとその背景には一也君の存在が関係しているのだろう。
そういえば入学式の日以来、一也君には会っていない。あの日、お互いの存在を確認した私達は、そこから学校に到着するまでの間、無言だった。まさかの再会に何を話したらいいのか分からなかったことと、なんとなく緊張していたことが大きな要因だろう。だから私は、一也君が今も野球を続けているのか知らない。手前勝手な言い分だとは思うけれど、続けていてほしいな。
もしも一也君が今も野球を続けているのであれば、見学に行った時にまた会えるかもしれない。そんな不純な動機で、私はケンジ君の野球部の見学に同行することにした。
そして迎えた放課後。さすが強豪校というだけあって、野球部の部員は非常に多い。専用グラウンドも充実していて、ケンジ君が甲子園を目指してこの高校に進学したいと思った気持ちが今更ながらに理解できた。


「1年生はまだ見学しかできないの?」
「ああ…スカウトされたりした人はもう練習に混ざったりしてるみたいだけど…」
「ふーん…」


野球の強豪校からスカウトされる人ってどんな人なんだろう。私達と同じく見学に来ている1年生がいる中、私はキョロキョロと辺りを見回す。そして、お目当ての人物を発見して目を丸くした。
彼は、一也君は、私達とは違って練習に混ざっていた。同じ1年生なのに。つまり一也君は、スカウトされた人だということなのか。
それを理解した瞬間、急に一也君の存在が遠くに感じた。同じ高校1年生。昔の幼馴染。けれど、私と彼とでは住む世界が違うような気がしたのだ。
私がそちらをじっと見つめていたせいで視線を感じ取られてしまったのだろうか。キラキラした目で野球の練習に打ち込んでいた一也君が私の方を向き、眉間に皺を寄せた。どうして不愉快そうな表情になったのかは分からない。けれど、なぜか私は慌てて目を逸らしてしまった。何もやましいことはしていないのに。
今度はそんな私の様子に気付いたらしいケンジ君が、どうしたの?と顔を覗き込んでくる。ケンジ君には一也君の存在を伝えていない。そもそも、伝えることなどありはしないのだ。私と一也君はただの幼馴染というだけなのだから。


「なんでもないよ」
「そう?」
「うん。それより行こう」


少し強引だったかもしれないけれど、私はその場を離れるべく…というより、一也君の視線から逃れるために、足早に歩き始めた。どうして一也君に対してこんなにも後ろめたいと感じてしまうのか。その理由は全く分からない。
その後は一也君を見かけることもなく、野球部の見学は無事に終了した。ケンジ君はやはり野球部に入って甲子園出場を目指すらしい。マネージャーやれば良いのに、と冗談混じりに言われたけれど、私は曖昧に笑いながら返事をはぐらかすことしかできなかった。


◇ ◇ ◇



そんなことがあってから3日ほど経ったある日のこと。昼休憩に理科室へと忘れ物を取りに行った私は、そこで偶然にも一也君と出くわした。お互いに目が合った瞬間、あ、と口を揃えて声を漏らしてしまったのは、何とも言えない気まずさを隠すためだろうか。
とりあえず当初の目的を果たすべく自分が座っていた席の方に近付いて忘れ物の教科書を探す。けれども、それらしきものはどこにも見当たらない。入学早々教科書をなくすなんて最悪すぎる。


「探してんのってこれ?」
「え、あ、それ…!」


途方に暮れていた私に声をかけてきた一也君の手元には、私が探し求めていた教科書があった。一也君は次の授業がこの理科室で行われるから早めに来たのだろうか。そしてたまたま私の教科書の忘れ物を発見した、と。そういうことなのだとしたら、随分と都合の良い偶然が重なっているなあと、他人事のように感心する。
私は当然のように返してもらえるものだと思い、ありがとう、という言葉とともに手を差し出したのだけれど、そこに教科書が渡されることはなく。思わず顔を顰めてしまった。


「あの男とどういう関係?」
「へ?あの男って…」
「野球部の見学の時、隣にいたやつ」
「ケンジ君のこと?ケンジ君は…私の、彼氏、だけど…」


ケンジ君は彼氏だ。それは揺るぎようのない事実であり、尋ねられたからには隠す必要もない。けれど、私の口から「彼氏」という単語が出た瞬間、整っていた一也君の表情が歪んだのを見ると、少なからず罪悪感を感じた。
何も悪いことはしていないはずなのに、私は入学式の日に一也君と再会してからというもの、ずっとすっきりできずにいる。それはきっと、心の中で引っかかっていることがあるからだ。


「へぇ…そう」
「あの、一也く、」
「そりゃそうだよな」
「…一也、くん、」
「俺が馬鹿だった」


幼い頃には見たことがない憂いを帯びた表情に、胸がとくりと脈打った。それは一体どういう意味?何が、そりゃそう、なの?馬鹿だった、って思った理由は?勝手に自己完結してしまった一也君は、深く息を吐いたきり何も言わない。
ねぇ、一也君。
私がまたその名前を呼んだ時、一也君が私に向けてきた視線はそれまでと違ってひどく冷たいものだった。先ほどとは違う意味で、胸がどくりと脈打つ。


「そんな風に呼ぶなよ。もうあの頃とは違う」
「…ごめん」


ぐさりと、鋭いナイフで心臓を貫かれたみたいな感覚。再会した時に微笑んでもらえたから、てっきり一也君も私と同じように再会を喜んでくれているものだとばかり思っていた。昔とは違う。それはそうだけれど、こんな風に突き放されるなんて思っていなかった。
そうか。私と一也君の距離は、いつの間にか離れていたのか。物理的距離だけでなく、心理的距離も。
幼い頃に交わした淡い約束を思い出す。迎えに行くから待ってろって、その言葉にほんの少しでも縋り付いていた自分が恥ずかしくなった。あんなの、ただの口約束。子どもの戯言じゃないか。


「彼氏と、お幸せに」
「…、」


目的としていた教科書が手元に戻ってきた。ありがとう、という言葉は喉に張り付いたまま吐き出されることはなく、私は無言で受け取る。お幸せに、って。そんな嫌味たっぷりに、無表情で言われる謂れはない。
これは怒りか、それとも悲しさか、虚しさか。何にせよ、今の私が一也君に、否、「御幸君」に言えることは何もなかった。